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月夜のかくれんぼ

槇本楠郎




 きれいな、えひがさのようなお月さまが、ぽっかりと東の空にうかんで、ひろい田んぼはクリーム色にかすんでいました。

 田んぼは、いちめんに、き色とみどりのなの花ばたけで、ひるまのあたたかさが、そこらじゅうにこもっていて、うっとりとするようななの花のにおいが、むせっぽくただよっています。

「みんな、みんな、でておいで、

なの花月夜だ。まだ、よいだ。

かくれんぼするもの、よっといで······

 どこからか、うたうように子どものこえがきこえたと思うと、かすんだ田んぼの、あちこちの小さな家から、たちまちころころとかけだしてきて、なの花ばたけのわきの、おじぞうさんのまえの道へ、子だぬきのような子どもが集りました。ちょうど六人です。

「みんな、みんな、でておいで、

なの花月夜だ。まだ、よいだ。

かくれんぼするもの、よっといで······

 六人がワになって、もう一どうたうと、またあちこちの小さな家から、ころころと小さな子どもが五人ばかりかけだしてきて、なかまにはいりました。

「もう、みんなきたね。」

 そこへまた、なの花ばたけの小道から、二・三人の子どもが、かけよってきました。

「もう、みんなきたね。」

「もう、はじめよう。」

 かわいい子どもたちは、まん丸いワになって、ジャンケンをはじめました。うたうようにかけごえをして、おどるようにはねながら。

「ジャンケン、ポンよ。あいこでしょ。」

「ジャンケン、ポンよ。あいこでしょ。」

 お月夜は、まだよいのくちで、子どもたちは野良のらからかえったおやたちと、やっといま、ゆうはんをたべおわったばかりなのでした。

 えひがさのようなお月さまが、ほんのりと、あたたかそうにてって、うっとりする、きれいな、なの花月夜です。

 ジャンケンで鬼がきまると、みんなはひとりの男の子をのこして、バラバラと、てんでにけむった月夜の、ひろいなの花ばたけのあちこちへ、ちらばっていきました。

「ひィ······ ふゥ······ みィ······ よォ······

 鬼になった男の子は、石のおじぞうさまのまえにしゃがんで、手でかおをおおい、かぞえつづけました。

 とうずつ、十ぺんかぞえると、かおから手をはなし、スックと立って、なの花ばたけにむかって、よびかけました。

「もう、いいかい?」

 すると、ボウとかすんだなの花ばたけのむこうのほうから、二・三人のこえが、ゆめの中のこえのようにひびいてきました。

「もう、いいよう······

 小さな鬼は、なの花ばたけのほそいあぜづたいに、きえたこえのほうへ、ころがるように走ります。みだれきのなの花に、からだがさわると、ヒラヒラと花びらのちるように、あちこちからチョウチョウがとびだしました。

「もう、いいかい?」

 鬼の子どもが、またよびかけると、

「もう、いいよう······

と、目のまえにひろがるなの花ばたけのあちこちから、こだまのようにこえがひびいてきました。

 小さな鬼はそのこえをおって、なの花ばたけをまえへまえへ、進んでいきます。けれど、いけばいくほど、そのこえはとおくへとおくへにげていき、なの花ばたけはひろくなっていくようです。

「もう、いいかい?」

「もう、いいよう······

 たしかに、こんどは、だいぶおっかけてきたと思ってよぶと、やはりとおくからきこえます。そこで、またおっかけながらよびかけます。

「もう、いいかい?」

「もう、いいよう······

 こんどは、すこしちかくできこえました。そこで小さな鬼は、そのこえのしたほうへ、どんどんおっかけていきます。

 でも、ひろいなの花ばたけで、なかなかおいつきません。このひろい田んぼは、村にいない大地主のものでした。けれど、それはちかいうちにすっかり、この田んぼをかりてつくっているお百姓たちが、お金でじぶんのものにかいとれることになったのです。

 だから、この子だぬきのような子どもたちは、おやからそれをきいて、とてもうれしいのでした。

「もう、いいかい?」

「もう、いいよう······

 ヒラヒラ、き色いチョウチョウのとびたつ、なの花ばたけのかすんだ中を、小さい鬼はおぼろ月にてらされて、あたまだけ見えかくれしながら、こえのしたほうへ進んでいきます。

「もう、いいかい?」

「もう、いいよう······

 小さな鬼が、花の中にもぐっている(はなもぐり)という、かわいいコガネムシのように、なの花ばたけをにげていくこえをおっかけていると、ふと、まじかのところに人かげが見えました。だれだろうと思いながら、またよびかけました。

「もう、いいかい?」

「もう、いいよう······

 だが、きこえてきたのは、ずっととおくからのこえで、すぐそばのなの花ばたけの中をいく人かげは、なんともこたえません。小さな鬼は、おかしいなと思いました。

「もう、いいかい?」

 またよびかけましたが、へんじはとおくからきこえてくるばかりで、すぐそばをいく人かげは、だまっています。き色いなの花の上に、くびだけ出して、とてもおちついて、ゆっくりゆっくり歩いています。

「もう、いいかい?」

 もう一どよびかけて、小さい鬼は、十メートルばかりまえをいくその人かげを、じっと見ました。だが人かげは、べつにおどろくようすもなく、ふりむきもしません。あいかわらず、おぼろな月の光をあびて、ゆっくりゆっくり進んでいます。

 小さい鬼は、はらがたって、おっかけながらよびました。

「おい、きみ、見つけたよ! ずるいや、へんじもしないで!」

 と、その人かげは、はじめて気がついたというふうに立ちどまって、ひょいとふりむきました。そしてニッコリとわらいましたが、そのかおは、見たことがあるようで、またないようで、だれだか思い出せませんでした。

「きみ、見つけたよ。きみも鬼になるんだよ。」

 すると、その人かげは、またわらいましたが、そのとき、あごの下のくびに、赤いネクタイのようなものが、ちょっと見えました。小さな鬼は、ふしぎに思いました。そのかおは男の子なのに、赤いそんなものをつけているからです。

(ほんとに、おかしいな。あのかおは、だれだろう?)

 そうかんがえているうちに、小さな鬼には、そのかおが、さっきじぶんが、そのまえにしゃがんで目をつぶって、かずをかぞえた、あのおじぞうさんのかおだと思われてきました。すると、あごの下の赤いものは、おじぞうさんのよだれかけだ、とはっきりわかりました。

(あッ、おじぞうさんだ。いいなの花月夜なので、おじぞうさんも、ぼくたちのかくれんぼの、なかまいりをしてるんだな?······

 そう思ったとたんに、その人かげはなの花ばたけの中にしゃがみこんで、見えなくなってしまいました。小さい鬼は、すぐそのばしょにいって見ましたが、そこにはだれもいませんでした。

(ふしぎだ······きつねか、たぬき······だったかな?)

 きゅうにさびしくなり、すこしこわくなってきた鬼は、もうまえへ進んでいく気になれず、さびしさをうちけすように、大きなこえで、「もう、いいかいッたら、もう、いいかい?······」を、くりかえしながら、もとの道ばたへ出てきました。と、ふしぎにもそこには、いつものように赤いよだれかけをかけた石のおじぞうさんが、月の光をあびて、しずかにつっ立っていました。それはこわくない、見れば見るほどやさしいかおのおじぞうさまでした。

 空には、えひがさのようなおぼろ月がうかび、きえかかったにじのような月のかさが、大きくできていました。小さい鬼は、すっかりあんしんして、こころがおちつき、げんきのいいこえで、またなの花ばたけによびかけました。

「もう、いいかいッたら、もう、いいかい?」

 すると、なの花ばたけのあちこちから、

「もう、いいよッたら、もう、いいよう!」

と答えながら、だんだんそのこえは道のほうへ出てきました。

|昭和二二年五月八日作|






底本:「日本児童文学大系 三〇巻」ほるぷ出版

   1978(昭和53)年11月30日初刷発行

底本の親本:「日本児童文学全集 7」河出書房

   1953(昭和28)年6月

入力:菅野朋子

校正:雪森

2014年6月12日作成

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