町の
方から、いつもいい
音が
聞こえてきます。
チンチン、ゴーゴーという
電車の
音のようなのや、プープーというらっぱの
音のようなのや、ピーイ、ポポーという
笛の
音のようなのや、
聞いても
聞いてもその
音がいろいろであって、どんなにぎやかなおもしろいことがあるのか、
考えてもわからないような
気がしました。
小さな
政ちゃんは、
白いエプロンをかけて、
往来の
上に
立ってその
音を
聞いていましたが、ついその
音のする
方へさそわれて、とぼとぼと
歩いていきました。
そこは、ちょうど
町のまがり
角になっていました。
車がとおります。
人が
歩いていきます。それは、ほんとうににぎやかなのでした。
「おまえひとりで
町へいってはいけませんよ、
道をまようとたいへんですから。」と、よくお
母さんのおっしゃったことばを
政ちゃんは
思いだしたのでした。
「なんで、
道などまようものか。」と、
政ちゃんは
心の
中で
強くいいました。
ちょうどこのとき、あちらに
子供たちがたくさんあつまって、なにかを
見ていました。きっとおもしろいものが、あったにちがいありません。
「なんだろうな?」
小さな
政ちゃんは、そこまでいってみることにしました。
一人のおじいさんが、
紙でつくったお
面を
売っていました。それをかぶると、しわだらけのおじいさんの
顔が、おかしいひょっとこの
顔にかわりました。あんまりおもしろいので、
政ちゃんはわらいました。
政ちゃんばかりではありません。
見ていた
子供たちはみんなわらったのです。それだけでなく、おじいさんのひょっとこがぷっと
息を
吹くと、
口から
赤い
長い
舌がぺろりと
出て、その
舌が
自由にのびたりちぢんだりしたのでした。もうみんなは、
声を
出してわらってしまいました。
「さあ、このお
面がたった三
銭ですよ。」と、おじいさんは
顔からお
面を
取ると、いいました。
見ていた
子供たちは、それがほしかったのでした。けれど、お
銭を
持っていないものは
買うことができません。
幸い、
政ちゃんはお
母さんからもらった三
銭がエプロンのかくしの
中にありましたから、それを
出して
買うことができました。
政ちゃんはよろこんで、お
家へかえっていきました。
政ちゃんはお
面を
持って、おとなりの
清ちゃんのところへ
遊びにいきました。そして、ひょっとこのお
面をかぶってぷっと
赤い
舌を
出してみせると、
清ちゃんもおばさんもびっくりしましたが、きゅうにおもしろがってわらいだしました。
「ねえ、お
母さん、
僕にもひょっとこのお
面を
買っておくれよ。」と、
清ちゃんが
泣きだしました。
「なんでも
人の
持っているものを、ほしがるものではありません。」と、お
母さんはおっしゃいました。
けれど、
政ちゃんよりもっと
小さな
清ちゃんには、ききわけがなかったのです。
「
僕も、あんなお
面がほしいんだよ。」と、いいました。
「
政ちゃん、いためませんから、すこし
清ちゃんにかしてやってくださいね。」と、おばさんは
政ちゃんにたのみました。
政ちゃんは
困ったけれど、
清ちゃんにかしてやりました。
清ちゃんはすぐにお
面をかぶってみました。そして、ぷっと
吹くと、ひょっとこは
赤い
舌をぺろりと
出しました。
政ちゃんは、
自分がするときは
見えなくてわからなかったけれど、
清ちゃんがすると、おもしろくてしようがなかったのです。
「もういい? こんど
僕がしてみせるよ。」と、
政ちゃんはいいました。
しかし、
清ちゃんは、かりたお
面を
放そうとはしなかったのでした。
これを
見た
清ちゃんのお
母さんは、
「さあ、
政ちゃんにお
返しなさい。そのかわり、
清ちゃんにも
買ってあげますからね。」と、おっしゃいました。
「
買ってくれるの?」と、
清ちゃんはよろこびました。
「
政ちゃん、そのお
面はどこに
売っていましたの?」と、おばさんはおききになりました。
「あっち!」と、
政ちゃんは
町の
方をゆびさしました。
あの
人や
車のとおって、にぎやかな
景色が
目にうかんできたのです。
「そう、おばさんをつれていっておくれね。」と、おばさんはたのみました。
かぜぎみなので
清ちゃんは、すこしのあいだお
家におるすいをすることにして、おばさんは
政ちゃんと
町へいきました。
「どこで、
政ちゃんは
買ったの?」と、おばさんは
政ちゃんのあとからついてきて、いいました。
政ちゃんは
方々を
見まわしました。けれど、どこにもおじいさんはいませんでした。
「あすこにいたんだよ。どこへいったんだろうな?」と、
政ちゃんは
頭の
毛を
風に
吹かせながら、ふしぎそうな
顔つきをしていたのです。
「ああ、もうどこかへいってしまったんでしょう。」と、おばさんもさびしい
顔つきをして、おっしゃいました。
その
立っていたそばに、
果物店がありました。そして、りんごがたくさんならべられていました。おばさんはその
店に
立ちよって、りんごをお
買いになったのです。
山のようにつまれているいちばん
上にのっていた
大きな
赤いりんごは、それはみごとでありました。
政ちゃんは、
「あのりんごをほしいな。」と、
心の
中でいいました。
すると、おばさんは、
「あの
大きいのも
入れてください。」と、そのりんごをゆびさしておっしゃいました。
赤い
大きなりんごは、ほかのりんごといっしょにふくろの
中へはいりました。
お
家には、
清ちゃんがお
母さんのかえるのを
待っていました。
「
清ちゃん、もうおじいさんがいないのですよ。こんどきたら、お
面を
買ってあげますからがまんなさい。その
代わり、
清ちゃんのすきなりんごをたくさん
買ってきてあげましたよ。」といって、お
母さんはりんごをお
出しになりました。
清ちゃんはお
面がなくてつまらなかったけれど、
目の
前にならべられた
目のさめるような
美しいりんごを
見ているうちに、わらいがしぜんと
顔にあらわれてきました。そして、じっと
見ているうちに、その
中のいちばん
大きな
赤いのをとりあげました。それは、さっき、
店にあるときから
政ちゃんの
目にとまっていた
大きなりんごでありました。
これをごらんになったおばさんは、
「そのいいのは、
政ちゃんにあげるのですよ。」と、おっしゃいました。
清ちゃんは、うらめしそうな
顔つきをしましたが、
「
清ちゃんは、こんなにたくさんあるのですから。」とお
母さんにいわれると、よくわかって、
持っていたりんごを
政ちゃんの
手にわたしたのでした。
政ちゃんはうれしいやらわるいやら、どうしていいかわからなかったが、
清ちゃんがりんごをくれたので、
自分もよくばってはならないと
思いました。そして、やはり
清ちゃんのほしいものをやらねばならぬと
悟りました。で、だいじにして
持っていたお
面を
清ちゃんにやりました。
「これは、
政ちゃんのだいじなのでしょう。」と、おばさんはおっしゃいました。
「
清ちゃんは
病気なんだから、
僕これをあげるよ。」と、
政ちゃんはいいました。
「まあ!」といったおばさんの
目には、なみだが
光りました。
清ちゃんの
目にも、なみだが
光りました。
町の
方からは、あいかわらずいい
音が
聞こえていました。