*
村から、
町へ
出る、
途中に
川がありました。
子どもは、お
母さんにつれられて、
歩いていました。
橋をわたりかけると、
子どもは、
欄干につかまり
川を
見おろしました。
水が、あとから、あとから、
流れてきて、くいにぶつかっては、うずをまき、ジョボン、ジョボン、と、
音をたてていました。
子どもは、ふしぎそうに、それを
見まもり、
「お
母ちゃん、
水が、なにかいっていますね。」と、いいました。
「
早く、
道草をとらんで、いらっしゃいと、いっているのですよ。」と、お
母さんは、
答えました。
「この
水は、どこまでいくの。」
「そうですね、
村や、
町を
通って、
海へいくのですよ。」
二人は、
話しながら、また、
歩きだしました。
岸の、ねこやなぎは、まだ
赤いずきんをかぶって、ねていました。
*
今年の、
遠足は、
昔の、
城あとを
見にいくのでした。
ぼくたちは、
田んぼの、
小道を
歩いて、
森のある
村を
通り、そして、さびしい
小山のふもとへ
出ました。
そこが、
城あとでありました。わずかにのこるものは、
当時、とりでにつかったという、
青ごけのはえた、
大きな
石と、やぶにかくれた、
池くらいのものです。その
池には
人のいないとき、
金の
蔵が
浮くという、いいつたえがありました。
「みなさん、
池はあぶないから、
気をつけるんですよ。」と
先生は、いわれました。
くまざさをわけて、
下をのぞくと、
水のおもてが、
青黒く
光って、それへ、まわりの
木の
枝から、たれさがる、むらさき
色のふじの
花が、
美しいかげをうつしていました。「ドボン。」と、どこかで、かえるのとびこむ
音がしました。
*
ぼくたちの、
泳ぎにいく
川は、
村の
近くにありました。
水が、いつもたくさんで、きれいでした。
浅いところは、そこにうずまる、
白いせとものや、
青い
石ころまですきとおって
見えました。
橋のところから、
川下へいくにつれて、だんだん、
深くなりました。
くるみの
木のあるあたりが、いちばん
深くて、ぼくたちの
背は、
立ちません。ここでは、よく
大きなふなや、なまずなどが、つれました。
今年も、いつしかたのしい、
泳ぎの
季節となりました。おばあさんが、
「きゅうりの、
初なりを、
水神さまにあげなさい。」と、おっしゃったので、ぼくは、
畑から、みごとなきゅうりを、もいできて、それへ、
自分の
名を
書きました。そして、それを
川へ
流しにいきました。
ぼくは、ひさしぶりで、なつかしい
川のにおいをかぎました。
水も、ぼくを
見て
笑えば、
太陽まで、きら、きらと、よろこんで、
歓迎してくれました。
*
地主は、
縁側で、
庭をながめながら、たばこをすっていました。そのとき、きたないふうをした、
旅僧が、はいってきて、
「どうぞ、
水を一ぱい、いただきたい。」と、もうしました。すると、
地主は、つれなく、
「この
井戸の
水は、
金気があって、のめない。どうぞ、よそへいきなされ。」と、ことわりました。
旅僧は、そのまま、だまって、
木戸口を
出ていきました。
旅僧は、こんど、
村はずれの、
小さな百
姓家へはいって、たのみました。
「おやすいことです。さあ、たくさんめしあがれ。」と、いって、あるじは、わざわざ
井戸から、つめたい
水をくんでくれました。
僧は、よろこんで、お
経をあげて、たちさりました。
それからというもの、どんなひでりつづきで、ほかの
井戸が、かれても、この
家の
井戸は、ご
利益で、
水のつきることは、なかったといいます。
*
ある
夜、わたしが、
町を
歩いていると、
広場の、くらがりに、
人々があつまって、なにか
見ていました。
わたしも、そのそばへ
近づくと、おじいさんが、
大きな
望遠鏡をすえつけて、お
金をとって、
月を
見せているのでした。
「どうです、よく
見えませんか。あの
雲のようなのが、
山脈で、ぼつ、ぼつが、
噴火口のあとです。
月の
世界には、
水がないから、
生物もいない。
死んだ
世界ですよ。」と、おじいさんは、
説明しました。
「ああ、それで、
月は
水がのみたいのか。」と、わたしは、
思いました。
だから、どんな
小さな
水たまりにも、また、
細い
流れにも、
月が、
姿をうつしていました。
わたしが、
町を
出て、さびしい、
小道をいくと、
畑で、
虫がないていました。まだ、
夜ふけともならぬのに、いもの
葉に、もう
露がおりていました。そして、その
露の
玉にも、やはり、
月のかげが、やどっていました。
*
秋の、うららかな
日でした。
畑から、とってきた
菜の
花を、
母親は、
前の
小川で
洗っていました。
少年は、そのそばに
立って、
見ていました。
毎年、いまごろになると、どこの
家でも、
冬の
用意に、
菜をつけるのでした。
「まだ、なかなか。ぼく、おなかがすいた。」と、
少年は、いいました。
「もう、ちっとがまんをおし、じき
終わりますからね。そうしたら、はいって、ご
飯のしたくをします。」と、
母親は、
答えました。
日が、だんだんと、
西へかたむいて、
水の
上が、かげりはじめました。
そのとき、
川上から、
新しい
菜の
葉が、
流れてきました。
「お
母さん、どこで、
菜を
洗っているんでしょうね。」
「さあ、どこの
家でしょうね。どこでも、このお
天気のうちに、
菜をつけるんですよ。きっと、このあとは、
雪がふりますからね。」
ふと、このとき、
少年の
頭に、ほかでも、こうして、
母親をまっている、
子どものあることが、うかびました。
*
庭先の、
大きな
水盤には、
夏から、
秋へかけて、まっかな、すいれんの
花がさきました。
また、きんぎょと、めだかが、なかよく、
泳いでいました。
そのころ、
毎日、一ぴきのはちが、
水をのみに、とんできました。はちは、すいれんの、まるい
葉のまん
中へ、おりました。それから、
水にひたる、
葉のふちまで
歩きました。
いつしか、
秋が
深くなると、すいれんの
葉は、
黒くくちて、
水の
底へしずみました。また、はちも、どこへいったか、こなくなりました。けれど、
水盤の
中では、あいかわらず、きんぎょと、めだかが、
泳いでいました。
とうとう、こがらしのふく、
季節となりました。すると、
水盤の
水は、
氷のように
冷たかったのです。ある
日、
子どもは、
魚たちを、かわいそうに
思って、
小さな
入れ
物へうつし、あたたかな、
自分のへやへもってきました。しかし、
冷たくとも、すみなれた
場所のほうが、よかったのか、
一晩のうちに、いくひきか
死んでしまいました。
子どもは、おどろいて、あとの
魚たちを、ふたたび、
水盤の
中に、もどしました。