[#ページの左右中央]
[#改ページ]
男声(独唱竝に合唱)
神
み身

いざ仰げ世のことごと、
国

おぎろなし
いざ聴けよそのこをろに、

かぎりなし
いざ
神

いざ
女声(独唱竝に合唱)
たたなづく
とりよろふ
きこえさせその
その
男声女声(独唱竝に合唱)
その一
日はのぼる、旗雲の
いざ
海凪ぎぬ、
いざ行かせ、
海凪ぎぬ、朝ぼらけ
その二
あな
あな
まだ
日の
その三
日はのぼる、旗雲の照りの
いざ御船、出でませや、
海凪ぎぬ、
いざ行かせ、照り
海凪ぎぬ、朝ぼらけ
男声(独唱竝に合唱)
その一
声放て、東に向きて。
照りわたる
あな
あな
はろばろや
この神に、
その二
荒海の、
荒海の潮の
潮の
とどろ
み眼すがすがと
きこしめせと申さく
み
その三
い
ヤァハレ
ヤァハレ
その
我が海と
我が
ろ
ヤァハレ

舟の
ヤァハレ
島かけて、
見はるかし
は
ヤァハレ
ヤァハレ
国の
その極み、こをば。
我が国と
我が土と
に
ヤァハレ
ヤァハレ
馬の爪とどまるかぎり。
見はるかし、
ほ
ヤ
ヤ
ヤ
遠き国は
もそろよと、
もそろと、
国引くと、引き寄すと。
あなおほら、
あなをかし
とどろとどろ、
その一
男声独唱
童声或は女声合唱(童ぶり)
亀の甲に揺られて、
潮 の瀬に揺られて、
かぶりかうぶり海 の子 、
棹 やらな、附 いまゐれ、
波かぶりかぶるに、
み船へと移らせ、
名をのれ早や早や、
み船へまゐ出 るは
臣 ぞとそれまをす。
国つ神と這 ひこごむ。
潮みづく国つ神、
海豚 の眼 見 よな、
遠眼 、鋭眼 、慧 しな、
羽 ぶり羽 ぶりおもしろ。
かぶりかうぶり
波かぶりかぶるに、
み船へと移らせ、
名をのれ早や早や、
み船へまゐ
国つ神と
潮みづく国つ神、
その二
男声女声(交互に唱和竝に合唱)
ああはれ
青の岩根に
大わたの亀や、川のぼり
足一つ
ええしや、をしや、
ええしや、をしや。
その一
男声女声(交互に唱和竝に合唱)
かがなべて、日を
かがなべて、
ああはれ、その
ああはれ、その行き行き。
年ごとに、
つぎつぎに、
ああはれ、また
ああはれ、そが
その二
月の
たづたづや、
大和はも遠しとよ、高千穂よ遥けしと。
その三
かがなべて、日を
かがなべて、
ああはれ、その
ああはれ、その行き行き。
満ち満つや、み
ああはれ、えしや、
ああはれ、今ぞ
その一
男声(独唱竝に合唱)
いざのぼれ
いざ奮へ
追ひ押しに押しのぼり、み
いざのぼれ
いざ奮へ
その二
雄たけびぞ今あがる、
いざのぼれ、大和は近し、
いざ奮へ
我が行かば何はばむ、
いざのぼれ、大和は近し、
いざ奮へ
男声女声(独唱斉唱竝に合唱)
神
高千穂や


いざ仰げ

かぎりなし天つ
いざ継がせ
つらぬくや、この

おぎろなしみ
いざ討たせまつろはぬもの、
ひたに
雲蒼し、
照り

いざ起たせ
神と

いざ
雄たけびぞ、
[#改丁]
[#ページの左右中央]
[#改ページ]
をを、をを、
をを。
神ぞ
しや、
ひたぶるや、
雄叫び、
泣きいさち、

拳たたき、
掻い垂らす、
振り分つ
鳴りとよむ
ゆらかす足玉の緒もゆらに
揺り立て、
揺り
凄まじ、この生み
さながらや、
押し移る
とどろ立つ

閃めく
覆す
かく嘆けば、
かく
泣き
うち
降り
海河も泣き涸らすと、
しとど垂る
光無し、時無し雨、
日も無し、
ただ
ただ遠し、
をを、をを、
をを。
神ぞ居れ、
おどろしき
ひたぶるの
しゑや、
ただ歎く
霧立つや八雲立つ
出雲の子ら、
しや、
この命ぞ、
眼に見る国のまほろば、
たたなづく青垣山は
青山の
神弱り、泣き
神さぶと、枯山と泣き枯らすと、
雨呼ばひ、
日を
かくなれば、世の神神、
をを、神神、
常そよぎ、
山と
大山津見、
そが持ち分けて生みませる神、
もろもろの生きの
末ずゑの
澄みわたる
ああ、
雪の
沼辺には
もろもろの鏡葉や、
落葉木や、
花

そを何ぞ、泣き枯らすもの、
日に奪ひ、夜に奪ひ、雨ふらせば、
ありとある
ありとある色のことごと、
すべしなし、立ちも滅ぶと、
ああはや、匂失せぬ。
をを、をを、
をを。
神ぞ
しや、
日は

さもこそや
言挙ぐと、泣きいさち、
かく、吼え立てば、
大海よ、
引き引きに
潮干るや、干潟泡立ち、
沸き立つや、
憚らず
畏る無し
をを、をを、をを、
かく経れば、降りつづく雨をもちて、
蛆沸き、

万づ
高津鳥の災、
生み、
もろもろの
曲り、朽ち、
常無く、火の気無く、
耀かず、
苦しく、息づかしく、
ことごとや世のことごと、
泣き、言問ひ、
挙り泣き、泣きなづみて、
ああはや事起りぬ。
をを、をを、
をを。
神ぞ
果しなし、泣きいさつと、
腹這ふ
その根、
開き葉の高張りや、
大葉蘇鉄、
をを、をを、
をを、
滴るや
苔むすや、
畳菰
小鈴落ち、
はららぐと、その
空見ず、ただ歎けば、
海見ず、ただ歎けば、
しや、
埒も無し、
何もかも泣きいさちる、
父の
ただ
ゑや、愚かや、
な住みそ、さば、此の国原、
行け、
神やらひやらひたまふと、
ああはれ、
眼も
泣き涸らし、はた、
[#改丁]
[#ページの左右中央]
[#改ページ]
跳躍する
跳躍する奔牛は是れ、
厳たる意志力、
響き
響き
角は見よ、蒼き兜の
此処は
春ながら冬、
涯しなき視野、
東へ東へと移動しつつある沙漠の
凛然たる寒気の底に於て。
おお、眼だ、||昼闌けた
耀く耀く十方の日あし、
しかもまた
濃い青の上空である。
微塵の星、
よく磨かれた気流。
光は光をうつ、
影は影と、
萠え立つ草の芽も何処かにある。
誰知らぬ物の窪にも
何か湛へる。
||何事かある。
跳躍する、
跳躍する奔牛の意志に乗つて、
思ひもかけぬとどろきが来る。
すばらしい、
光るばかりの或物が来る。
(満洲鄭家屯郊外)
根があつた。
黄色い土、
積み竝べた
ああ、それだけ。
木があつた、
ひとつひとつに
影を落した枯木であつた。
ああ、それだけ。
平らかな、或は柔かい
うねりのなぞへ、
日向はほどよく温んでゐた。
ああ、それだけ。
白い馬に赤が三頭、
土けむり、
ああ、それだけ。
茫漠とした南満洲、
はてしのない川、結氷、
銃眼のある土塀、
風、風、風、
ああ、それだけ。
四等車の
小さな日だ、
十三時半||十五時半、
汽車はただ
ああ、それだけ。
戦争画報を見て
ひた疲れ、ああ、このごと
路の
こんこんとうち伏しぬ。
正しきはまじろがず
身をさらし、
なべて見よ、この姿、
昼も
祖国のみ、民族の
血と肉と、一つのみ。
まつろはず、
満蒙のかの匪賊。
憤る、憤るもの、
力なり、ためらはず。
戦へば勝つ人も
せめて今、
ひきかぶるものも無し。
涙せよ、この姿、
昼も
ここにあり、土のうへ、
ひたぶるにねむる人。
日向高千穂峯の御来迎
山の肩黝きに
風すでに
響きわたり、空へ
おお、
蒼雲よ、
いまだ
野も川もをさなくて
動けり、ただ、
雲の上の
日の出なり、
ああ、
小さきかなや、
大陸序曲
かく
土なるや、大き
時ありき、日も知らず、星も
ただ在りき、かく在りて
驚けよ、この命、
国興り、
なほ
俟つありき、つひに来るそが
海を越え、空を蔽ひ、とどろ来るもの、
地響や、音
誰ならず、
神々の我が
さ緑や、はてしなくよみがへるもの。
命なり、息づくと芽ぶきそめぬ。
しづかなり
軍の
風をはらむつかのま。
敵なりや、
現れ、また現れ、
視野は
響無し、声も無し、
気息のみ
輝やかし時秒のみ
満ち、いきるる
ひたおもて、
軍はあり、草をかつぎ
山のごとしづもる戦車、
そのはじめ、
俟つありき、何ごとかの
どとと射つ我か、彼か、
このたまゆら、
勝つ者の正しき狙ひ
神のみぞ知ろしめすらむ。
据われり休らひのあひだ、
道のべ、
響なす
ねぶたし、ただ
疲れはてて、
空も無し、仇も無し、
命なり、張り満つる
飲まず、食はず。
我射ちぬ、彼射ちぬ、
しかも大暑、
何ごとのしらすぞとも
知らず、射ちぬ。
強しとも弱しとも
誰か
ねぶたし、ただに
重く垂り
もぐりて、深くもぐりて、
兵なり、我ら、ねむる。
戦車よ、鉄の戦車、
しばしを、
ああ、しばしを光蔽へ。
ねぶたし、
ただに眠ると、
何も無し、我も無し、
ひた土に
真昼ぞ、ただ
生きむとも死なむとも
将た思はず。
ねぶたし、ただねぶくて
早や
ねぶたし、眠らしめて
つかのま母の声聴かしめ。
突撃、
突撃するもの、
突くなり、突きまくり、
ひた刺し、刺しつらぬき、
銃床
飛び入り、はたきのめし、
はたくや、たたき斃す、
これのみ、ただこれのみ。
突撃、
突撃するもの、
ひたぶる、ひたぶるなり、
戦ひ、戦ひ
突き刺し、たたき斃し、
声のみ、息あるのみ、
我あり、跳ぶあるのみ。
突撃、
突撃する時、
ただ見る、命ある、醜き、
顔ゆがめ、
恐れに、
わななき、わななくもの。
敵なりや、彼なりや、
将た知らず、
斃れに、ただ斃れぬ。
響きて、ひと斃れぬ。
[#改丁]
[#ページの左右中央]
[#改ページ]
遠州浜名郡白須賀
白須賀は昔の
ただ白し、ものさびて、
その
なべてみな同じ障子。
ただわびし、
同じ型、
出で、はひる人すらや、
同じ影。
音も無し、なにひとつ、
埃づくものも無し。
草屋のみ、
弱き日のあたりたる。
いづこぞ遠江灘、
潮見坂ほどちかくて、
薄ら曇る低き空を
風も来ず。
冬ながら、その
ほのなごむ家がまへ、
ここ過ぎて、きびしとも、
おもほえず、寒しとも。
白須賀は旧街道、
朱の
そは暮のひとあかりのみ。
桜咲き、
桜の枝に
人居りて釣竿垂れぬ。
影は沈む、緑青の水の
昼
枯れ枯れの葦、
片明る菱、
よく響きて、
ともすれば連れ走る、頭のみぞ。
雲は行き、
春は雲間に
なにとなくまだなごみぬ。
鉄塔のよき
ちちと、ちちと、
飛び
鳥。
子らよ、
照りうつる
空。
街道のバスの
スロープのさみどりに
開く

ああ、八月。
唐辛子
花咲きて、
ほのぼのと
人と家、
炎天の野に
明治神宮西参道
開けよ、声を
たふとさや、神苑の
光る
こもごもの青と緑。
とどめじ、塵ひとつ、
玉の砂敷きならして、
うねる
芝生や、緩るきなだり、
宝物殿、
白きは
花のえご、香の
よく観よ、
吾が
亀の子の揺る影を、
しづもれよ、
ほのぼのと雲は立ち、
神と人
幽かな谷ふところ、
何か野鳥が来て動かす
よく晴れた
塵ひとつない空、
まだ寒いその清明。
簡素だ、
飛び飛びの石、
萱の屋に衝き上げ門、
ここは
影が移る、
咲くには早いその匂が。
ああ、さうして
音が徹る一つに、
あ、心字池、
大日本史の精神、その響が。
悠々たる
いさぎよい
わたしは聴く、水の音に、
義公を、水戸の黄門。
ふりおける雪につみ、
木々につみ、
燈籠にしろくつみぬ。
うちひびき、
この雪に跡つくる、
兎なり、跳び跳びて。
すがしきは笹の芽
毛の
満ち満つ
何事も
息づきぬ、
国の
神ながら、この道に
ああ我や言ふすべなし、
春まさに雲ぞ
白樺の林よ、げに
しろき
そは
雪よりも光帯びて。
日は曇り、しろき真昼、
声も無し、このかがやき、
風も無し、色ひといろ。
ひえびえとけむる
鷹すらも一羽飛ばず。
何すとか、ここに住む
白系露西亜、

空ひととき、
白樺の林よ、げに
光る
青淀の
など知らむ、しばしばも吹き通ふ雲、
末そよぐ蔦の葉や、わづかにも
み冬なり、
目も澄むや、
濃き藍の竜胆ぞ、よく
往き、消ゆる
薄墨の雲に、
しろがねの
たださへや
懸巣啼きて、
雨は
不二の裏べ。
山の
月円く
現れて、
また白し、隈だちつつ。
雲しばしば、
後
神は
ああ、
風を思ふ姫鱒は水に棲みて、
また沈みぬ。
[#改丁]
[#ページの左右中央]
[#改ページ]
この眼の
細かくも、
我彫らむ、みづからを皆。
触れつつも、この己れ。
息かけて、いとほしと。
こを見よと我思ふ。
我ならず、何かある。
その白き手に献げまし。
かぎりなく
奥ふかき
おのづから
声無くして
つつましく

昼ながら

ありなしの雲さながら。
かぎりなく
ただにあれ、影なき眉
風に思ふ、
かくのごと
菊のはな匂ふ日なた
なにか遊ぶ
振りかへるに。
おもほえね時の移り、
ただなごむを。
さだめなき秋の日の
それぞとも眼に見えねば。
しばらくは事もなし、
時ひかる道しるべ石。
風にそよぐ
月のごとをりふしを遠く行きぬ。
ふるさとや、わが母の
この山の手、
昔見しさながらを
ただしづかに。
池も見えて、
壁赤き山の
ひとつふたつ。
築石や、棚畑や、
ふかき昼を
日の照り、
時うつる、この
影はあり、独
よき
おもざし、我かとも、
いま見上げつ。
鳴き、くくみて、
色、匂、さまわかず、
風なるか、空なるかも。
北の
この道の手、
我は見る、我が
をさなごころ。
風にのみ
この匂を。
水の
ふる雨の
しばしばも
輪に
旅やどり
すべなしや、

日をおくれば。
ほのぼのと
咲く花の
よき
夏となりぬる。
色はあり、声にのみ、
こさめひたき、
雫のみこまかなる
この朝あけ。
花はあり、影にのみ、
ひとりしづか、
杉よ檜。
巣は
ウメノキゴケ、
姿、
濡るる光、
卵のみ、おそらくは
四つか
色はあり、声にのみ、
こさめひたき、
雫よ雫よと、
ただ幽かに。
鉄塔の上に
刈りしほと麦は刈り
昼貌のほめきも過ぎぬ。
いざ挙げむ琥珀のグラス、
時惜む
影のみの紫ながら
野に色む靄もあるなり。
影のみの色もあるなり。
晩冬の月に思ふ遊子は
凛烈たる霜、
霜は湖畔の鉄塔を噛む。
鴨だ、光つて
ああ。轣轆と
車だ、唐辛子を積む車だ、
犬よ、その
春だ、すぐ、
こごえて酒盃を噛む。
もの
にほひなし、昼はまだ
彩燈の切子硝子。
雲に行く日のまぼろし、
ゆゑわかず、うつつなし、
影にのみ、

低くのみ
濡れがちや、
朱の
歯にあてつつ、
歯にあてつつ、
註。瓜子(西瓜のたね) 烏秋(台湾烏)
赤嵌楼(蘭人の所謂プロヒレンチヤ城なり)
赤嵌楼(蘭人の所謂プロヒレンチヤ城なり)
蕃童は

蕃童は弓矢
蕃刀を玉と取り
蕃童は母をうしろに、
敢て立つ、岩根
蕃童は
蕃童は

竜眼の
[#改丁]
[#ページの左右中央]
[#改ページ]
夕浪千鳥群れかへる
山かと高き
満々と張る真帆の数、
軍皷の
舳艫相
入日に染まる
とどろと洗ふ
しや、ひた押しの陣がまへ
雲の峯
涌くや渚のさきさきに
また風騒ぐ
今に知る法華経の行者日蓮が
まさしく、他国
抑々蒙古ときこゆるは
万里北に蔓つて
金を
余威高麗に及んでは
しばしば本朝をもうかがふ。
世界呑吐の
敢て挫かん鉄石の、
この人ありや執権時宗、
観ずれば明鏡止水のごとく、
断じては山河ことごとく震ふとかや。
曳くや
死者の
大喝してぞ立つたるは、
げにおそろしき国つ
由々しくもまた勇ましし。
星月夜、
鎌倉山のほのぼのに
早や駈け向ふ東国勢を待たばこそ、
今を危急の国難とて、
すなはち
探題太宰ノ少弐、
菊池、大友、
島津、竹崎の将兵を初めとして、
所在の土豪、
庶民、婦女子に至るまで、
老も若きも、
恥あらば、
死ねや死ねとぞ、
有り合ふ鎧、物の具引きかけ、引き締め、
えいやえい、
えいおう、
おうおうえいや、
えいえいえい、
我も我もと馳せ集る。
日の本は
一天万乗の大君にましまして、
我が御代を
かかる乱れのあさましや、
神に
忝くもおん
代らめと
歎かせたまふ畏こさよ。
勅使
日の色添ふる蝉しぐれ、
護摩の煙のしまらくも
籠り絶えせぬ寺々山々、
いづれは異国
はららはららと
物々しくぞ奉る。
敵は名に負ふ大陸の
銅羅のかけひき、
我に鍛への太刀剣、
香取鹿嶋の神代より
やはかゆるがむ此の
照覧あれや
海行かば水漬く屍、
山行かば草むす屍、
また顧みぬ
昔ながらの雄たけびや。
別しては箱崎の宮の大前、
一歩も上げじ許すなと、
獅子奮迅に射放ち落せば、
波を
漕ぎ寄せ、漕ぎ寄せ、
いで物見せん、
月は弓張る
倒す
乗りかけ、つけ入り、斬り込んだり。
頃しも弘安四年、
ああら不思議や、
晴れに晴れたる夏空に
一朶の黒雲
白羽はいだる鏑矢の
見る見る輝き鳴動して、
たちまち西へと飛び去りける。
それかあらぬか志賀の嶋、
海の中道、灘かけて、
俄に起る一夜の
あやめもわかぬ
裂けてつんざく稲妻や、
滝なす雨は
音と轟く物凄さ。
逆巻き
頼め頼めの錨も何の
船は木の葉の漂ふごとく、
ちやりやきりり、
きりやきりり、
ちやりやきりり、
きりやきりり、
ちぎるる鎖、命の友綱、
さしもの
あはれや
これぞ
祈るしるしの神風に、
寄せくる波ぞ
かつ砕けつる。
寄せくる波ぞ
かつ砕けつる。
[#改丁]
[#ページの左右中央]
[#改ページ]
昭和五年
十三時半の風景
昭和六年
路傍にねむる 跳躍
昭和七年
三宝寺池 真夏
建速須佐之男命 丸彫
昭和八年
晩冬詩情 竜胆
本栖湖 月に寄せて
白須賀 神苑
雪暁
昭和九年
雪朝 道の手
水の上 こさめひたき
台南旅情 蕃童
日なた
昭和十年
西山荘 微笑
白樺
昭和十一年
暁天
昭和十二年
狙ひ 熟眠
突撃
昭和十三年
種子
昭和十四年
長唄 元寇 海道東征
[#改丁]十三時半の風景
昭和六年
路傍にねむる 跳躍
昭和七年
三宝寺池 真夏
建速須佐之男命 丸彫
昭和八年
晩冬詩情 竜胆
本栖湖 月に寄せて
白須賀 神苑
雪暁
昭和九年
雪朝 道の手
水の上 こさめひたき
台南旅情 蕃童
日なた
昭和十年
西山荘 微笑
白樺
昭和十一年
暁天
昭和十二年
狙ひ 熟眠
突撃
昭和十三年
種子
昭和十四年
長唄 元寇 海道東征
[#ページの左右中央]
[#改ページ]
此の詩集『新頌』は些か皇紀二千六百年記念として上梓するものである。
収むるところ、三十一篇、その数は至つて尠い。ただ重要作としての長篇三品があつて幾分の量を加へてゐる。長唄「元寇」は別として、詩は前集『海豹と雲』(昭和四年版)以後の作品の中、その精神と詩風に於て、ほぼ同型のものを選んでここに蒐めた。
一に貫通するところのものは日本精神であり、整律するところのものは万葉以前の古調に庶幾く、概ね四音五音六音の連鎖である。この傾向はもともと、『海豹と雲』の「古代新頌」その他に因を発し、今日に及んでゐる。私の最近の主流を成すものである。私としての蒼古調である。
思ふに、古人の胆を掴むにはその感動律を奪ふに如くはない。蒼古に溯つて之を求めようとした真意はここにある。
かくしてここに収めた諸作品は概ね同種同律のものであつて、之は編纂の主意が単一と整斉に存するからである。
この詩風以外の、短詩短唱、或は小曲風のものはまた別冊として編輯の上刊行する予定である。近代風の詩作品もまたここには割愛した。でこの蒼古調は私の詩風のすべてを示すものではないのであるから、右は諒承せられたい。
さて、ここに本集収録の作品に就いて、章を別つて、少しく解説して置く。
この交声曲詩篇は、皇紀二千六百年奉讃の芸能祭に際し、日本文化中央聯盟の嘱に依り特に作詩したものであつて、信時潔氏之を作曲し、今秋、上演の予定である。なほ、この交声曲は、今度の国家的祝典に際しその公式のものとして選定、東京音楽学校に於て発表、畏くも 皇后陛下の行啓を仰ぐ筈になつてゐる。
作詩に就いては、眼疾最悪の時に当り、ほとほと難渋した。読みも書きもならない状態にあつたのである。で、古事記日本書紀等のそれらの資料は、妻や娘に、習字帖大に筆写してもらつた。無論大方は読ませて聴いた。作も口述が主であつた。機構が稍々大きく、歌ふものとしての整斉を節々句々或は字脚、アクセントの上に必要とし、相当に複雑してゐるので、眼を瞑つてただ心頭に案配し調律することは容易でなかつた。
さて、この「海道東征」はもともと 神武天皇讃歌として日向御進発より橿原の宮に於ける御即位に至る迄の結構を初念としたが、創作中、白肩ノ津御上陸に筆が及ぶ頃は既に制限された紙数を費して了つた。実演に要する予定の時間をも超過することになり、全体の三分の一に達せずしてうち切るの止むなきに至つた。で、早めながら、天業恢弘の一章を以て、一応の締めくくりをつけた。何れは之を前篇として、中篇後篇を成すべきであり、三部作として完うしたい考であるが、今は之を独立した一篇のものとして置く。
なほ、かうした交声曲詩篇の創作は、自身にとつて最初のものであり、日本に於て、その範例を見ることを得なかつたので、眼が見えぬ上に、全くの暗中模索であつた。しかしどうにか口述を了つてみると、更に進んでこの形式に向ふ気組もできて来たやうである。
昭和七年盛夏、自分達の季刊誌『新詩論』の創刊に際し、油然たる感興を得て書き下した。この「建速須佐之男命」はこの「枯山の巻」に続いて、「参上りの巻」「宇気比の巻」「出雲の巻」を纏める筈であつたが、偶々その発表誌を喪つた為め、中絶して了つた。
主として古語古調を用ゐたのは、古事記以来の古語を自己の薬籠中に一応の整理を為て置きたかつたのである。生かすだけは自分のものとして生かすべきだと思つたのである。のみならず、品詞の古語の使用が頻出する為の調和の上からも考へられたのであつた。自由詩形としたのは、曩に謂ふところの古人の感動律を掴むに最も適切と信ずる表現を欲したからである。なほ思ふところがあつて、この篇には漢語を一語をも使用しなかつた。
内容の本筋は古事記に依拠し、日本書紀とその異本とを参酌した。構成に就いては、自己の解釈を以てし、更に近代の感覚と文化史的想像とを以てした。須佐之男命に就いての私の解釈は私としての見解である。私は彼の命を必しも暴悪神として居らぬ。童心ある勇猛の、極めて男性的な英雄神とし、また偉大なる、最も人間らしい神として考へてゐる。
なほ、私は何れは古事記を近代人の知性と感覚とを以て、改めて解釈しなほさうと考へてゐる。さうして之を詩に移入したくひそかに希つてゐる。で、この一篇は之等の片鱗に過ぎない。
事大陸に関したものを主として蒐めた。私が満洲に遊んだのは、その事変前であつたが、何となく風雲の穏かならぬものが感じられた。「跳躍」の中には何か来るべきものの跫音が示唆されてゐる。
「種子」の一篇は、交声曲「大陸」の序曲となるべきものである。
今次の事変に於ける作詩は未だ極めて尠い。恰も眼疾に罹り、その機を失つた。他日の集成を期したい。
清明心を以て直入しようとした自然景情の幾篇であつた。中には依頼された雑誌の向によつて、多少平易な表現を用ゐた作もある。但し、之等の古調は私のものである。
余情のみ、ただ幽かな煙霞。
この長唄「元寇」は皇紀二千六百年祝典に際し、かの「海道東征」と同じく日本文化中央聯盟の嘱により作歌した。長唄としては私の処女作である。作曲は稀音家浄観翁の手に成る。
内容に就いて云へば、元寇といふ一大国難に於ける日本精神の顕現を骨子とした。所謂公武一丸となつて神洲を守護し、外敵にあたる。而も上御一人をはじめ奉り、下は庶民に至るまで正しく挙国一致の体勢のもとに、国体の尊厳と、皇道の大本、然してまた日本武士道の精華とを表現しようとした。世にいふ神風もさることながら、尽すべきことを尽して蒙古勢を撃破し得た執権時宗の胆と、皇軍の忠勇無比とがこの篇の眼目となるのである。この長唄は本年四月二十六日、歌舞伎座に於て公演せられた。各流家元をはじめ長唄界総動員の豪華演奏で、空前の盛事であつた。因みにその夜の出演者は左の通りである。
作曲 稀音家 浄観
作調 福原 百之助
作調 望月 太左吉
作調 福原 百之助
作調 望月 太左吉
第一段 第二段 第三段
杵屋 六左衛門 杵屋 佐吉 笛 梅屋 竹次
長 杵屋 藤吉 三 杵屋 佐次郎 小皷 福原 百之助
中村 六松次 味 杵屋 佐三郎 小皷 福原 春之助
唄 杵屋 六真次 線 杵屋 勝吉治 大皷 梅屋 左十郎
杵屋 勝五郎 杵屋 太十郎 太鼓 梅屋 金太郎
第四段 第五段
吉住 小三郎 稀音家 浄観 笛 望月 長之助
長 吉住 小太郎 三 稀音家 三郎治 笛 住田 又三郎
吉住 小七郎 稀音家 六四郎 小皷 望月 左吉
吉住 小文郎 味 稀音家 四郎助 小皷 望月 吉三郎
吉住 小桃圃 稀音家 四郎吉 大皷 望月 吉之助
唄 吉住 小鉱次 線 稀音家 四郎太郎 太鼓 望月 長四郎
吉住 小五郎 稀音家 八郎 太鼓 望月 寿蔵
第六段
吉住 小四郎 稀音家 和三郎 笛 望月 長之助
長 吉住 小桃次 三 稀音家 六四郎 笛 住田 又三郎
吉住 小真次 稀音家 五郎 小皷 望月 左吉
吉住 小兵衛 味 稀音家 六郎 小皷 望月 吉三郎
吉住 小吉郎 稀音家 和三助 大皷 望月 吉之助
唄 吉住 小伝次 線 稀音家 三郎 太鼓 望月 長四郎
吉住 小三八 稀音家 和喜次郎 太鼓 望月 寿蔵
第七段
稀音家 六四郎
稀音家 六郎治
稀音家 八郎
吉住 小真次 稀音家 四郎助
吉住 小七郎 稀音家 四郎吉
吉住 小源次 稀音家 四郎太郎
吉住 小五郎 稀音家 和喜次郎
吉住 小伝次 三 稀音家 四郎雄
吉住 小三郎 長 吉住 小平次 稀音家 五郎
長 吉住 小三蔵 吉住 小吉郎 稀音家 六郎
吉住 小四郎 吉住 小郁郎 味 稀音家 和三助
唄 吉住 小桃次 吉住 小兵衛 稀音家 三郎
吉住 小太郎 吉住 小文郎 稀音家 四郎兵衛
吉住 小桃圃 線 稀音家 六八郎
長 松永 和風 吉住 小敞次 稀音家 和桃次
唄 杵屋 六左衛門 吉住 小鉱次 稀音家 四郎滋
吉住 小靖次 稀音家 和三次郎
稀音家 浄観 吉住 小健次 稀音家 四郎作
三 杵屋 勝太郎 吉住 小都蔵 稀音家 四郎一
味 稀音家 和三郎 吉住 小喜蔵 稀音家 六吉次
線 杵屋 佐吉 吉住 小雅次 稀音家 六一郎
杵屋 栄蔵 唄 吉住 小寛次 稀音家 政次郎
吉住 小紀彦
吉住 小喜雄 笛 望月 長之助
吉住 小英次 笛 住田 又三郎
吉住 小与作 小皷 望月 左吉
吉住 小三八 小皷 望月 吉三郎
大皷 望月 吉之助
太鼓 望月 長四郎
太鼓 望月 寿蔵
杵屋 六左衛門 杵屋 佐吉 笛 梅屋 竹次
長 杵屋 藤吉 三 杵屋 佐次郎 小皷 福原 百之助
中村 六松次 味 杵屋 佐三郎 小皷 福原 春之助
唄 杵屋 六真次 線 杵屋 勝吉治 大皷 梅屋 左十郎
杵屋 勝五郎 杵屋 太十郎 太鼓 梅屋 金太郎
第四段 第五段
吉住 小三郎 稀音家 浄観 笛 望月 長之助
長 吉住 小太郎 三 稀音家 三郎治 笛 住田 又三郎
吉住 小七郎 稀音家 六四郎 小皷 望月 左吉
吉住 小文郎 味 稀音家 四郎助 小皷 望月 吉三郎
吉住 小桃圃 稀音家 四郎吉 大皷 望月 吉之助
唄 吉住 小鉱次 線 稀音家 四郎太郎 太鼓 望月 長四郎
吉住 小五郎 稀音家 八郎 太鼓 望月 寿蔵
第六段
吉住 小四郎 稀音家 和三郎 笛 望月 長之助
長 吉住 小桃次 三 稀音家 六四郎 笛 住田 又三郎
吉住 小真次 稀音家 五郎 小皷 望月 左吉
吉住 小兵衛 味 稀音家 六郎 小皷 望月 吉三郎
吉住 小吉郎 稀音家 和三助 大皷 望月 吉之助
唄 吉住 小伝次 線 稀音家 三郎 太鼓 望月 長四郎
吉住 小三八 稀音家 和喜次郎 太鼓 望月 寿蔵
第七段
稀音家 六四郎
稀音家 六郎治
稀音家 八郎
吉住 小真次 稀音家 四郎助
吉住 小七郎 稀音家 四郎吉
吉住 小源次 稀音家 四郎太郎
吉住 小五郎 稀音家 和喜次郎
吉住 小伝次 三 稀音家 四郎雄
吉住 小三郎 長 吉住 小平次 稀音家 五郎
長 吉住 小三蔵 吉住 小吉郎 稀音家 六郎
吉住 小四郎 吉住 小郁郎 味 稀音家 和三助
唄 吉住 小桃次 吉住 小兵衛 稀音家 三郎
吉住 小太郎 吉住 小文郎 稀音家 四郎兵衛
吉住 小桃圃 線 稀音家 六八郎
長 松永 和風 吉住 小敞次 稀音家 和桃次
唄 杵屋 六左衛門 吉住 小鉱次 稀音家 四郎滋
吉住 小靖次 稀音家 和三次郎
稀音家 浄観 吉住 小健次 稀音家 四郎作
三 杵屋 勝太郎 吉住 小都蔵 稀音家 四郎一
味 稀音家 和三郎 吉住 小喜蔵 稀音家 六吉次
線 杵屋 佐吉 吉住 小雅次 稀音家 六一郎
杵屋 栄蔵 唄 吉住 小寛次 稀音家 政次郎
吉住 小紀彦
吉住 小喜雄 笛 望月 長之助
吉住 小英次 笛 住田 又三郎
吉住 小与作 小皷 望月 左吉
吉住 小三八 小皷 望月 吉三郎
大皷 望月 吉之助
太鼓 望月 長四郎
太鼓 望月 寿蔵
制作年表は簡単にした。詳しい創作及び発表目録は、各年の白秋年纂『全貌』に採録してあるゆゑ、参照していただきたい。この期間は短歌の創作に没頭した為に、詩作は極めて尠かつた。
以上。
昭和十五年九月
阿佐ヶ谷白秋居にて
著者識