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夏の夜の博覧会はかなしからずや

中原中也




夏の夜の、博覧会は、哀しからずや

雨ちよと降りて、やがてもあがりぬ

夏の夜の、博覧会は、哀しからずや


女房買物をなす間、かなしからずや

象の前に余と坊やとはゐぬ

二人蹲んでゐぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ


三人博覧会を出でぬかなしからずや

不忍池の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ


そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりきかなしからずや、

髪毛風に吹かれつ

見てありぬ、見てありぬ、

それより手を引きて歩きて

広小路に出でぬ、かなしからずや


広小路にて玩具を買ひぬ、兎の玩具かなしからずや



その日博覧会に入りしばかりの刻は

なほ明るく、昼のあかりありぬ、


われら三人みたり飛行機にのりぬ

例の廻旋する飛行機にのりぬ


飛行機の夕空にめぐれば、

四囲の燈光また夕空にめぐりぬ


夕空は、紺青の色なりき

燈光は、貝釦の色なりき


その時よ、坊や見てありぬ

その時よ、めぐる釦を

その時よ、坊やみてありぬ

その時よ、紺青の空!

(一九三六・一二・二四)






底本:「新編中原中也全集 第二巻 詩※(ローマ数字2、1-13-22)」角川書店

   2001(平成13)年4月30日初版発行

※底本のテキストは、著者自筆稿によります。

※()内の編者によるルビは省略しました。

入力:きりんの手紙

校正:hitsuji

2021年3月27日作成

2022年2月27日修正

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