北のさびしい
海のほとりに、なみ
子の
家はありました。ある
年、まずしい
漁師であったおとうさんがふとした
病気で
死ぬと、つづいておかあさんも、そのあとを
追うようにして、なくなってしまいました。かねて、びんぼうな
暮らしでしたから、むすめのなみ
子にのこされたものは、ただ
青い
玉と、
銀色のふえだけでありました。
青い
玉は、ずうっと
昔、
先祖のだれかが、この
海べのすなの
中からほり
出して、それが
代々家につたわったのだということでありました。
なにかねがい
事があるとき、この
青い
玉にむかって、
真心をこめておねがいすると、その
心が
神さまに
通じてかなえられるというので、おかあさんはこの
青い
玉を、とてもだいじにしていました。
玉はつやつやしていて、
深い
海の
色のように
青黒く、どこまで
深いのか、
底が
知れぬように、じっと
見つめていると、
引き
入れられるような
気がしました。
そして、
真心をこめておいのりをすると、
青い
玉の
表に、
海の
上をとびさる
雲のように、いろいろなことが
絵になってうかんできて、ゆくすえのことをおしえてくれるのでした。
また、あるときは、
青い
玉がまっかにほのおのようになって
見えたり、
玉にひびがはいったりして、
不安な
気持ちをいだかせることもありました。
「これには、ご
先祖のたましいがはいっているんです。」といっておかあさんがこの
青い
玉をだいじにしたのも、ふしぎではありません。
おとうさんの
持っていた
銀色のふえは、その
音色を
聞くと、さびしいあら
海にすさぶあらしのように、なんとなくひとりぼっちの
感じを
起こさせたり、またあるときは、
反対に
心を
引きたてて、のぞみとよろこびをもたせることもありました。
そして、このふえの
音がとどくところ、
魚たちがその
音をしたってよってくるので、
思わぬ
大漁がありました。
「まったくふしぎなふえじゃないか。」
「なんにしてもありがたいことだ。」
漁に
出た
人々は、なみ
子のおとうさんの
銀色のふえを
手にとって、ふしぎそうにながめるのでした。
このふえもやはり、おじいさんのころからつたわっていましたので、これにも
先祖のたましいがこもっていると、おとうさんは
信じていました。
なみ
子は、おとうさんが
心をこめて、このふえをふいた
日のことをおぼえています。
その
日、
海の
上には、
黒い
雲がはびこり、いかにも
北の
国らしいものすごいけしきでした。
雲の
間からいな
光がもれ、かみなりが
鳴っていました。
「こんな
日には、はたはたがとれそうだ。」と、おとうさんはいいました。
そして、ひさしぶりに
大漁にしてみんなをよろこばせたいと、
銀色のふえを
持っていきました。
おとうさんが
船の
上でふえをふくと、たくさんの
魚が、
波の
上でおどりました。いかやさばも、むれをつくってよってきて、
思わぬ
大漁になりました。
「
季節はずれに、こんなにいろいろな
魚がとれたのも、みんなふえのおかげだ。」といって、
人々は、
浜に
帰ってから
酒もりを
始めました。
そして、
人々は、お
酒によいながら、おとうさんにそのふえをふいてもらって、その
音色に
耳をかたむけていると、またあすのはたらきに
新しいのぞみがわき、たとえ、
海があれていても、
命をかけてはたらき、おたがいになかよくたすけあっていきたいという
気持ちになるのでした。
いさましく
人々の
心をうきたてたあのときのふえの
音色を、なみ
子は、いまでもおぼえていました。
「もう一
度、
楽しかったあの
時分になってみたい。」と、なみ
子は
思いました。
ある
日、
青い
玉と
銀色のふえを
持ち
出すと、すなはまの
上で、おとうさんやおかあさんのことをしのびながら、じいっとながめていました。
「この
青い
玉は、おかあさんがだいじにしていらしたんだわ。ああ、この
銀色のふえは、おとうさんが、みんなとお
魚をとるときにふいたんだわ。」
なみ
子が、
海の
方を
見ながらつぶやいていると、
「やあ、なみちゃんか。そんなところでなにをしているな。」と、そこを
通りかかったおじいさんの
漁師が
声をかけました。
「
海の
夕日が、こんなに
赤くうつるのは、おじいさん、おかあさんが、
空からあたしを
見ていらっしゃるのかしら。」
なみ
子は、
青い
玉にうつる
美しい
夕日をながめていいました。
「おっかさんも、おとっつぁんも、そりゃあ、おまえさんをじいっと
見まもっていてくださるな。
早く
大きく、りっぱなおとなになるのを
待っていられるぞ。」と、おじいさんは
答えました。
「おじいさん、いまでもこのふえをふけば、お
魚がよってくるかしら。」
なみ
子は、こんどは
銀色のふえをとり
出して
聞きました。
おじいさんは、なつかしそうに、にぶく
光るふえをながめていいました。
「そういえば、このごろしけで、
魚がすくないんだな。
魚がすくないと、ついつまらんことでなかまわれがしたり、けんかが
起こったりする。おまえのおとっつぁんはりっぱな
漁師だったから、どんなときでもけんかなどしなかったがな。」
おじいさんは、なみ
子のおとうさんを
思い
出してほめました。
「おじいさん、このふえをかしてあげましょう。よくふいて、たくさん、お
魚をとってください。」
なみ
子は、だいじなふえをさしだしました。
「ありがとう。おとうさんのかたみのふえをかりていいのかい。」
「
魚がたくさんとれて、このはまの
人たちがなかよくなれたら、おとうさんもきっとよろこんでくださるわ。」と、なみ
子は
心から
答えたのでした。