二
時間の
図画の
時間に、
先生が、
「みなさんのお
母さんを、
描いてごらんなさい。」と、おっしゃいました。
「
先生、お
母さんのない
人は、どうしますか?」と、いったものがあります。
「お
母さんのない
人は、だれですか?」
「
武田くんは、お
母さんがないのです。」
「じゃ、ない
人は、お
父さんをおかきなさい。」と、
先生はおっしゃいました。
みんなは、
静かになりました。そして、
年ちゃんは、まるまるとした
手に
鉛筆を
握って、お
母さんの、お
顔を
思い
出しているうちに、
「いまごろ、お
母さんは、どうしていらっしゃるだろうな。」と、ほんとうに
考えたのでした。
昨日の
夜でした。お
父さんが、お
出かけなさろうとして、
「まだ、
着物はできないのか?」と、お
母さんに、おっしゃいました。
「もうすこしですけれど、まだできあがっていないのです。」と、お
答えなさると、
「なにをぐずぐずしているんだ。」と、お
父さんは、お
怒りになりました。
そのとき、お
母さんは、
「
昼前に、お
客さまがあって、お
帰りなされると、もうお
昼ですし、
昼過ぎに
仕事をしかけますと、
年ちゃんが
帰ってきて、そして、
遊びに
出て、ころんできましたので、お
洗濯をしてやりました。つぎに、
花子が
帰ってきて、お
友だちのところへゆくのだから、
髪を
結ってくれといいますので、
髪を
結ってやったりしていますと、もう
晩方になりました。
晩には、お
湯があるので、お
湯に
入ってからは、じき
年ちゃんは
眠たがりますから、その
前に
学校のおさらいをしてやりますと、ほんとうに、お
仕事をする
時間というものがなかったのでした。
今夜は、おそくなっても
縫い
上げるつもりでいます。」と、お
母さんは、おっしゃっていました。そばでこれをきいていた
年ちゃんは、もしそれでお
父さんが、
怒るなら、お
父さんがわるいと
思いましたが、お
父さんは、だまっていました。
いま、そんなことを
考えると、お
母さんが、なんだか、かわいそうになりました。
「あの
原っぱで、あんなことをして
遊ばなければ、ころびもしなくて、よかったのだ。」と、
年ちゃんは、
昨日、
材木がたくさん
積んである
上を、
吉雄くんや、
賢二くんと、
駈け
足をして
渡っているうちに、
水たまりへ
落ちて、
着物をよごしたことを
思ったのです。
「いまごろ、お
母さんは、どうしていらっしゃるだろうな。」
いつもお
仕事をなさるところにすわって、お
母さんは
一人で、ガラス
戸の
内から、
外のお
庭を
見ていらっしゃる
姿を、
年ちゃんは、
目に
浮かべたのでした。そして、うぐいすが、きょうも
昼前に
飛んできて、
赤い
実のなった、
梅もどきの
木や、つばきの
枝にとまって、
虫をさがしているのを、お
母さんは、
見ていらしたのです。しかし、そのお
母さんの
顔はさびしそうでありました。
年ちゃんは、
図画紙の
上へ、さびしいお
母さんのお
顔を
描きました。なんだか、そのお
母さんは、
泣いていらっしゃるようです。
「こんなの、おかしいなあ。」と、
年ちゃんは、
考えていましたが、そのかたわらへ、「ボクたちが、るすのときの、さびしいお
母さんのお
顔」と、
書いて、
先生へ
出しました。
先生は、それをごらんになって、どうお
思いなされるでしょう? それは、このつぎ、いただいたときでなければわかりません。
年ちゃんは、
早くお
家に
帰って、お
母さんのお
顔を
見たいと
思いました。
学校が
終わると、
急いでお
家へ
帰りました。
「ただいま!」と、いつものごとく、
外から
声をかけました。はたして、お
母さんは、いつもの
場所にすわっていらっしゃいました。
「お
母さん、さびしくなかった?」と、
年ちゃんは、ききました。
「うるさい
人が、みんなお
留守で、
静かでようございましたよ。」と、お
母さんはおっしゃいました。
「うれしかった?」
「ほほほほほ。」
「うぐいすがきた?」
「きましたよ、きょうは、
子うぐいすと、
母うぐいすと、二
羽きましたよ。」
「お
母さんは、ボクのことを
思っていた?」
「ええ、いまごろ
年ちゃんは、おやつが
食べたいと
思っているだろうと
思いました。」と、お
母さんは、お
笑いになりました。
「そんなこと、
思うもんか。」と、
年ちゃんがいいました。そして、ランドセルを
投げ
出すと、おやつを
握って
遊びに
出ました。
目にあった、さびしいお
母さんのお
顔は
消えて、どこを
見ても、たのしい
朗らかなお
母さんの
顔が
笑っていました。