東京の
町の
中では、かいこをかう
家はめったにありませんので、
正ちゃんには、かいこがめずらしかったのです。
「かわいいね。ぼくにもおくれよ。」といって、
学校へお
友だちが
持ってきたのを三
匹もらいました。
そして、だいじにして、
紙に
包んで、お
家へ
持ってかえると、みんなに
見せました。
「あたし、こわいよ。」と、
妹のみつ
子がにげだしました。
「
私も、はだか
虫はきらいです。どうしてこんなものをもらってきたの?」と、お
母さんがおっしゃいました。
正ちゃんのほかにはだれも、あまりかいこをかわいらしいというものはありませんでした。
「
兄さん、どっかへ
持っていってよ。」と、
妹がたのみました。
「こんなにおとなしいのに、かわいそうじゃないか。」
「
正ちゃん、おとなしいのではないのよ。しっかり
紙に
包んできたから、よわったんでしょう。」と、お
姉さんがいいました。
「おまえ、くわの
葉がなくてどうするつもり?」と、お
母さんがおっしゃいました。
くわの
葉は、
正ちゃんが、もうちゃんと
野村くんからもらうやくそくがしてありました。
野村くんの
家はすこしとおかったけれど、かきねに二
本のくわの
木があって、それをいくら
取ってもいいというのでした。
「くわの
葉は、もらうやくそくがしてあるんだよ。」
「まあ、
手まわしがいいのね。」
「だからお
母さん、かってもいいでしょう。」と、
正ちゃんは
賛成してくれるものがないので、
心ぼそくなりました。
「みつ
子がこわがるから、はこに
入れて、
物置の
内にでもおおきなさい。」
正ちゃんは、おかしの
空きばこをもらって、くわの
葉をきざんで
入れて、
石炭ばこの
上にのせておきました。
晩方、
正ちゃんが
外からあそんでかえってきてみると、いつしかくわの
葉はしおれてしまって、二
匹は
死んで、あとの一
匹だけが、はこのすみにじっとしていました。
「どうして
死んだのだろうな。」
正ちゃんは
赤いじてん
車にのって、
死んだかいこを
川にながしにいきました。そのかえりに、あたらしいくわの
葉をもらってきました。
あくる
日のことでした。
学校で
先生が
正ちゃんに、
「きのうのかいこをどうしたか?」と、おききになりました。
正ちゃんは、二
匹死んでしまって、いま一
匹しか
生きていないことを
話しました。すると、やさしい
先生は、
「一
匹ではさびしいな。
学校でかっているのをかえりに一
匹あげるから、もっておいで。」と、いってくださいました。
正ちゃんは
時間がおわると、
先生のところへまいりました。
「さあ、こうして
持っていくといい。」
そういって、
先生は
大きなくわの
葉の
上に一
匹のかいこをのせてくださいました。そのかいこは、
正ちゃんの
家にいるのよりかずっと
元気でした。
正ちゃんは
葉の
上にのせてもらったのをおとさないように、
両手でささえながら、
学校からお
家へかえってきますと、みちをとおる
人々は、なんだろうと、
正ちゃんの
手の
中をのぞきました。
「あの
子は、かいこをたった一
匹持っていくよ。」と、わらった
子どももあります。
かいこをかってから、
正ちゃんは、
毎朝お
母さんにおこされなくてもひとりでおきて、じてん
車にのって、
野村くんのところまでくわの
葉をもらいにいきました。
「あ、また
死んだ。」と、
正ちゃんは、
物置でさけびました。
「お
母さん、あんなくらいところにおくから
死んだのですよ。」
「じゃ、お
座敷へ
持ってきておおきなさい。」と、お
母さんはおっしゃいました。
「ほんとうにお
座敷でいいの? しかし、だめだなあ、一
匹になってしまったもの。」と、
正ちゃんは
力をおとしました。
正ちゃんが
心からかいこをかわいがっていることがわかったので、お
姉さんもいじらしくなって、
「
私、
蚕糸試験所へいっておねがいして、一
匹もらってきてあげるわ。あそこは、かいこや
生糸のことをしらべているお
役所だから、かいこがかってあると
思うわ。
正ちゃんもいっしょにいらっしゃいね。」と、いいました。
二人は
電車にのって、かいこをもらいに
出かけました。
蚕糸試験所の
門のところには、
金ボタンのついた
洋服をきたおじいさんがこしかけていました。お
姉さんは、おじいさんの
前にいって、ていねいに
頭をさげました。
「この
子が
学校からおかいこをもらってきてかっていましたが、みんな
死にまして、いま一
匹だけのこっています。一
匹ではお
友だちがなくてかわいそうだといいますので、もし、どんなのでも一
匹いただけましたらと
思って、おねがいにあがりました。」といって、おたのみいたしました。
金ボタンの
洋服をきて、ぼうしをかぶったおじいさんは、
「なるほどな、むりのない
話だ。一
匹きりではさびしかろう。ここにすこしのあいだ
待っていらっしゃい。」と、いって、お
役所の
中にはいっていきました。
やがて、おじいさんは、
新聞紙にゆるく
大きく
包んだものをだいじそうにもってきました。
そして、にこにこわらいながら、
「これだけいれば、さびしくはなかろうな。」といって、
正ちゃんにわたしました。
正ちゃんはよろこんで、お
姉さんといっしょにあつく、おじいさんにお
礼をいって
門から
出ました。
「お
姉ちゃん、
見ようよ。」と、
正ちゃんは
立ちどまりました。
新聞紙の
口をあけると、びっくりするようなぴちぴちとしたのが五
匹もはいっていました。
「ぼく、こわいよ。お
姉ちゃん、
持っていっておくれよ。」と
正ちゃんは、
手をひっこめました。
「まあ、
正ちゃん、このあいだは、かわいらしいといったじゃないの。」と、お
姉さんはわらいました。
「だって、あんまり
大きくて、
元気がよすぎるんだもの。」
「こういうのでなくちゃ、いいまゆをこしらえないのよ。」
「じゃ、ぼく、こわくない!」
「ええ、だいじにしてかってやりましょうよ。そして、いいまゆをこしらえたら、
学校へ
持っていって、
先生やみなさんにお
見せなさいね。」と、お
姉さんはおっしゃいました。
「そうしたら、ぼく、みんなにうんといばってやるよ。」と、
正ちゃんは
勇んで
歩きだしました。