公園の中の子供プールには、朝八時ごろから、もう泳ぎがはじまつてゐました。
そんなに早く来る子は、みんな男の子ばかりで、たいてい威勢のいゝ、黒いふんどしをしめてゐました。どんなに深いところでも、やつと一メートルぐらゐしかないので、あんまり奇抜な泳ぎは出来ません。それに、面白い遊びをしようにも、まだ見物してくれる者が来てゐないのです。
黒いふんどしの子供たちは、犬かきや、
九時・十時になると、ギラギラする日が照りだして、公園の木かげにも、子供プールのまはりにも、だんだん人が集まつて来て、色さまざまの
子供プールの中にも、だんだん泳ぎ仲間がふえて、いろんな面白い水遊びがはじまります。黒いふんどしの子供たちは、もう犬かきや、蛙泳ぎばかりしてはゐません。ふんどしの
「おい、見ろよ、
「ふんどしの浦島太郎が、
「プーカ・プーカ・ドンドン······」
「あはははア!」
浦島太郎が、
それを見て、ふんどしをしめた子供たちは、また騒ぎました。
「やあ/\あれなるは、
「こころえたア!」
ザブン!
ザブン!
飛びこんで尻を立てると、みんなチヨンまげ頭になります。その頭がプクリ・プクリと、だんだん向ふへ向ふへと泳いで行きます。
清盛入道の首は沈んで、もうそこへは可愛い女の子が、
「おまい、清盛入道か?」
「やアな人。」
「そんなら、乙姫さんぢやらう?」
「しらないわ。」
女の子は笑ひながら、バシヤバシヤ水をはね飛ばして行きます。黒いふんどしの子供たちはブルツと顔を手でなでて、まぶしさうにプールを
学校の講堂よりも広いプールは、もう子供で一ぱいです。いつの間に、こんな沢山の子供が集つたのでせう。
男の子は女の子よりも少く、たいてい黒か白かのパンツをはき、
「もう上らうか?」
黒いふんどしの子供たちは、プール一面に花をバラまいたやうに子供と
「うん、上らう。」
「もう、ごはんだねえ?······」
黒いふんどしの子供たちは、スゴ/\上りはじめました。だいぶ疲れてもゐましたし、自分たちのやうな
「腹がへつたね?」
「うん、寒いや。」
プールの
「あツ、なんだ/\?」
着物を引つかけただけで、まだ帯もしめない男の子たちは、黒いふんどしや帯を引きずりながら、プールの
「なんだ/\、
「いや、犬だ、犬がステツキを拾ひに、プールの中にとびこんだのだ。ほら、ステツキを口にくはえて、岸の方へ出て来るぢやないか! ね、ほら! 見えるだらう?」
「ゐた/\ツ。あ!」
男の子たちは、また向ふへ走つて行きました。
けれど、プールのまはりは人出ざかりで、いろんな日傘や帽子が、まるで花壇の花のやうにくツついてゐます。そのうへ、子供と大人と二重になつてゐて、ちよつと割りこむことが出来ません。
と、またワツといふ声があがり、パチパチと手を叩くのです。男の子たちは、大あわてに、また元のところに
見ると、
ステツキは、皮のついた太いもので、犬はその中ほどをくはえ、
「ばかだね、あつちへ廻ればいいのに。」
浦島太郎になつた子が、ふと云ひました。
すると見知らぬ子が、かう云ひました。
「だつてさ、あそこに、あの犬の主人がゐるんだぞ。ほら、あの中学生みたいのと、その
「わざと?」
浦島太郎だつた子は、見知らぬ子にききました。亀になつた子や、ほかの子は、だまつて犬ばかり見てゐました。
「おれ、どうだか知らん。」
「すごい犬だね。」
「いい犬だよ。あれがシエパードだよ。軍用犬ツてのは、あれだよ。あの犬だつて、二百円ぐらゐはするだらう。」
「さうかい。君はくはしいね。犬がすきなんだね。」
「すきとも、大すきさ。」
いひ終ると、見知らぬ男の子は
犬がステツキをくはえて、岸に飛び上つたからです。みんなもまた叫び、また手をうち鳴らしました。
ズブぬれになつた犬は、主人の中学生の前までステツキをくはえて行き、ぬれたしつぽをふりながら、主人の顔を見上げました。中学生は
犬はステツキを見つめてゐます。中学生は二三度ステツキを上げ下げすると、身振りをしながら、そのステツキを、プールの中に投げこみました。
その時、岸から、犬が体を細長くして、ザンブと水に飛びこみました。
「あツ!」
「あれツ!」
ハツとして、みんな息づまるやうに感じました。犬の飛びこんだすぐ向ふには、大きな鵞鳥の
「乱暴だ!」
すると、手を叩く者が四・五人ありました。学生や小僧のやうな人で、きつと、からかふつもりなんです。
そこで、今度は七・八人の大人たちが、腹を立てゝ、方々からどなりつけました。
「
「なにが面白いんだ!」
「犬を出せ!」
「さうだ、犬を出せ!」
「犬のプールぢやないぞ!」
みんな黙つて、ひつそりしてしまひました。
「さうだ、犬のプールぢやない!」
浦島太郎になつた男の子は、じつと犬の泳ぐのを見つめながら、さう心で思ひました。
犬は頭と背すぢとを水の上に出して、まつ
それを見て、着物をまくり上げ、ジヤボ・ジヤボ入つて行くお父さんやお母さんもありました。
犬がステツキをくはえて、プールの中ほどから、また元の岸へ引きかへさうとしてゐる時でした。
「犬を叩き出せ! ここは子供のプールだ。犬のプールぢやないぞ。犬を追ひ出せ!」
プールのまはりの人々は、一度にざわめきました。さういはれて見ると、自分たちの可愛い子供を、畜生と一しよに泳がせてゐたのです。いくら何だつて、子供のプールへ犬を入れる
みんな腹立たしくなつて来ました。
「犬を追ひ出せ!」
「犬をつれて帰れ!」
腹立たしくなつた人々は、だんだん大きな声でどなりました。犬は岸のそばまで帰つてゐます。けれど、なか/\岸へ飛び上れません。見てゐると、
「おうい、中学生さん。見てばかりゐないで、犬を引つぱり上げて、セツセとつれて行きなよ。」
よく肥たお
ほどなく犬は、ステツキをくはえて岸に上りました。誰も手を叩かず、
中学生は、犬の口からステツキを取ると、その
「あの中学生のお父さんは、どうしたらうな? いつの間にかゐなくなつたぞ。」
浦島太郎になつた男の子は、それまでじつと見物してゐましたが、ふと、そんなことを思ひました。それから、また気がついて見ると、犬ずきの見知らぬ子も、どこへ行つたか見あたりませんでした。
「おい、帰らうよ。」
「うん。」
プールは今、ま昼のギラギラする光を浴びて、色さまざまの
|昭和一〇年七月二八日作|