おかめどんぐり

　ねえやの田舎（いなか）は、山奥（やまおく）のさびしい村（むら）です。町（まち）がなかなか遠（とお）いので、子供（こども）たちは本屋（ほんや）へいって雑誌（ざっし）を見（み）るということも、めったにありません。三郎（さぶろう）さんは、自分（じぶん）の見（み）た雑誌（ざっし）をねえやの弟（おとうと）さんに、送（おく）ってやりました。

「坊（ぼっ）ちゃん、ありがとうございます。弟（おとうと）は、どんなに喜（よろこ）ぶかしれません。」と、ねえやは、目（め）をうるませて、いいました。

　すると、ある日（ひ）のこと、弟（おとうと）の孝二（こうじ）くんから、たいそうよろこんで、手紙（てがみ）がまいりました。そして、山（やま）で拾（ひろ）った、くりや、どんぐりを送（おく）ると書（か）いてありました。

「町（まち）が遠（とお）いのに、弟（おとうと）さんは、小包（こづつみ）を出（だ）しにいったんだね。」と、三郎（さぶろう）さんはききました。

「いえ、町（まち）へは、毎日（まいにち）、村（むら）から、だれかついでがありますから。」と、ねえやは、答（こた）えました。

　手紙（てがみ）のあとから、小包（こづつみ）がとどきました。あけると、紫色（むらさきいろ）のくりや、まるいどんぐりや、また、ぎんなんなどが、はいっていました。そして山（やま）から、いっしょについてきた、木（こ）の葉（は）もまじっていました。これを見（み）ると、ねえやは、子供（こども）の時分（じぶん）のことを思（おも）い出（だ）して、なつかしそうにながめていました。

「こんなのが、山（やま）にたくさんなっているの？」

「はい、たくさん、なっています。」

「いってみたいなあ。」と、三郎（さぶろう）さんは、田舎（いなか）の秋（あき）の景色（けしき）を思（おも）いました。

　三郎（さぶろう）さんは、さっそく、孝二（こうじ）くんに、礼（れい）をいってやりました。それから、そのうちに、また雑誌（ざっし）を送（おく）るからと書（か）きました。

　しばらくたつと、孝二（こうじ）くんから手紙（てがみ）がきたのであります。

「なんといって、きたんだろうな。」

　三郎（さぶろう）さんは、あけてよんでみると、

「送（おく）っていただいた、美（うつく）しい雑誌（ざっし）を友（とも）だちに見（み）せると、みんなが、奪（うば）い合（あ）って、たちまち、汚（きたな）くしてしまいました。残念（ざんねん）でなりません。また、送（おく）っていただいて、破（やぶ）るといけないから、どうか、もう送（おく）らないでください。」と、書（か）いてありました。

「そんなに、あんな雑誌（ざっし）がめずらしいのかなあ。」

　三郎（さぶろう）さんは、活動（かつどう）もなければ、りっぱな店（みせ）もない、電車（でんしゃ）もなければ、自動車（じどうしゃ）も通（とお）らない、にぎやかなものは、なに一つもない、田舎（いなか）の景色（けしき）を目（め）にえがいて、そこに遊（あそ）ぶ子供（こども）の姿（すがた）を想像（そうぞう）した。そのかわり、林（はやし）が茂（しげ）っていれば、美（うつく）しい小川（おがわ）も流（なが）れています。

「僕（ぼく）たちだって、そのかわり、くりや、どんぐりを、拾（ひろ）うことができないのだから、おんなじこった。」と、三郎（さぶろう）さんは思（おも）いました。

　三郎（さぶろう）さんが、孝二（こうじ）くんの送（おく）ってくれた、どんぐりを、学校（がっこう）へ持（も）ってゆくと、さあたいへんでした。みんなは、珍（めずら）しがって、

「見（み）せておくれ。」と、そばへ寄（よ）ってきました。

「君（きみ）、このおかめどんぐりを、どこから拾（ひろ）ってきたんだい。」

「一個（こ）、おくれよ。」

「僕（ぼく）にもね。」

　みんなは、三郎（さぶろう）さんのまわりにたかって、はなれないのでした。そのうち、奪（うば）い合（あ）いから、けんかをはじめたのであります。

　その晩（ばん）、三郎（さぶろう）さんは、考（かんが）えました。

「田舎（いなか）の子（こ）は、雑誌（ざっし）を見（み）たいのだ。僕（ぼく）たち街（まち）の子（こ）は、おかめどんぐりがほしいのだ。かえっこすればいいじゃないか。」

　あくる日（ひ）、三郎（さぶろう）さんは、学校（がっこう）へいって、

「君（きみ）たちのよんだ雑誌（ざっし）を田舎（いなか）の子供（こども）へ、送（おく）ってやって、田舎（いなか）の子供（こども）たちから、おかめどんぐりを送（おく）ってもらおうよ。」と、相談（そうだん）しました。

「賛成（さんせい）、賛成（さんせい）！」

　そのことを、三郎（さぶろう）さんから、孝二（こうじ）くんにいってやると、すぐに返事（へんじ）がきて、田舎（いなか）の子供（こども）たちも大喜（おおよろこ）びだというのでした。そして、雑誌（ざっし）やおかめどんぐりよりも、まだ知（し）らない、遠（とお）い田舎（いなか）と、街（まち）とで、おたがいに、交際（こうさい）するのが、とてもうれしかったのであります。