新に越して来た家の前に二軒続きの長屋があった。最初私にはただこんな長屋があるという位にしか思われなかった。
ある新聞社にいる知人から毎日寄贈してくれる新聞がこの越して来てから二三
此の新聞は午前の四時頃になると配達されるので常に家内のものが眠っているうちに戸の隙間から入れて行くのが例であった。私はもしこの時分に起きて家の外に出て道の上に立っていたなら、偶然にこの新聞配達夫が通り過ぎるのを見ないとは限らないと思ったので、或日の朝私は早く起きて家の外に出た。
まだうす暗かった、暁の風は、灰色の雲を破って、東の方から夜はほの/″\と明けかゝっていた。まだ道の上に人の通った気はいもしなかった。天地は風の木を吹くより、寂々として音がなかった。高い木立の頂きに暁の風は、自然の眠りを醒ます先駆の叫びのように聞かれた。私は世間の多くの人々が、此夜から暁になろうとしている瞬間の自然の景色を、自分の如くこうして外に立って親しく知る者が幾人あろうと考えた。······私は其処に新しい詩材を見出すことが出来るように覚えて観察を怠るまいと思った。
此時始めてこの二軒長屋の一軒が、戸を開けてあるのを見て驚いた。もう此家は
私は新聞の問題よりも、此の方に多くの注意を惹いた。
『死んだ人の顔だってあんなに青くはない。』と言ったことがある。
なんでも其の顔付は、極端な腎臓病に
『早く此児は死んでしまえばいゝのだ。』と若い女の声が言った。つづいて子供の泣く声がした。ある日の
『護国寺の方に出るには、どう行きます······』と言って女に道を聞いていた。
『そんなら、品を見てから······よろしければ······』と女は言った。すべてのことが私には見当がつかなかった。
其れから数日の後であった。私は散歩から家に帰って来ると長屋の前に荷車があった。それにいろ/\の諸道具が載せられていた。小さな
『あの乳飲児は、誰の児だろうか?』と私は考えた。