それは、ここからは
見えないところです。
そこには
黒い、
黒い
河が
流れています。どうしたことか、その
河の
水は
真っ
黒でありました。
河が
真っ
黒であったばかりでなく、
河原の
砂もまた
真っ
黒でありました。そして、その
河は
音もたてずに、また
真っ
黒な
大きな
森の
中をくぐって、いずこともなく
流れているのでありました。
空の
色は、
夜ともつかず、また
昼ともつかずに、うす
暗くぼんやりとしていました。ただ、ため
息のように、
風が
吹いて、
忍び
足にどこへかいくのでありました。そして、そのところには、
生き
物というものは、なにひとつ
動いている
姿を
見ることができませんでした。ただ
河原を
怪しげな
女が
歩いているばかりでありました。
いったい、この
怪しげな
女はなにものでありましょうか。
年をとっているのか、また、そんなに
年をとっていないのか、
見ただけではわかりませんでした。
顔も
肩さきも、その
長い
真っ
黒な
髪の
毛に
隠れていてよく
見ることができませんでした。
たまたま
髪の
毛の
間から
血の
気のない
顔が
現れたかと
思うと、ガラス
球のように
光った
目が、
氷のように
冷たくあたりを
見まわしていたのであります。
この
怪しげな
女は、
灰色の
着物を
着ていました。そして、めったに
笑うこともありませんでした。
女は、やせて
骨ばかりになった
手をのばして
足もとの
真っ
黒な
砂をすくいました。そして、なにか
口の
中で
唱えながら、それを
空に
向かって
投げていました。また、あるときは、その
河の
真っ
黒な
水を
柄の
長い
杓子ですくっては、やはりなにやら
口の
中で
唱えながら、それを
空に
向かってまいていました。そして、その
後でさも
心地よさそうに、げらげらと
笑っていたのです。
この
怪しげな
女は
姉のほうでありました。
「こうして、わたしは、わざわいの
砂や、
水をまいてやる。これはみんな
下界に
落ちていって
人間どもの
頭にふりかかる。この
砂のかかったものには
不平がつづき、この
水のかかったものは
死んでしまうだろう。わたしは、みんなが
不平に
苦しみ、そして
死んでしまうことを
望んでいる。わたしはこんな
醜い
姿に
生まれてきた。この
宇宙の、ありとあらゆる
生き
物の
命をのろってやる。そうだ、みんな
滅ぼしてしまうまでは、こうして、わざわいの
砂と
死の
水をふりまくことをやめはしない。」と、
灰色の
着物を
着た
姉のほうがいいました。そして、
彼女は
砂をまき、
水をまいていました。
ここは、また
別のところであります。
そこには
水晶のように
清らかな
流れがありました。そして、その
河原の
砂は
黄金のごとく
光っていました。
大空はいつもうららかに
晴れて、いい
香いのする
紫や、
赤や、
青や、
白の
花が一
面に
咲いていました。
太陽の
光は、その
河水の
上にも、
花の
上にも、また
砂の
上にもいつもあふれていました。
東雲の
空色のような、また
平和な
入り
日の
空色のような、うす
紅い
色の
着物をきた
少女が、この
楽園を
歩いていたのです。その
少女は
妹のほうでありましたけれど、ようすも
心も、まったく
姉とは
反対でありました。
妹はこのうえなく
美しく、また
快活でありましたから、すべての
命あるものにはかわいがられていたのです。
彼女がその
星のような
瞳をじっと
落とすと、
花は
生き
生きとして
香りました。
河水は
声をたてて
笑いました。そして
光る
砂は、いっそうきらきらと
輝いて
見えたのでありました。
少女は、
白い
柔らかな
手で
金色の
砂をすくいました。そして、それを
清らかな
水の
中に
投げています。
「どうかこの
幸福がめぐりめぐって、すべての
命あるものの
上に
宿るように。みんなが
幸福で、
平和で
仲よく
暮らすように。」といっては、その
黄金色に
光る
砂を
河の
流れに
投げていました。
清らかな
水の
中が、たちまち
炎の
燃えたつように
明るく
輝いて
見えました。そして
幸福のにじは、
遠く
河の
中からわきあがって、
下界にまで、
長い
橋を
懸けていたのでありました。
このにじが
空にかかると、
下界に
幸福が
降ったのであります。
ある
日、
暗い
空のかなたに、
美しいにじのたつのを
怪しげなふうをした
姉が
見ました。そしてガラス
球のような、
冷ややかに
光る
目でじっとそれを
見ていましたが、やがて
舌打ちをして、いまいましそうにいいました。
「ほんとうに
憎い
妹めだ。わたしが、こうして
下界のものを
苦しめ
困らしてやろうといっしょうけんめいに、
黒い
砂をまいたり、
河水をまいたりしているのに、あちらではその
邪魔をしている。あんなに
幸福のにじがかかった。またそれだけ
下界の
滅びるのが
長引くわけだ。よし、
妹がそういうようにみんなを
守る
気なら、わたしはいっそう
根気よくみんなをのろってやろう。」と、
姉はいいました。そして、
夜も、
昼も、
小止みなく
砂をまき、
水をまいていました。
「もう、ずいぶんわたしは、こうしてわざわいの
砂をまいたり、
水をまいたりした。たいてい
下界のものどもは
滅びる
時分であろうと
思うが、どうであろうか。あのりこうなからすは、どうしたかやってこない。また、あの
智慧のあるふくろうはどうしたか、とんと
姿を
見せない。あの
二人がやってきたなら、そのようすは
知れるだろう。」と、
姉は
独り
言をしていました。
するとある
日のこと、
黒い
森のかなたで、からすのなき
声がしました。
「あのからすめがやってきたな。」と、
姉は
耳をそばだて、
口もとに
気味の
悪い
笑いを
見せました。すると
翼の
音がして、
大きな一
羽のからすが
降りてきました。
「よくやってきた。おまえのくるのを
待っていた。
下界のようすはどうだ。」と、
姉はからすに
向かってたずねました。
「
私はちょうど三百
歳になります。だいぶん
年をとりました。
前は百五十
日めでここまできましたのが、二百
十日もかかります。
下界は、
戦争があったり、
地震があったり、
海嘯があったり、また
饑饉がありまして、
人間は
幾百
万人となく
死んでいます。けれど、まだなかなか
滅びるようなことはありません。」と、からすは
答えました。
髪の
毛の
長い、
灰色の
着物を
着た
姉は
黙って
聞いていましたが、
「おまえは
下界を
立ったのは、二百
十日前だ。それまでにわたしは、どれほど
砂や
水をまいたかしれない。いまごろはもっとたくさんな
人間や
生き
物が
死んでいるだろう。その
後のようすが
知りたいものだ。」と、
姉はいいました。
年とったからすは、
長い
旅に
疲れて、
杭に
止まって
居眠りをしていました。
姉は、
黒い
河からへびのような
長い
魚をとって、からすに
食わせました。からすはまた
下界に
向かって
旅立ちをしたのであります。
からすが
去ってから、
約十日めにふくろうが
帰ってきました。
「その
後の
下界のようすはどんなであるか。」と、
姉はききました。
「
悪病が
流行しています。その
伝染の
速さといったら
風のようであります。この
分なら
人間がみんな
死に
絶えてしまうであろうと
思います。」と、ふくろうはいいました。
姉はこれをきくと、たいそう
喜びました。
「きっと、そのことは、あのおいぼれたからすめの
立った
後のできごとであろう。」といって、
姉は
河の
中から、
長いへびのような
黒い
魚をいくつもとって、ふくろうにやっていたわりました。
ふくろうは、
黒い
森の
王さまにされました。
幸福を
下界に
贈ろうと
思って、いっしょうけんめいに
黄金色に
輝く
砂を
河の
中に
投げていました
妹は、もうこれほどまでに
幸福を
送ったことだから、きっと
下界はどんなにか
幸福がゆきわたっていることだろうと
思いました。
「あの
元気のいいはとはまだ
帰ってこないだろうか。あれがきたら、すべてのようすがわかるのだが。」と、
妹はよく
晴れわたった
空をながめていいました。
ある
日のこと、まだ
太陽が
出ない
前でありました。
頭の
上に
翼の
音が
聞こえたかと
思うと、
美しい
白ばとが
大空をまわりながら
地の
上に
降りてきました。
「お
早う。おまえの
元気のいい
顔を
見ると、わたしの
心までせいせいします。なにかいい
報知を
持ってきたことと
思うが、きかせておくれ。」と、
妹は、はとに
向かっていいました。
白ばとは、
円い
目をみはりながら、
若い
女神の
顔を
見ていましたが、
「それは
下界はにぎやかなものでございます。
毎日毎日、たくさんな
婚礼があって、
祝いの
鐘が
鳴り
響いています。また、なにかのお
祭りがあって、そのたびに
花火の
音が、あちらでも、こちらでもしています。また、
後から
後からと
人間の
家では
子供が
産まれています。この
分でゆきましたら、
下界はやがて
幸福でいっぱいになって、
人間はみんな
命の
短いのを
恨むばかりであります。」と
申しました。
妹は
笑って、はとのいうことを
聞いていましたが、
「それでは、わたしの
思いがついにかなったというものだ。ああ、こんなうれしいことはない。あのいじ
悪の
姉がいくら、みんなを
不幸に
陥れようとしても、ついに
愛の
力には
勝てなかった。それでこの
宇宙は
正しい
目的を
果たしたというものです。」と、
妹は、
喜んでいいました。
そのうちに、また、ある
日のこと、かわいらしいひばりが
帰ってきました。
妹は、ひばりの
長い
旅をいたわりました。そして、ひばりに
下界の
有り
様をたずねました。
「ご
安心遊ばしてください、
下界は
穀物がすきまもなく、
野に、
山に、
圃にしげっています。また
樹々には
果物が
重なり
合って
実っています。みんなは
自分たちが
食いきれぬほど
収穫のあるのを
喜んでいます。その
有り
様は、とてもこの
天国の
楽園の
有り
様どころではありません。」と、ひばりは、
驚いたふうをしていいました。
「なに、この
楽園よりも、もっと
下界は
美しいというのか?」と、
妹は、
美しい
目を
大きくしてたずねられました。
「
人間は、このごろいろいろの
花を、
自分たちで
変化をさせる
術を
覚えたので、みごとに
咲かしています。あんな
美しい
花は、この
天国にきましても
容易に
見ることはできません。」と、ひばりは
申しました。
妹の
女神は、
黙ってひばりのいうことを
聞いていました。そのうちに、
自分も一
度下界へいって、その
有り
様を
一目見てきたいものだと
思われたのであります。
ついに
妹は、
下界へゆく
決心をしました。けれど、そのようすでは
途中、
風や、
雲や、
雨や、また
多くの
星などに、どこへゆくかと
目についてたずねられることをうるさく
思いましたから、はとに
姿を
変えてゆくことにしました。
ある
日のこと、
彼女はまっすぐに
下界を
目がけて
飛んできました。
高い
山が
目に
入り、ついで、いろいろの
建物が
目に
入るように
近づきました。すると、
円い
屋根もあれば、またとがったのもありました。
赤い
色で
塗った
建物もあれば、
白い
色で
塗った
建物もあれば、
青い
色で
塗られた
建物もあります。五
階も十
階もある
大きな
家もあれば、またこぢんまりとしたきれいな
家もありました。はとのいったように、いい
音楽の
音色が
街の
中から
流れていました。そして
夜になると、
街は一
面に
美しい
燈火の
海となったのであります。
「こんなに
美しいとは
思わなかった。」と、
妹は
驚きました。
夜が
明けると、
人々は、きれいなふうをして
自動車に
乗ったり、
馬車に
乗ったり、また
電車に
乗ったりして
往来していました。
「なるほど、みんなはしあわせであるらしい。」と、
妹は
喜びました。
そのとき、ふとしたきたないふうをした
人間が、はだしでみんなの
通る
間を、とぼとぼと
歩いていました。
「あの
人間は、どうしたのだろう。」と、
妹は
思いました。
自分の
投げた
幸福の
砂が
独りこの
人間にだけかからないはずはない。それにしても、この
貧しげな
有り
様はどうしたのだろうと
不思議に
思われて、なおもその
人間のゆく
先を
見つづけていました。
そのきたならしいふうをした
人間は、にぎやかな
街の
中を
通って、さびしい
町はずれの
方にやってきました。するとそこには、いままでと
反対に、みすぼらしい
破れた
小舎が
幾棟もつづいていました。そして、その
中には、みんなこの
人間のようなきたないふうをした、
青い
顔の
人間がうようよとして
住んでいるのでありました。そこでは、
子供が
泣いています。
病人が
苦しんでいます。けれどそれをいたわることも、また
救うこともできないほどに、みんながなにか
仕事をしたり、
働いています。そして
貧乏をしています。
「これは、いったいどうしたことだ?」と、
妹の
顔は、
驚きと
怪しみのために
血の
気がだんだん
失せてゆくのでした。
自分の
投げた
幸福が、この
人たちだけゆきわたらないはずがないのに、これはいったいどうしたことだろうと
判断に
苦しんだのであります。
彼女は、はとや、ひばりのいうことを
聞いて、もしそれだけを
信じていれば、なにも
知らずにしまったのだと
思いました。
それから
妹は、もっと
道を
歩いていきますと、ある
大きな
木の
下に、
十ばかりと七つ八つになった、
兄弟二人の
子供がうずくまっているのを
見つけました。
「どうしておまえたちはこんなところに、こうしているのか。」といって、
彼女はききました。
二人の
子供は、
美しい
妹の
女神をながめました。
「
私たちには
家というものがありません。
毎晩この
木の
下で
寝るのです。お
父さんは
死んでおりません。お
母さんは、ほうぼうを
歩いて、ものをもらって
帰ってきます。
私たちはここにお
母さんの
帰るのを
待っているのです。」と
答えました。
これをきくと、やさしい
妹はびっくりしました。そして、
「もうこんな
惨めな
下界には一
刻もいたくない。」といって、
妹はふたたびはとの
姿となって、
天上の
楽園に
帰ってしまったのです。
妹は、
楽園に
帰ると、さっそく、
風と
雨とを
自分の
前へ
呼び
寄せました。そして、
風や、
雨に
向かって、
「おまえたちは、
毎晩のように、あの
不幸な
子供たちを
吹いたり、ぬらしたりして、かわいそうだとは
思わなかったか。」と、やさしい
妹はたずねました。
すると、
風も、
雨も、
声をそろえて、
「
私どもは、かわいそうに
思っていました。それであの
二人の
子たちを
吹いたり、またぬらしたりしたときも、
強くなれ、
強くなれ、そして、
大きくなれ! といって、なるだけひどく
苦しめないようにしました。しかし、
不幸な
子供は、けっしてあの
二人だけではありません。まだたくさんな、たくさんな、
子供があります。」と
答えました。
妹は、
風や、
雨に、もう
帰ってもいいといいました。そして、
独りとなったとき、
妹は
考えました。
「わたしは、これまで、
幸福の
砂を
河の
中に
投げていろいろの
喜びを
下界に
送ったのも、けっしてある
人々だけを
楽しませるためではなかった。みんなのものを
喜ばせるためであった。それが、ある
人々だけをあんなに
幸福にさせ、ある
人々をあんなに
不しあわせにしようとは、
思いもよらないことであった。もうこのうえ
幸福の
砂を
骨をおって、
河に
投げることもあるまい。こうして
見ると、やはり
姉さんが、わたしよりもりこうであるかもしれない。
冷酷な
姉さんは、よくわたしをわらったものだ。」と、
妹は
思いました。それから
妹は、もう
黄金の
砂を
河の
中に
投げることを
止めてしまいました。
下界から
遠く
空を
仰ぐと、
天の
河の
色がだんだんと
白くなって、そのときから
黄金に
輝いて
見えなくなったのであります。
一
方、
灰色の
着物を
着た
姉は、ふくろうや、からすのいうことを
信じて、
自分も
下界へいって、その
困ったり、
苦しんだりしている
人間のようすを、つくづくと
見てきたいものだと
思いました。
灰色の
着物を
着た
姉は、べつに
姿を
変える
必要もなかったので、ある
星の
光ももれない
真っ
暗な
真夜中に
下界へ
降りてきたのです。
そこは
広い
野原の
中でありました。けれどわざわいを
下界にまいた
姉は、どんなさびしいところを
歩いても
平気でありました。
野原の
中には
林がありました。
林をぬけると
大きな
墓地があります。そこにはたくさんの
墓がありました。
古いのや、まだ
新しいのや、
丈の
高いのや、
低いのがありました。それをば、
闇をすかして
見まわしながら、
姉はさも
心地よさそうに
笑いました。そして
墓地を
過ぎて、
丘にさしかかりますと、そこには
大きな
病院があります。
髪の
毛を
長くうしろに
垂らした
姉は、
病院の
内部に
忍び
込んで、
病人のいるへやを、一つ一つのぞいて
歩きました。
中には
青い
顔をして、うめいて、
眠られずにいるのもあります。また、
中には
苦痛にたえられないで、
泣いているのもあります。
中には
片腕を
切られ、また
両脚を
切断されて
不具者になっているのもあります。そして
今夜にも
死にそうな
重い
病人もありました。
姉は、これらの
人々を
見ると、さも
心からうれしそうにほほえみました。
「わたしの
顔がいくら
醜いといったとて、よもやこれほどではあるまい。」といって、なおあたりをさまよっていました。すると、すぐ
隣には
狂人を
容れた
病院があったのです。
その
精神病院には、
女や、
男の
白痴がうようよしていました。
昼も
夜も
見分けがつかずに、
彼らは
泣いたり、わめいたり、
悲しんだり、また
声をたてて
笑ったりしていました。そしてじっとしているものもあれば、また、たえず
歩きまわっているものもありました。
これを
見ると、
残忍な
姉は、あまりのうれしさに
身震いがしたのです。
「ああ、これでいい。
下界の
破滅も
近づいた。」といいながら、
歩いていますうちに、いつしか
街へ
出てしまいました。
そこには、
大きな
建物が、ひっそりとして
死んだもののように
横たわっていました。
姉は、
右を
見、
左を
見ていますうちに、一
軒燈火のついた
明るい
店を
見つけました。
彼女は、
忍び
足をして、その
家に
近づいてのぞいてみますと、
中では
美しい
女や、
男がたくさんに
集まっていて
楽器を
鳴らし、
唄をうたい、
酒を
飲んだり、また、たがいに
手をとりあって、
踊ったりして
遊んでいたのであります。
「これは、また、なんということだ。」と、
姉はいまいましそうに、ガラス
球のような
冷たい
目を
光らして
闇の
中から、それらのおもしろそうに
遊んでいる
人たちをにらみました。ここばかりは、
自分のまいたわざわいの
砂や
河の
水がかからなかったのかと
疑いながら、その
家の
前をおそろしい
顔をして
通りました。
すると、また一
軒燈火のついた
家がありました。のぞいてみますと、そこにもまた、たくさんの
人々が
集まっておもしろそうに
笑ったり、
唄をうたったりして
酒を
飲んでいました。
「いよいよ
不思議なことだ。どうしてこれらの
人たちには、わたしのまいた
砂や、
水はかからなかったろう。」と、
疑いながら、
姉はその
家の
前を
怒りながら
通りすぎました。
この
分なら、まだ
世間には、どんな
幸福な
人たちが
住んでいまいものでもないと、
彼女は
不安に
感じてきました。そしてもう一
軒、
念のために、かすかに
燈火のもれる
大きな
家の
窓さきに
近寄って、
戸のすきまからのぞいてみますと、へやのうちでは、
美しい
姉と
妹が、
真珠や、ルビーのはいった
指輪や、
腕輪を、いくつも
取り
出して
見くらべているのでした。そしてまたそのへやの
中には、ピアノがあったり、ぜいたくな
飾りのついた
鏡が
置いてあったり、ほかにも
大きな
額などがかかっていました。
「わたしは、みんなの
幸福をのろったけれど、こういうように、ある一
部の
人々が
不しあわせで、ある一
部の
人々がしあわせであることを
望まなかった。わたしは、なにもある一
部の
人たちにかぎって
憎しみがあるのではない。
平等にみんなをのろったのであった。それだのに、この
有り
様はどうしたことであろう。」と、
灰色の
着物を
着た
姉は
思いました。
彼女は、その
夜の
中に、
黒い
流れのほとりに
帰ってきました。そして、
黒い
森の
王さまにしたふくろうを
呼び
出して、なぜうそをいったかとしかって、
森の
中から
追い
出してしまいました。
うす
紅色の
着物を
着た
妹は、このうえ
黄金の
砂を
河に
投げることは、かえって
不幸の
人々を
増すばかりだといって、ついに
幸福を
下界に
送ることを
見合わせてしまいました。
独り
灰色の
着物を
着た
姉は、どうかしてみんなを、一
度はわざわいの
砂と
水に
浴びさせて、
苦しめてやらなければならないといって、
執念深く、いまだに
夜も
昼も
黒い
砂をまき、
黒い
河水をすくって
下界に
向かってまいているということであります。