よっちゃんは、四つになったばかりですが、りこうな、かわいらしい
男の
子でした。
よっちゃんは、
毎日、
昼眠をしました。そして、たくさんねむって、ぱっちりと
目をあけましたときは、それは、いい
機嫌でありました。
「チョット、チョット。」といって、よっちゃんの
頭の
上から、このとき
呼ぶものがあります。よっちゃんは、ぱっちりした
目を
上に
向けますと、
茶だんすの
上にのせてあった、
目ざまし
時計が、いつもの
円い
顔をして、にこにこ
笑っているのでありました。
よっちゃんは、いつもおなじところに、じっとしている
時計をば
不思議そうにながめていました。たまには、
歩いて、ほかへ
動きそうなものだとおもったからです。
だまって
見ていると、
時計が、
「チョット、チョット。」と、おなじいことをいっています。
よっちゃんも、
時計を
見上げて、にっこり
笑いました。
「うま、うま
······。」といって、かわいらしい
手をあげて、
時計の
方へさし
出しました。けれど、
時計は、お
菓子をくれませんでした。やはり、
笑っているばかりでした。よっちゃんは、じつに、さびしくなって、
泣き
出しました。すると、お
母さんが、あちらから、あわてて
駈けてきました。
「よっちゃん、お
目が、さめたのかい。」
「よっちゃん、そうお
菓子ばかり
食べるとぽんぽんが
痛くなりますよ。」と、お
母さんはいわれました。お
菓子を
食べてしまうと、よっちゃんは、すぐに、また、その
後から、「お
菓子······お
菓子。」とねだって、お
母さんが、なんといっても、ききわけがなかったのです。
茶だんすの
上には、いつもの
目ざまし
時計が、
円い
顔をしてこの
有り
様を
見ていました。このとき、お
母さんは、
茶だんすの
上にあった、
目ざまし
時計を
指しながら、「あの
長い
針が、ぐるりとまわったらお
菓子をあげましょうね。」といわれました。よっちゃんは
茶だんすの
上の
円い
時計を
見ています。しかし、
長い
針が、なかなか
早くは、まわりませんでした。「ねえ、お
菓子······おかあちゃん! お
菓子くれないの。」と、よっちゃんはいいました。
「この
長い
針が、ここまできたら、あげますよ。それでなければ、だめ。」と、お
母さんは
答えました。よっちゃんは、
指をくわえながら、うらめしそうな
顔つきをして、
時計をながめていました。
「チョット、チョット。」と、
時計は、よっちゃんが、
昼眠をして
目をさますと、
頭の
上でいつものごとく
呼びかけました。よっちゃんは、そのたびに、びっくりして、ぱっちりとした
目で、一
度は、きっと
時計の
円い
顔をながめましたが、
黒い、
長い
針を
見ると、お
菓子のほしいときにも、
意地悪をして、なかなか
早くは
動いてくれないことを
思って、もうその
顔を
見たくもなかったのでした。しかし、よっちゃんの
力では、その
長い
針をどうすることもできなかったのです。なぜなら、
時計の
円い
白い
顔の
上には、
厚い、ぴかぴかと
光るガラスが
張られていたからです。あるとき、よっちゃんは、お
母さんが
針仕事をしていなさるそばであそんでいました。お
母さんは、よっちゃんの
美しい
着物を
縫っていられました。このとき、よっちゃんは、お
母さんの
物差しを
持って、
茶だんすの
前にゆきました。そして、
物差しで、こつ、こつと
時計の
顔をたたきました。
「あ、よっちゃん、そんなことをしては、いけません。」と、お
母さんはいわれました。しかし、よっちゃんは、すぐには、やめませんでした。なぜなら、
時計の
円い、
白い
顔がしゃくにさわったからです。つづけて、こつ、こつたたきました。「これ、よっちゃん、およしなさい。」と、お
母さんはしかって、
物差しを
取りあげてしまいました。
おとなりのみいちゃんがあそびにきて、よっちゃんは、
二人で、
座敷で、
青いはとぽっぽや、
赤い
汽車のおもちゃなどを
出して、
仲よくあそんでいました。よっちゃんは、
汽車のことを、チイタッタといっていました。チイタッタといって、
汽車が
線路の
上を
走ってゆくからです。ちょうどこのときでした。ぐらぐらと
家が
揺れはじめました。よっちゃんもみいちゃんも、なんだろうと
思って、びっくりしました。そのうちに、ガラス
戸が、ガタ、ガタ、
鳴り、
障子がはずれかかりました。「
大きな
地震だ!」といって、あちらからおかあさんが
駈けてきて、
片手によっちゃん、
片手にみいちゃんをだいて
逃げ
出しました。すると、たなの
上にあったものが、ガラガラと
鳴って、
落ちてきました。お
勝手の
方ではもののこわれる
音やころがる
音などがして、
大騒ぎでありました。
外へ
出ると、あっちの
屋根からも、こちらの
屋根からも、かわらが
落ちてきました。しかし、みんなは、
安全に、
広場へ
逃げてまいりました。そこへは、みいちゃんのお
姉さんも、お
母さんもきあわせました。よっちゃんは、おそろしかったこともわすれて、あたりがにぎやかなので、よろこんでいました。
だんだん
地震も
静まった
時分、みんなはめいめいの
家へはいりました。よっちゃんも
家へはいって
内の
有り
様を
見てびっくりしました。
壁が
落ちたり、
茶だんすの
上にあったものが
落ちてこわれたり、ころがったりしていたからです。
円い、
白い
顔の
時計も、たたみの
上へ、ひっくりかえっていて、ガラスが
微塵に
破れていました。「まあ、まあ
······。」といって、お
母さんは
時計を
取り
上げて、
茶だんすの
上へのせられました。よっちゃんは、ガラスのなくなった
時計を、だまってめずらしそうにながめていました。しかし
黒い、
長い
針は、もとのように、ついていました。その
日から
時計の
針は
前のごとく、
動きはじめました。よっちゃんは、
当座は、いままでのように、おちついて、
昼寝も、お
母さんに
抱かれながらするようになりました。そして、
目がさめると、「チョット、チョット。」と、
頭の
上で、
時計が
呼んだのであります。
時計の
白い
円い
顔の
上には、ガラスがなくなって
以来、まだ、
新しいガラスが、はまっていませんでした。よっちゃんは、なにを
思ったか、お
母さんの
針箱をふみ
台にして、それへ
上がって、
時計の
白い
顔を
不思議そうにながめていたのです。
よっちゃんは、また、お
菓子をお
母さんにねだりました。「ええ、あげますよ。いまたべたばかりだから、あの
時計の
長い
針が、ぐるりとまわって、まっすぐになったらあげますよ。」と、お
母さんはいわれました。お
母さんは、あっちにいって、
茶わんを
洗ったり、おもてを
掃いたりしていられました。よっちゃんは、
茶だんすの
前に
立って、
時計を
見上げていましたが、そのうちに、お
母さんの
針箱をひきずってまいりました。そしてその
上に
乗って、かわいらしい
指で
時計の
長い
針を
動かしたのでした。「チョット、チョット。」と、
時計はいつもおなじことをいっていましたが、よっちゃんが、なにをしてもおこりはいたしませんでした。よっちゃんは、
指に
力をいれて、うなりながら、
長い
針をぐるりとまわして、そして、まっすぐにいたしました。よっちゃんは、
針箱からおりると、いそいでお
母さんのいなさるところへ
走ってきました。「お
菓子······ねえ、お
母ちゃん、お
菓子くれない。」といいました。「まだ、
長い
針は、まわりませんよ。」と、お
母さんはいわれました。「まわった、お
母ちゃん、
針はまわったよ。」と、よっちゃんは、しきりにいいました。
「どれ、どこまで、
長い
針がいったか、
見ましょうね。」と、お
母さんは、よっちゃんが、しきりにいうので、
家へ
上がって、
茶だんすのところへやってきました。そして、
時計を
見てびっくりしました。
「まあ、おまえは、もうはや、こんなわるい、いたずらをするの?」と、お
母さんはいって、よっちゃんを、
抱き
上げてしかりながらほおずりをしました。「もう
何時だか、
時間がわからなくなって、
困るじゃないの。」と、お
母さんはいって、
外へ
出て、
近所の
家で、
時間を
聞いてきました。そして、
時計の
針を
直しました。「ねえ、お
母ちゃん、お
菓子くれないの。」と、よっちゃんはねだりました。「こんな、
悪いいたずらをする
子は、お
母ちゃんは、いや。」と、お
母さんはいわれました。すると、よっちゃんは、
悲しくなって、
泣き
出しました。「もう、これから、こんな、おいたをしなければあげますが、もうしない?」と、お
母さんは
聞きますと、よっちゃんは、かわいらしい
手で、
目のあたりをこすりながら、うなずきました。よっちゃんは、お
菓子をもらって、
外へ
小さなげたをはいて、あそびに
出ました。そして、いま、お
母さんにしかられたことを、もう
忘れていました。
晩方、お
父さんが、
役所から
帰ってこられると、お
母さんは、よっちゃんが、
針箱をふみ
台にして、
時計の
長い
針をまわした
話をいたしました。お
父さんは、よっちゃんが、りこうだといって、
笑われました。そして、あの
時計も、はやくガラスをはめなければならんと、いわれました。しかし、
時計屋へ
直しにやると、あとでほかに
時計がないので
不自由なものですから、一
日、一
日延びてしまうのでありました。お
母さんは、どこか、もっと
高いところへ
時計を
置いたら、よっちゃんが、いたずらをしないと
思いましたから、
翌日は、たんすの
上へ
置きました。
もう、よっちゃんは、
針箱をふみだいにしても
手がとどきませんでした。また、
着物をいれるたんすは、
脊が
高いから、その
前に
立ってもよっちゃんは、
円い
白い
時計の
顔を
見ることさえできませんでした。よっちゃんは、どんなにさびしく
思ったでありましょう。けれど、
時計をそんな、
高いところに
載せておくのは、お
母さんにも、
不便でありました。なぜならお
母さんは、すわっていて、
時間を
見ることができなかったからであります。いつのまにか、お
母さんは、また、
時計を
茶だんすの
上へ
持ってきました。よっちゃんは、また、
円い
白い
顔をいままでのように
見ることができるようになりました。
ある
日のこと、よっちゃんは、お
母さんといっしょに、
近所の、よっちゃんをかわいがってくださるおばさんのお
家へゆきました。よっちゃんは、お
母さんにだかれているうちに、
眠けがさしてきて、いつしか
眠ってしまいました。「そのまま、そっとここへお
寝かしなさい。」と、おばさんは、よっちゃんのお
母さんに
向かって、いわれました。「こまった
子ですこと。」と、お
母さんはいって、よっちゃんを、おばさんの
敷いてくださったふとんの
上へ
寝かしました。よっちゃんは、いつも、いまごろ
昼寝をしますので、いい
心地で
眠ってしまいました。「お
目がさめましたら、
私が
連れてゆきますから。」と、おばさんはいわれました。よっちゃんのお
母さんは、よっちゃんを
残して、
家に
帰ってしまったのであります。
よっちゃんは、たくさん
眠ると、
目がひとりでにさめました。よっちゃんは、
寝起きがいいのであります。ぱっちりした
目をあけて、しばらくあたりを
見まわしていました。「チョット、チョット。」と、
頭の
上で、いつもよっちゃんを
呼ぶ
時計の
音がしなかったのです。よっちゃんは、どうしたことかと
気づいてあたりをさがしますと、まったく、ようすがちがっていて、
茶だんすも、まるい、
白い
顔の
時計もないので、
急に、
恐ろしくなって
泣き
出しました。
おばさんは、すぐ、よっちゃんのそばにやってきて、「よっちゃん、ここは、おばさんの
家なんですよ。」といいきかせましたけれど、よっちゃんは、
泣きやみませんでした。おばさんは、しかたなく、よっちゃんを
抱いて、よっちゃんのお
家へつれてまいりました。そして、お
母さんの
手に
渡しました。よっちゃんは、お
母さんの
顔を
見ると、ますますかなしくなりました。ちょうど、このとき、
茶だんすの
上にあった
目ざまし
時計が、「チョット、チョット。」といって、よっちゃんを
頭の
上で
呼びました。よっちゃんは
時計の、
円い
白い
顔を
見ると、やっと
自分の
家へ
帰ったことがわかって、
安心しました。
その
翌日も、よっちゃんはいつものように
昼寝をしました。そして、ぱっちりと
目が
開くと、また
昨日のように、ほかの
家ではないかと、
頭をあげて、あたりを
見まわしました。すると、
茶だんすの
上にはおなじみの、
円い、
白い
顔をした
時計が、にこにこと
笑っていて、「チョット、チョット。」といって、よっちゃんを
呼びかけるのでした。よっちゃんは、それを
見ると、
安心して、にっこり
笑いました。そして、こちらへ
走ってきて、「お
母ちゃん、お
菓子······。」といって、はや、ねだるのでした。お
母さんは、その
声を
聞くと、
喜ばしそうな
顔をして、すぐに、よっちゃんのそばへやってきました。