まあちゃんが、「
寒い、
寒い。」といっていましたときに、お
母さんは、
子供たちのきものをぬいながら、
「もう、あちらのけやきの
木の
枝がいろづいたから、じきにあたたかくなりますよ。」と、おっしゃいました。
まあちゃんは、お
母さんにつれられて
幼稚園へまいります
途中、ふと
頭の
上をあおぎ
見ますと、うす
緑色のやわらかなこまかな
葉が、いっぱいけやきの
木の
枝から
出て、おもしろそうに
笑っていました。
「お
母さん、あんなに
葉が
出た。」と、いつかお
母さんのいわれたことを
思いだしたのです。
「ほんとうに、かわいらしい
葉だこと。」と、お
母さんはおっしゃいましたが、いつか、まあちゃんに、
「もう、あちらのけやきの
木の
枝がいろづいたから、じきにあたたかくなりますよ。」といわれたことは
忘れられてしまったように、まあちゃんには
感じられました。
ある
日、
金魚売りが、あついので、この
大きな、けやきの
木のかげに
荷をおろして
休んでいました。まあちゃんは、ひとり
幼稚園からの
帰りに、じっと
立ちどまって、
金魚があさい
水に
泳いでいるのをながめたのです。
また、
夏のあつい
日のこと、
兄さんの
正ちゃんのおともをして、せみをとりにあるいたとき、
兄さんからかごを
持たされて、この
木の
下に
立ったことがあります。
「
小さな
葉が、こんなに
大きくなった。」と、まあちゃんは
頭の
中で
考えました。
三
輪車をもっているのに、まあちゃんは、二
輪車をほしがって、お
母さんを
困らせました。
「
秋になったら
買ってあげましょうね。」と、お
母さんはおっしゃいました。
「
秋って、いつなの?」と、まあちゃんは
足をぴちぴちさせて、
畳を
打ちながら
聞きました。お
母さんは
仕事をなさりながら、
「
秋といいますと、あのけやきの
木の
葉が
落ちるころなんです。」といわれました。
まあちゃんは、はやくその
秋になってくれればいいと
思いました。いま、
風の
吹くたびにいろいろの
木の
葉が、
小鳥の
立つように
飛んでちりました。
いつしか、けやきの
木も、すっかり
坊主となってしまいました。
まあちゃんは、
幼椎園からのかえりに、
青い
空にそびえた
高いけやきの
木を
見あげて、こまかいとがった
枝に
鳴る
風の
音をさびしくききました。
「おうちへ
帰ったら、きょうはどんなおやつかしらん?」と、そんなことを
空想しました。しかし、お
母さんとお
約束をした二
輪車のことはとっくに
忘れてしまっていました。