花かごとたいこ

　ある日（ひ）たけおは、おとなりのおじさんと、釣（つ）りにいきました。おじさんは、釣（つ）りの名人（めいじん）でした。いつも、どこかの川（かわ）でたくさん魚（さかな）を釣（つ）ってこられました。

　たけおは、こんどぜひいっしょにつれていってくださいとおねがいしたところ、ついに、そののぞみをたっしたのでした。

　電車（でんしゃ）をおりて、すこし歩（ある）くと、さびしいいなか町（まち）に出（で）ました。

　それを通（とお）りぬけてから、道（みち）は、田（た）んぼの方（ほう）へとまがるのです。この角（かど）のところに、小（ちい）さな店（みせ）がありました。

「ちょっとまってて。」と、いっておじさんは、その家（いえ）へはいり、たばこをお買（か）いになりました。またそこには、いろいろと釣（つ）りの道具（どうぐ）も売（う）っていたので、おじさんは針（はり）や浮（う）きなどを見（み）ていらっしゃいました。

　たけおは、ぼんやりと前（まえ）に立（た）って、あちらの高（たか）い木（き）の若葉（わかば）が、大空（おおぞら）にけむっているのを、心（こころ）から、美（うつく）しいと思（おも）って、ながめていました。

　そのうち、ふと気（き）づくと、店（みせ）のちょっとしたかざりまどのところへ、二つならんだお人形（にんぎょう）が、目（め）にはいりました。かわいらしい女（おんな）の子（こ）と、ぼうしをかぶった男（おとこ）の子（こ）で、女（おんな）の子（こ）は、花（はな）かごをもち、男（おとこ）の子（こ）は、たいこをたたいているのでした。日本（にっぽん）の子（こ）どもらしくない、西洋（せいよう）の子（こ）どものふうをしていました。

「船（ふね）できた、お人形（にんぎょう）かしらん。」と、考（かんが）えていると、ちょうど、おじさんが出（で）ていらしって、「おまちどおさま。」と、たばこをくわえて、にこにこしながらおっしゃいました。そして、先（さき）に立（た）ってお歩（ある）きになったので、たけおもあとについて、かげろうのあがる田（た）んぼ道（みち）をいきました。そこここに、つみ草（くさ）をする人（ひと）たちがありました。

　やっと川（かわ）のそばへ出（で）ると、なみなみとした水（みず）が、ゆったりとうごいて、日（ひ）の光（ひかり）をみなぎらせていました。

　そして、わすれていたなつかしいにおいを、記憶（きおく）によみがえらせました。

　それから二人（ふたり）が、草（くさ）の上（うえ）へこしをおろしました。じっと、川（かわ）のおもてをみつめていると、青（あお）い水（みず）の上（うえ）へ、緑色（みどりいろ）の空（そら）がうつりました。

　いつしかたけおは、まだ自分（じぶん）の知（し）らない、遠（とお）い外国（がいこく）のことなど空想（くうそう）しました。すると、さっきのかわいらしい人形（にんぎょう）のような子（こ）どもが、そこであそんでいるのが、目（め）にうかびました。また自分（じぶん）がいけば、いつでもお友（とも）だちになってくれるような気（き）がしました。たけおは、そう思（おも）うだけで、うれしさとはずかしさで、顔（かお）があつくなるのでした。

　パチパチと水（みず）のはねる音（おと）がして、銀色（ぎんいろ）の魚（さかな）がさおの先（さき）でおどって空想（くうそう）は、やぶられました。このときおじさんが大（おお）きなふなを釣（つ）られたのでした。

　この日（ひ）おじさんは、釣（つ）られた魚（さかな）を、みんなたけおのびくに入（い）れてくださいました。たけおは、自分（じぶん）は釣（つ）れなかったけれど、大漁（たいりょう）なので、大（おお）よろこびでした。

　帰（かえ）りにもう一度（ど）あの人形（にんぎょう）を見（み）られると思（おも）ったのが、道（みち）がちがって、ほかの場所（ばしょ）から電車（でんしゃ）にのったので、ついに、人形（にんぎょう）のある店（みせ）の前（まえ）を通（とお）らなかったのです。

　電車（でんしゃ）にのってからおじさんに、たばこを買（か）った店（みせ）で、舶来（はくらい）の人形（にんぎょう）を見（み）たことを話（はな）すと、

「なあにあれは、ざらにある安物（やすもの）だ。」と、おじさんは、気（き）にもとめられませんでした。

　物知（ものし）りのおじさんのことばだけに、たけおは、じきあの人形（にんぎょう）を、ほしいと思（おも）うのをあきらめてしまったが、どこか遠（とお）い花（はな）のさく野原（のはら）を、花（はな）かごをもった美（うつく）しい少女（しょうじょ）と、たいこをたたく男（おとこ）の子（こ）が、いまでも歩（ある）いているような気（き）がして、そう思（おも）うだけでも、なんとなく自分（じぶん）は、たのしかったのであります。