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目にたちて黄なる蕋までいくつ
黄の
さえざえと今朝咲き盛る白菊の葉かげの土は紫に見ゆ
独遊ぶ今朝のこころのつくづくと目を留めてゐる白菊の花に
菊の
咲くほどは
この
鎌倉小町園にて
日あたりの白菊や香には匂へどうつつなしよにしづかなる日ざしあたれり
菊の影いくつしづけき真柴垣日は移るらしあたるとなしに
かの薫るは日当りの菊日かげの菊いづれともわかぬ冷たき菊の香
日向べは観てしづかなり菊の香のうつらかがよふひと日遊ばむ
父母のしきりに恋し雉子のこゑ 芭蕉
日当りと日影のすぢめ目につきてしきりにさびし穂にそよぐものかい
かいかがみ拾ふ木の実のか青さよしみじみと置く今朝の露霜
みどり児が力こめたる
霜じみの一つかやの実押し据ゑて何ぞこの子があつき
かやの実も愛しとは思へかい撫でて吾がみどり児が
みどり児の尖る頭よよく似ればあはれよひろふ凍てしかやの実
今朝も見てここだ
かやの根にかやの木地蔵ましまして子らも立ちたり霧の木しづく
地にころげここだ
何あそびうつつなき子ぞ椅子の上にゆらぐ
うつつなく
独よく遊ぶ吾子や久しくを声ひとつたてず真日あかるきに
あれの児が独あそびの幼くてはずみあまれば手を挙げ叫べり
うらなごむ今日の日向や種子とると刈りて干したり了へし
茎も葉もあかき葉鶏頭根刈りして地にたたきをり房の
ねもごろにけふも了へたり葉鶏頭の千金丹は布の袋に
いつしかと寒うなるらし見つつ行く薄日の崖の竹煮草のかげ
竹煮草の枯がれの葉のがさつき葉をりふしの風も陽もかげらしむ
枯れにけり今は芙蓉の実の殻の
日あたりのうらめづらしき竜胆の蕾がふたつ開きつつゐる
日あたりの冬の薊に吹かれ来て揺れてゐる蝶の影のうつつなさ
照りあかき月の夜にしてさわさわし孟宗の揺れのあの寒さはや
物すごき藪の月夜の時あかりかげるかと見れば
目のさめて
この寺の
榧の木はさしも青けど落葉木の栗はあらはに枯れにけるかも
百日紅が咲いたさうなよほうら見ろ隣の寺の藁屋根のつま
百日紅が寺に咲いたぞひさびさだ遊びがてらに出て見よかなも
百日紅が紅う咲いてる寺のむすめが手まりついてるその花かげで
百日紅が紅う咲いたとながめてゐた紅う咲いたと誰か云つてゐる
柔かなは仏の
百日紅が紅う咲いたと知らしてあげなお
百日紅の花のさかりも過ぎまするどれよはなれの障子でも張ろ
このお
ほれ坊やよ百日紅が咲いてましよ紅いな紅いなさしあげて見しよ
ほれ坊やよ海の向ふが見えましよが美しいでしよ差上げて見しよ
まだ秋だに早やもお寺の茶の花はふつこぼれてる茶つ株のねきに
幽かなる茶の花よりも濃き青の厚葉がかなし一枝摘めば
山川のみ冬の
須雲川寒き日蔭の
塔が島
父母の
父母と元旦に見てひと山の薄すさまじく穂に
母のこと父のみ前に
箱根路は山松かげに萱の家の一戸二戸寒し木屑干しつつ
昼ながらいまだ
霜の
柴の火にたぎるちろりの酒の色とくとくとよみて口寄する吾は
日は寒し今は仰げば松ヶ枝の
丘窪の棚田の
このごろの日の短かさよ裏藪の下萌の草の霜も
たまたまは暇ありけりかやの木のこぬれのゆれも目にとまりつつ
ひえびえと明りて近き小竹の揺れ硝子戸越しに見つつ
書読みて心安けきたまたまは我やさしかり
早く咲きし芙蓉が先きに萎えにけりいつまでか紅きこの葉鶏頭は
山椿山椒の魚が棲む淵にあかあかと映りたけぬらし春
島山の紅きつばきの花かげに足さすりをり母と休らひ
子らが編む花環の糸は鮮やけき椿の蕊の中つらぬけり
去冬、箱根に遊びて
日あたりの山のなぞへの鉾杉は葉の
霜に焼けておほかた枯れし竝鉾の老木の杉に陽があたるなり
杉の
寂ふかく雪に焼けつつ鉾杉の
このごろは寂びて明るき杉山の日和つづきを飛ぶ
冬の丘寂びし
落葉たく煙しめらふ朝の
たまさかは夕焼の赤き海を透かす叢杉の
雪あかり冴えてましろき駒ヶ嶽まさ眼に北はかげの濃く見ゆ
墓の石一つ一つに雪つけて見の
何にまして白くすべなし墓地裏の
雪ふりぬ何といふことなく掻餅焼き裏かへしをり火を赤くつぎて
雪に立つ竹のあはひの気に立ちて
雪ののち今朝しづかなり大き

一月二十八日、堂ヶ島に遊ぶ。翌日帰宅。
箱根路は早やおもしろし山松やみ雪ふりつむ二三本見ゆ雪しろき千本鉾杉下に見てわが行く
明るさよ杉の
暮の岨の雪踏み来る荷駄馬の
向つ山まだ明れどもこの日暮ひえびえと落つる細き白滝
しみしみと
雪に来る河原鶸かと耳とめて碁石うちゐついまだ
したしくは妻子とこもれ
おとなしく
雪ふかしここの
岩群の岩の畳みの雪あかり暮れつつしありて
凍みひびく
二月十三日、佐藤惣之助、大木篤夫両君と、妻と四人裏の丘にのぼり、落葉を焚き酒を温めて朝餐す。後少時散策して帰る。
杉の根の縁白笹に燃ゆる
杉むらに杉の落葉を拾はなと拾ひつつゐてなにか素直さ
澄みたまる陽のしづけさよ熊笹のむら笹が奥も燃え
澄みたまる陽のぬくとさにはひり来て妻とし拾ふ枯葉杉の葉
日あたりの杉の落葉の裏じめりやや手に
落葉掻く我の歩みのおのづからよき日あたりへ向ひつつあり
山窪の
山はまだ花やや寒き
春あさき榛の
丘に来て酒あたたむる
雪折の
この寒きが竹の花かと手にふれてまたのぼるなり竹の上の岨を
春はまだ青からたちの
杉垣の小杉若木はその葉さへ紅う染み出つ漆葉のごと
二月十七日、前田夕暮君と、妻と三人堂ヶ島に遊ぶ。
風祭村
春はまだ浅き菜畑、白き鶏 日向あさるを、水ぐるままはるかたへの、
障子さみしくあけて、女の童 ひとり見やれり、外 の青き菜を。

反歌
この春や
停電の電車を降りてやや暇あり車掌は
日は
小山田の
まだ二月水車が

脊戸川に飯櫃ひたし春浅し
見の飽かずさびしがりゐつ赤き実の南天のかげの水にゆるるを
湯本駅
前山の雪の
樫多き山の
樫山の樫の秀ごとにつむ雪の鹿の子まだらの冴えの明るさ
登山電車
この山は老樫おほし見てゆくに
鷹の巣かやどり木の
枯山は縦に焼き切り幅びろき防火線黒し雪のこりつつ
堂ヶ島
堂ヶ島春近むらし
雪解靄嶺にはこもれ枯山のなだりは明し日のあたりつつ
谿底の萱家の
林泉のしづけき水に目をとめて紅き鰭ふる魚も見にけり
岩蔭の井の辺にひたすさねかづら咲きにけるかと見つつ過ぎにき
春と云へどいまだ色なき谿隈は橋ところどころ吹きさらしの岩
向う谿の青の
落ちつかぬ湯やどの春のほの寒さなになれば子を置きて来にけむ
時をり提灯の
二月十八日、晴、前田君と例の裏山に酒を温めて歓語す。後、水之尾より荻窪を散策して帰る。
雪しろき阿夫利の山の
榛の木の花の盛りを声に出づる薬鑵の酒の煮えのしづけさ
ほたほたと掻きて垂らせる
陽のもとに酒あたたむるのどけさを今日も楽しと来りつどへる
春あさし酒を柴火にあたためて
ねもごろに酒はぬくめむ杉山の杉の落葉は火を燃すによき
日あたりに杉の落葉を燃しつけて酒わかす
おのづから滞らざらむ落葉火に薬鑵の酒も音を立つるを
春あさき樫の葉ならむ陽のさして風こもるらしきこまごまの照り
枯くさにしばし酔ひ
雪解靄いまだはこもれ松山の高きを移る頬白のこゑ
峯の脊に辛うじてもつ夕ばえの後かがやきも暮れはてむとす
芝崖に
今思へばかの音なりし水車なりし
ああ早春、桐の木畑の桐の木の実の殻
竹藪にはひる
はきはきと竹馬の跨ひろげゆく子が連多し藪
蜜柑袋かつぎ来る子をよびとめし友さびしからむ五つ六つ買ひぬ
この日ごろ野山にまじり人にまじり遊びほれてゐるそれが
積藁に南天の実のかげ揺れて子ら騒ぎ出づる日の暮の
わが妻が厠借りにとゆく農家の縁さきに早し
府川氏宅に寄る、友不在
はちはちと蜜柑の
大き籠を
夕風に小さき子を負ひ蜜柑畑の岐れ道まで来らす爺かも
二月二十五日弟来る。行いて裏の丘に例のごとく酒を温む。細雨、後曇り。
たまさかは来よとねがひき来しゆゑにこの
芝丘のつばらの小松春浅し行きても
杉の
この日やや雨もよひ暗し土耳古赤の榛の木の花の房のみ揺れつつ
しゆんしゆんと煮立つ酒かも吾が
やどり木の
芝崖に妻が見つけし草木瓜の花赤きからに弟と掘る
この岨や焼芝つづき草木瓜のところどころ咲きて
日の
夕湿る
道の辺の落葉か薄くなりにけり菫咲くべき春や近づく
一
白梅のかかる盛りを父母と遊びまつらでうたたうとしも
白梅の咲きの盛りをうれしうれし弟も来ぬ
これの世におなじ父母いただくと弟と
われ
この春も老いし父母かなしくて為すなき我や遠く遊ばず
二
梅咲きて空も明るか声立てて児は喜べり
抱かれて吾が児が
三
今を盛りの梅花の影を
梅咲きて吾が児は
四
梅咲きて白くしづけき日おもては見つつよろしも
五
この朝や山の
春はいま梅花の盛り七面鳥が風おこるたびに
春あさき夕日の光かやの
裏丘の

焼芝に
朝ひらく黄のたんぽぽの露けさよ口寄する馬の叱られてゆきぬ
山ゆくと山の
山松の夕日のこぼれひろひ来て我幽かなり雲に会ひつつ
夕かけて双子の山にゐる雲の白きを見れば春たけにける
濃き淡き遠山霞あかねさし夕べは親し日の洩れにけり
山の尾の
まだ白き野火のけむりの春じめりゆふべは靄にこもらひにけり
春はまた山辺の子らが防ぐ火の走り火あかく燃えて暮れつつ
なごやかに今日もありけりさみどりの
春山は杉も青みていつしかと鶯の声が鶸に代りぬ
春といへば青き鱗の杉の花粉にふきいでてうち
ほたほたと掻きて垂らせる朱のうるし
春いまも前の小藪の花なづな見つつすべなし見てをのみゐる
誰か知る人か来けらし蕗の薹の大きさ愛づる話声すも
春の靄こもらふみれば木いちごの一重のしろき花明るなり
山吹の咲きしだれたる

蕗の葉に
桑の芽にかがよふ雨の大きさよ肥桶積みて馬曳きて来も
雨あとや
陽に向ふ山路は暑し雨ばれのきらきらし黒き砂金の光
山村の水之尾村は落ちたまるつばきの
水の辺の
この春や水車が立つる水だまの早や大きなり芽柳のもと
桐畑はほほけし薹の数よりも蕗の葉おほし春も過ぎつつ
この里も春過ぎたらし篁のおもての照りに人が田を鋤く
よく
山ゆゑに深山つつじも咲きたらむ明うなりぬと眺めてくだる
日は午なれ明神ヶ嶽の裏空に山火事の煙ただならぬかも
一
わが

藪かげの吾が宿ゆゑにふる雨の幽けさ満ちてこもらひにけり
二
三
わが宿の竹の林の春の暮仏焔ふかし蒟蒻のはな
註・仏焔とは喇叭状の花の前に垂れたるもの
わが宿の竹の林の春
四
このしめる雨や春雨木の
一
藪華曼は紫けまんとも云ふ、紫雲英に似て紅紫色の花穂をひらく。
朝なさな洗面室の

裏藪の竹の根方の藪華曼花紅うつけて早うしぼみぬ
二
髭からむ藪蒟蒻の
紫の藪蒟蒻の花かげはまだ土ふかき
春の藪くぐもる
三
わが宿の竹の林をのぞく子はつばきのあかき首環かけたり
四
朝なさな
春過ぎて夏来にけらし筍のみづみづし根の紫の疣
疣多き
春はいま吾がかきさがす筍を隣の藪も気にはずむらし
土かむるいまだ幼き筍は落葉掻きわけ指に掘り出す
一
梅もややひらきそめたりたまさかは詣でて見ませ山の寺にも
わが宿は土間にも
二
伝肇寺春は老木の花つけてこちごちに明る山のしづけさ
山寺は緋桃しら桃枝あまた剪りて売りけり花の盛りを
三
寺ずみの二人の
四
出で入りに
坊が妻あかき椿をひろふ子のうしろ出でゐてあはれなるかも
五
この春も巡礼講を
日は永し巡礼講の
六
今はまだ梅の実小さし小糠雨のやや繁くして寺は寒かり
花めぐる父の御坊はいづらべぞ留守もる子らが見やる春雨
山寺の春も
七
大和路の花より帰り三日四日は落ちゐぬ僧か筍掘りをる
いつまでか栗のこずゑのあはれなるとなりの榧も花をつくるに
八
山寺は庭を畑とし
白芥子の芽も葉も茎も食みつくす寺の
九
片開く

この寺は
註・住職は秋田の人なり
§
たまさかは掃かれし墓か杉の花またすこし散りてそこら
閼伽水にこまかに溜る杉の花今朝見ればみな浮きし沈みぬ
§
墓地裏を肥桶載せてゆく駄馬の
註・まめんぶしは灌木にして可なり高し。春、淡黄色の花房を垂れる。その形赤楊の花と似ている。


朝咲きて夕べは凋む
毎朝、郵便夫来る
藪かげにあかき芙蓉のさく
静ごころ闌けつつにほふ木芙蓉の
吾が宿の
篠の
篠の秀は露を保てり揺りつつも涼しかるらむ涼しとを見つ
篠の秀の露のしら玉揺れつつや揺れつつし
篠の秀に光放てる露の玉ひとはじきしなば飛びも散りなむ
篠の秀に照る大き露子が指に触れしむとしてあやふく止めぬ
竹の根にほのかな花が咲いてるといふ
竹の根の夏の朝日に花つけてほの涼しきは茗荷ならむか
朝顔の露の干ぬ間と木の馬のくるまつけをり妻とかがみて
胡麻咲きてほのかに
白き月指さす
この秋はいよよあかるき
この秋よ、雲は白うて、事もなき世にしあるかな。山村はここの水之尾、樋のへりにみそ萩さきて、みそ萩に水だまはねて、水ぐるまやまずめぐれり、その水口 に。
反歌
水ぐるままはる樋口のかがやくは夕日か水にさしあたるらし
夏はまた伊張の山のやまもものこぼれ日しるくなりにけるかも
花明る桐の木原の前の田は早や水張れり紫の水
髪につく
風にのる楊の絮はすかんぽの花の崖越えて光りつつあり
乳母ぐるま押しつつのぼる日のくもり一木は白きからたちの花
日盛りの山からたちも棘の秀に乏しき花を白う保ちぬ
松の花黄に立ちそろふ日おもてを幽かに霧らふ雲のかげあり
山ゆけば照りつつ涼し青羊歯の淡き胞子も夏ならむとす
何の草掘りてゐるらむ日だまりの風脇に小さく妻はかがめり
松山に子が母待つと乳母ぐるま停めてをりけり松蝉のこゑ
早や早やも松蝉鳴けりききてゐてこの松山も暑しと思ひぬ
熟れ麦は照り
昼ふかき日の照りながらほのぼのと南天の花はいまだふふめり
伝肇寺桃の茂りのいぶせくてきのふもけふも雨は降りつつ
おぼおぼしく桃の茂り葉見て暮るる山寺の子らに雨の夜は来ぬ
坊が妻
乳母ぐるま傘さしかけて出でにけり梅雨のあがりを寺の外まで
この寺のはひりの
朽ちかさむ椎の落葉の霖雨じめりいとどにしろきどくだみの花
梅雨の寺湿らひふかし栗の穂と

寺わきの乏し穂麦を刈るひとは
寺わきを雨間せはしみ刈る麦は根に
雨に刈る麦の手づかみひとつかみほさりと伏せていそぎ次ぎ刈る
山寺は麦刈りはてしこの夜さり
朝かげに早や咲きそろふ木はちすの一重の白き花を楽しむ
焼場道ややに咲きつぐ木はちすのよき
朝かげに咲きてすずしき木はちすの
§
風立ちて
夕光のさわさわ
藪抜けて
昼の間はここの
夕光はあはれなれども
籠ながら涼し花もつ秋草はその
山はまだ
震災以来、広大なる隣の別荘への出入自在なれば、行きて遊ぶも心のままなり。素にして悠たるかな。この秋や。
秋さきてほろろこぼるる茶の花の日和みじかき世にしありけり
乏しくも今は足りつつ茶の花のにほふ隣を楽しみにけり
日あたりの広きお庭にまとゐしてわかつ昼餉は足らずともよし
この園の柑子の実りゆたけくていよよよろしき秋たけにけり
常なしと常に観つつも茶の花のにほふ日向ぞ寂びてよろしも
山水にかよふこころはおのづからこの茶の花にかかはりにけり
山ごもり月日も知らず茶の花のにほふ日ざしにあひにけるかも
この庭のこれの日向よ寄り寄りにねもごろならむ茶のはなはみて
まゐり路の寺の日向の茶の花も咲きていくらかこぼれたるべし
茶の煙こもらふ芝のなぞへ原日のあたる辺が薄うもみでぬ
枯芝にそこらくまじる豆蓼のまだ紅き見て食むむすびなり
吾が子は飯をこぼしてやまず
飯粒つく草のもみぢをあはれよと払ひつつゐて暑し日ざしは
箸もちて赤き
妻は去年の実ならんといふ、われは今年のならむといふ。
日向辺はややほの紅き枯芝に茶の実こぼれて秋ふけむまた
目にとめて拾ふ茶の実のかそけさよ二つ三つ四つ手に鳴らしつつ
お茶の実を拾ふ吾子に着すべくは紅きスエタアもほころびにけり
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なまよみの甲斐の
薄あかき
ほら見よと独活を持て来ぬ子を連れて見にも来よちふ畑の大独活
天そそる不二のうらべの山畑のまだ
山百合の大き根七つたびにけり植ゑてながめむ庭の七ところ
あしびきの山百合の根は冷たけど百合の息満つ
ひと球づつ百合の根埋めてこのところ百合の芽出むと帰れり
爺さ云はく
山べにはやたら生へたるつくつくし都はかしこつまむほど売る
春浅き山田の
渋柿の青柿漬けて味噌の香の染みつつ柿も味噌もうましも
椎茸や秋は持て来むみ山べは椎も老いたりさはに朽ちたり
干柿の粉をふく冬の日あたりのほのりほのりと老いて足りつつ
おほらかに不二の
山越すと脊負梯子に樽つけて男子揺り脊負ふ須成少女ぞ
山越すと山の少女が脊の樽に乗りても見ませ乗りおほらかに
紫の
口ひびく山葵磨りおろし不二川や水上の瀬々のたぎち忍ばむ
山葵田の砂田片附きたぎつ瀬や不二の雪解の
山葵植ゑ独活を分けつつこのあした我ゆたかなり足りて遊べり
太茎のくれなゐあさき
この春はとなりの御坊水たびず井の辺のつばきただに紅みぬ
となりびと日ごと
花
赤い鳥の選稿了へず蕗の薹立ちほほけたり花はじけつつ
今朝見れば花壇荒れたり足跡の大き吾が子にまたおどろきぬ
湯にをりて我と子と聴く春雨は孟宗と梅にふれるなるらし
ロダンのユウゴーの首を見てゐる子かすけき
真夜中を紅き太陽見むと欲る吾が子はをさな

木曾川橋畔にある、雀の宿の主人(児童の愛護者)来りて、その丘の命名を乞ふ。乃ち
君が丘遊ぶ童の
童らと朝な夕なに遊びゐてけだし倦みなば遊ばぬぞよき
風たちてこまかに落つる竹の葉は日の照る方へみなちらふなり
竹の
世を挙げて心傲ると歳久し天地の
地は震へ轟き
この
言挙げて世を警むる国つ聖いま顕れよ
大正十二年九月ついたち国ことごと
篁に牝牛草食む音きけばさだかに
牝牛立つ孟宗やぶの日のひかりかすけき地震はまだつづくらし
冬ごもりうらさびぬらし。隣べは日のあたるよと、萩も枯れ萱も枯れぬと、よろしよと、見つつぬくもる、吾が和ぎごころ。
反歌
おのづからうらさびぬらし萩の戸のへだての垣も枯れて匂ひぬ
つれづれと眺めあかぬを、枯れしとて萩は刈られぬ。ほほけしと薄も刈りぬ。ほのぬくみ刈りつる人も、うちたばね、かつぎていにぬ。日あたりの、となりの庭の、そのよろしさを。
反歌
枯れはてて萩は薄は刈られける日のたむろべのよろしみ来るを
土見れば土の香 立つを、はなはだし、春はをさなし。蕗の薹いづらにふふむ。つくつくし萌え立つやいつ。置く霜のややに浅くも、こぬか雨ややに繁くも、裏藪や、菫さく辺 の、いまだなじまず。
反歌
隣べの春もをさなしたき火して梅のつぼみをしたしとを見れ
寺の井のぽむぷの
かにかくにうつろふ冬や、隙間洩る風を寒みと、破 れはてし家にこもると、はららうつ雨のこまかに、置く霜の置くと解くれば、ふる地震 のふると消 につつ、おのづから霞立つ日ののどけくなりぬ。
反歌
いつしかとなごみ来ぬらし
冬ごもり、こもりあかねど、寒き日は吾 もちぢまりぬ。春まつと妻は急 けども、のどならむ家も壊 えたり。子が愛 づる薄葉鉄 の太鼓、その紅 き片面 剥げしに、土盛りて、せめて植ゑむと、福寿草霜に抜き来ぬ、二株三株。
反歌
児が
おもしろの春や、この朝、花しろき梅のはやしに、をさな鵙 来てををりける。草餅の蓬よろしと、黄粉 つけ、食みつつきけば、いはけなの鵙や子の鵙。ふふみ音 の、まだなづむ音 の、うぐひすの鳴まねびをる。頬白のふりまねびをる。しづ枝 ゆり、ゆり遊びをる。移り飛びをる。
反歌
梅おほきとなりやかたは明るくて花のさかりををさな鵙飛ぶ
春鳥の枝 に揺る声の、ゆく水のかがよふ音の、朝風の松のひびき、夕風の小竹 のさゆれの、おのづから我よあはれと、あはれにも恍 れて、しらべて、あるべきものを。
反歌
子よあそべ、父も遊ばむ、母呼ばむ、来り遊ばむ。日あたりにつくしも立ちぬ。つくしべに蓬も萌えぬ。枯萱の裏むらさきの、ほのぬくみ、かがやく根には、あなあはれ、白きなづなの花も群れたる。
反歌
うらなごむ春日よろしみ
匂だちとみに春めく蓬生の下べのしめり踏めばかなしも
春の草まだやはらかしとりまぜて摘むとためけり子らが帽子に
土筆摘み、妻と子と摘み、うすあかき土筆の茎の、緑だつその秀 の粉 の、かなしとも吾 が妻も摘め、をさな児もしみみ摘みをる、そのをさなさを。
反歌
鍬入れて、繁 に篩 ひて、掻きならす土はよき土。春雨のよべのしめりに、けさ蒔くや、種子はひなげし、金蓮花、伊勢のなでしこ。向日葵は間 をよくあけて、枇杷のべに糸瓜は寄せて、蒔かずしも朝顔夕顔、おのづからまかせたらなむ、垣の根かたに。
反歌
盛り土に足あとつけて子も蒔くと
このごろはくつろぎにけり。歌よめばよくもあしくも、墨磨れば濃けれうすけれ、うれしくも恍 れて書きけり、かなしくも恍 れて書きけり、ただ楽しみて。
反歌
歌ふらくおのれ楽しむものならし楽しみてあらむひとりこもりて
反歌
月蒼き潯陽江の春浅しふなべり低め四つ手張りたる
たださへや月の光は霧らふらし四つ手に跳ぬる水の江の魚
口あけてぽちりと紅くそめにけり小さき木彫のいつくしき魚
魚売りの爺 が日永や、ふち広 の菅の編笠、たよたよと担棒 かつぎて、はらはらに片手まはして、前籠に魚かすくなき、後 の籠魚か多かる。後の籠地にしひきずる。重かるらしも。
反歌
菅笠の
米つくと、杵は踏みゐつ。雁射ると、弓弦 張りゐつ。足に踏む、をかしかりけり。手にし張る、あはれなりけり。米つきは下べ見てゐつ、雁射るは空べ見てゐつ、とざまかうざま。
反歌
米つくとうつらうつらに踏む杵のこなた踏むなべかなたあがりぬ
雁射ると
高砂の牡丹社の子か、命こめ、荒く彫りけむ。つたなけど静立つ牛の、をさなけどゆゆし力や。男ごころよひたぶる恋ふと、下ふかく燃ゆる思の、えは堪へね、なほし堪ふると、遊びつつ遊び彫りけむ、くるしくも寂びて寂びけむ、外 には見せずも。
反歌
荒彫の木彫の牛のみぎり角ほきり欠きたり思ひかねきや
父のごと眺むとすらしこれの子や春山霞ながめつつ来も
この道よ踏むにはやはき
畑垣の
電柱に
山ゆけば春は
櫨子さく畦と見てしか帰さには忘れゐにけり子と行き過ぎぬ
空は見て
草の香にはずむ
あれを見よ荒地野菊ぞ、こを見よ帚草 ぞ、藜こそ葉茎にも知れ、こすもすの入り乱れたる、それ見よと、父母ぞわれら、草いきれ暑きさなかを、立ちまはり、早やをへむぞと髪刈ると、よき篁に、子を坐らせて。
反歌
秋づけど草の香暑し子が髪の垂りいとほしみ
草深野月押し照れり咲く花の今宵の
たわみ飛ぶ鳥影見れば
りりとして鳴く虫の音は夏蕎麦の月の光に
山に経る吾が幾秋ぞ目にとめて実のかなめなどしみみ見知りぬ
山はまたつくつくほうし鳴く声のめねくすずしき秋立ちにけり
いなのめに
茅蜩の啼きづるきけば眉引の月の光し白みたるらし
一つ啼く茅蜩ときくに音につぎてこもごもに啼く
春の明けを
二階に
向日葵は
かぐろくも円き
青萱に朝は流らふ日の光また
萱の根のいよよにほてる日のさかり口赤くあけぬ蜥蜴出で来て
返り咲く黄の山吹のはかなさよ砌の照りに影さす見れば
白檀の土用芽見ればかたへ乾す梅の赤きは塩にふき出づ
雨けぶる孟宗見れば
孟宗のしだりいぶせくなりにけりしたべ払はむ雨のすき見て
柿の葉にふる雨見ればつぶら
初夜後夜の虫の声こそあはれなれ時のうつりに
耳とめて幽かに聴けや虫の音の一つ澄めるあればすだき満つるあり
一つゐてとほる声あり月あかりすがしくやあらむ揺りつつ鳴けり
蔵経に月の光ぞ満ちにける一つころろぐこほろぎの声
青柿に
秋づきて土に親しき物の根は見つつし親し寝ねつつし見む
おのづから細み来ぬらし日向辺の物のはしにも影の引きつつ
日おもての
眺めつつ夕づきぬらむ竹の根の
真日中をとわたる月の臈たさよきのふもけふも海は荒れつつ
八朔の波の音とぞなりにけるおのづからにし秋は満ちなむ
竹の
夕花のおしろい咲けば水うちてそこらいつぱいに虫の音湧き来も
篠の
枇杷の枝に星の
あはあはし星の
篠の秀に露澄みとほる星月夜坐り幽けく吾も保たむ
秋は早や
こぼれ陽に小蓼すずしき朝の間は茗荷も秋の香に立つらしき
風たちてこまかに落つる竹の葉は日の照る方へみなちらふなり
竹の
篁にそよぎ
篁に深うはひるは閑けくて夕づく秋の西日なりけり
葉茗荷にとどまる蠅の三つ二つ日向ま近き道の
藪茗荷ほのかに咲けば寺の子の誘ふともなく吾子も出でつつ
寺畑は夏もけうとし立ち茎の蒟蒻の葉の張りて澄みたる
夏はまだ夕かげ永き柴の戸にねもごろふふむ蔦の花かも
ひもじくて
病快し
夕かげの斜面の道ぞかびろけれ並らび駈けあがる我と妻と子とこの夜ごろひむがし親し大き星赤き火星の近づきにけり
水うちて赤き火星を待つ夜さや父は大き椅子に子は小さき椅子に
浪の音に妻とい
浪の音昼は忘れつ星合のこの夜すがらに高うおもほゆ
天の原広き夜頃も家ごもり我あわただし書きはつぎつつ
砂まじり白きザボンの
朝光よすずしとを見れ
小さき釣鐘は地上に据ゑたり、緋の射干咲けり
伝肇寺老木の木槿朝咲きてかかる日射に
憤る裸の子なれ
御堂跡にはやほろほろし白の胡麻月の光の射しにけるかも
円けくて隈ある月の明るさよ今宵は小竹の揺るる秀に見ゆ
§
月の路やや移るらし
萩むらにすでにこもらふ虫のこゑ朝な夕なを隣りて住めば
萩すすきにほふ日頃の親しくて通らせてもらふとなりの道を
隣べは秋いち早し萩すすきながめまさりぬ道をうづみて
萩すすき観つつ隣ればうらやすし今さらかはす言のすくなさ
さしなみのにほふ隣となりにける萩見薄見楽しむ吾を
人常にすこやかならず朝露の藜のみどり観つつ
「節酒の箴」を思ひて
朝顔の露の干ぬ間に食む飯はほの涼しうて白き飯ならむ
深き酒せちにつつすむ
病はかばかしからず
白き飯久しくとらず蓼の穂の粒だち暑き日のみつづきぬ
目にたたぬ門のかなめに咲きつぐと朝顔はよしからみてのぼる
置きまさる露にふふめど朝顔の明日咲く花もちひさかるべし
§
眺めつつはかながれどもいや
百日紅花明らけし声ありて父よと呼ばふ子におどろきぬ
§
ほのあかき
朝露の穂のまだあかき糸薄をさなかる子よ父は守らむ
§
裏丘のなぞへすずしくなりにけり薄もあかき穂にそろひつつ
§
篁に
穂に分きて水引紅き竹の根は常に濡れてよしその篁を
ほの寒く恙ある身のをさなさよ金水引の穂など引きつつ
くだまきは轡虫の異名なり、郷里にて用ふ。
宵はまだ啼くくだまきのくつわ虫
男童は啼き
くだまきぞ宵は
浪の音とどろかぶらへうち消へず鈴虫の声がひとつ透りぬ
常よりは月夜明るき棕梠の葉に糸瓜さがりて風そよぐ見ゆ
野分だち孟宗さやぐいなのめは朗らながらに月かたぶきぬ
テニスをはじむ、子も伴なり
野分だつ茅萱がむらに飛び逸れてテニスの白き球ははずみぬ
月は見てねむり吾が子か眉引のおほに明るみ下笑めるかに
小夜ふけて
子はいみじほのぼのとして交らふか父と母とのおもざしがあはれ
蟋蟀の啼くまも
蟋蟀の声澄みとほる夜くだちて
母と子とまどろみ深き夜のくだち雨に
蟋蟀ぞしきり鳴きつげ夜越しふり冷えゆく雨の
童べに母の乳
一色と竹の葉に澄む
竹の葉にふる雨聴けばおのづから揺りはこぼれてまたたまるらし
澄みつつし音こそこもらへふる雨の垂りゆるがせり竹の葉竝を
雨の後緑冴え来る竹の葉のしたたる雫その葉映せり
孟宗の根に生ひまじる篠の葉のなびかふ見れば雨伝ふらし
竹の葉にふる雨観つつ時久しつぎつぎと幹を水ながれ見ゆ
若竹に百舌とまり居りおもしろと友が見にけむその百舌啼くも
おなじく夜雨
竹の葉に雨降り居らしま青くも灯影流らひ燃えゆらぎ見ゆ
芙蓉咲く

朝光に芙蓉咲き満つ茅の
吾が童あかき芙蓉の門に居り秋の朝日の射しにけるかも
地のおもてまだ安からず咲きむかふ芙蓉の日射おぼにふるへり
ひえびえと百舌が音来る雨あとはまだ青柿の蔕も濡れつつ
百舌の鳥音に
白芙蓉紅き芙蓉と層み咲き上なるがさびし白うにほひぬ
わすれ草茗荷をもがばほのぼのとその芽に白き花つかぬ間を
露じめるをさな茗荷の着る袷まだほのあかし早うもぎたり
香にさみし茗荷の花や日の洩れてまだし露けきひとつ房花
颱風のおどろ吹き分く花生薑タオルかかぶりそこら引き
草くづに蓼の紅
鶏頭の葉の冷え青き雨あとをしみじみと
鴨跖草は何に咲きつぐ青梅の夏よりかけて
鴨跖草に交る嫁菜の雨なれば鉄条網の垣も親しき
鴨跖草の露と思へや数まさり綴れる見れば瑠璃の勾玉
朝なさな雨はふりつげ白萩のこぼれきらねば我は観るかも
二百十日つひに過ぎたり白萩のしるくこぼれて雨はららやみぬ
白萩の露分きかぬる子がつむりいとどしく
吾の子を
葉鶏頭やうれ葉黄に立ちつぎつぎと下葉揺り煽る燃えうつるべみ
子よ見よや庭は燃えたつ葉鶏頭の獅子がしらにし今朝輝やけり
葉鶏頭の
雨の夜は腸冷えやすし早寝して啼くほどの虫の音を
聴くほどはすだきかなしき虫の声うちかたぶきて寝らえぬ吾は
ある虫は品まさり啼けまされるはひとり澄みつつ妙にさびしも
寄り寄りにすだく虫あり一連に継ぎは啼けどもかへてわびしも
二くさに三いろにもきく虫のこゑ夜の厠べぞわびまさりける
よく聴けば脊戸と庭とに啼く虫の音をし競へり脊戸のが鋭し
啼く虫は品にたがへれ聴くほどは声のかぎりに夜露愛しめり
一
暁近く思ひつのるらし啼く虫の今をかぎりとはたや澄みつつ
弓張りの月の出おそくなりにけり南瓜畑のくつわ虫のこゑ
秋鳥かけだしさわたる耳とめて雨夜はせちに灯かげ守りゐむ
§
薄月に小雨添ひ来る夜のふけは身の冷えしるし懐炉灰つぐ
雨の夜は虫の音継がず錠剤の三粒五粒取り
§
人の気の衰ふ夜々は
向日葵の
向日葵はいつしか花も
向日葵の枯れたる蘂に雀来ていとまありげや種子つつき居る
向日葵の種つつくらし下向けて雀がつむり寂びにけるかも
向日葵の蘂も枯れたり揺り移り雀おとなしほどよき照りに
花
竹の根に
曼珠沙華いまだをさなき秀の
子が素肌ただに涼しく見し藪に数赤きかなや曼珠沙華出ぬ
寺の山風冷え来れば曼珠沙華ただ咲きつぎぬ
曼珠沙華そこらく赤き寺の山彼岸詣でのかげもふえけり
吾が庭もつひにわびしよ朝雨の藜がそばに曼珠沙華出ぬ
母が手に埋もる子ゆゑに曼珠沙華ひたと
親しくも幽けき秋や篁の
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生方敏郎君来る
吾が宿の春深からず、梅しろく、小竹 の葉黄なり。霧雨のふれば幽 かに、鶯の啼けばをさなし。ああ、友よ、一日は過ぐせ、この山のしづけさを。
おもしろの春の小雨 や、うら向けに羽織かぶりて、
かつぎ、石いくつ飛び、童 さび、声うちあげて、翁こそ帰り来ましぬ。柿がもと、白梅がもとかうかうと帰り来ましぬ。先生らしも。

柿
春雨の柿の老樹の根に映えて八つ手濡れ居り坐りつつ見ゆ
きさらぎのこのふる雨にさびしくていとどしろきは梅の花かも
ここに来てなにか素直になりたらし先生の面を描きゐつ我は
大き耳持たすものかもまむかひに描きつつし嬉し吾が先生を
先生の片頬明るは玻璃越しに
行くところ梅咲き明る丘の道湯の気噴き立つ湯の町が見ゆ
目のかぎりしろき花のみすがしくて幽けかりけりまさに梅林
花しろき梅のはやしの
松かげの草の
花しろき梅の林の夕かげは
尾羽黒き一羽の鶴の声なくてただ花ふかき林なりけり
吾が宿も梅の盛りかいちじるくむら
待ち迎ふ吾子が声こそ駈け来なれ梅の花しろきその小竹やぶを
五日六日相見ざる間にこの吾子や眼さかしう父になじまず
梅しろし吾が
眺めても眺めあきずよ、親しめば親しむがまま、幽けきもありのさながら、かかはらず、またさまたげず、竹は竹、我は我ゆゑ、竹がうれしも。
篁に竹を愛でつつ歳久しつくづくと思ふよく住みにけり
篁に酒を楽しむ閑かなりいにしへびともけだしこもりき
篁の南なぞへの日のたむろ世にうま酒を楽しみにけり
おのがじし竹にい凭りて日を浴びてねもごろ楽し酒をふふめる
日たむろの竹の根方の鈴菜ぐさ下萌青し早すずろぎぬ
篁に酒を煮つつし将た安しとなりづからに柿
玻璃戸透く陽はかがやかず樽柿の皮むかせかじるペン画描きつつ
毛のシヨール照り柔かし卓に置きてうすうすと引けり

まさしくも鵯の音寒し

破れ壁に冬の西日の澄むところ影親しかも


日にましに
み冬来て豆柿あかる
子は起きて目も円らなり窓ぞひに豆柿が赤く一羽の目白
朝なさなふと目ざめつつ見るものに目白はうれし柿の実にゐる
柿の実に目白来てをり吾が見るとまだ知らざらし啄みほれぬ
玉つづるあけの豆柿よろしみとただに仰ぎて見てをる吾は
豆柿に目白群れ来る朝かげは

ひそけさよ小さき目白の枝越しに揺りつつきをりまんまろき柿を
小禽来てひと日楽しむ豆柿は
豆柿に来ゐる小禽を仰ぐ子に竝び見あげぬものいひて吾も
豆柿に遊ぶ小禽のうらなさようつむけるがあり仰向けるがあり
豆柿に目白散らばりひそかなりたまたま来たる百舌の大きさ
柿食みにつどふ目白も寒からし孟宗の枝に移り啼きつつ
鵯来れば目白逃げちり百舌の声に鵯翔けり去りぬ赤きは豆柿
わが脊戸や
のどけくもゆゆしき野火か山越しに
物の
山ふたつ揺りとどろけり燃ゆる火の
しづかなる昼と思ふをまなかひを山ふたつ燃えぬとよみ合ひつつ
さうさうと空揺りとよむ走り火の炎の幅は山を
山ひと山なだりともよし鳴りのぼる大野火赤しひろごりにけり
春まひる向つ
春山は霞揺り分き
火は放てなにかのどけしうら霞み山かたつきて騒ぐ子らはも
先き先きと火は放つらし煙あがりしきりに白し山の根ごとに
心ぐく放つ炎のおぎろなし春山霞揺りて燃え立つ
山焼の飛ぶ火のあふりただならずまた燃えつぎぬとよみ響けり
篠の爆ぜたしかに深し向つ山鳴りしづみつつ火の渦巻きぬ
燃えさかる向つ山腹鳴り凄しみ雪踏みしき我は見にける
鳴り凄し山かた走る子等がかげおのが放ちし火にふためけり
春山の尾根もとどろに燃ゆる火のたちまちさびし消ゆらく思へば
物の
大野火にいささか遠き山の尾をなづさふしろき雲にぞありける
うら霞みしかもしづもる山中を火の鳴りふかし聴きつつあるけば
向つやま山火消えはてひたさびしほのくれぐれを鶯鳴くも(小涌谷)
向つ山
とりよろふ山の
さねさし
尾根づたふほそき
峰づたふ夜の火が赤しつくづくも言惜しみつつ今は下らむ
電は昆婆羅山と槃荼婆の岩窟に墜つ。斯の比倫なき(仏の児)は山窟に入りて禅思す。(シリクダ長老の偈)
我竹叢の中にありて甘き乳糜を喫し、好く諸蘊を思念し心を遠離に専らにして、嶺を占得せん。(ゴーサラ長老の偈)
篁にもはらにそそぐ日のひかりゴーサラのごと我も坐らむ
この真昼我楽しめり南天のほのけき花もふふみたらしも
あきらけく我楽しめり竹の葉のしたたるみどり草と映らふ
吾庭の
輝かず降らず蒸す日ぞ日につづく藜の伸びのただに紅みて
となりびとまだ貧しかり食む物にうれ葉の紅き藜抜きに来
竹煮草ふふめば
夏すでに花穂立ちそろふ
ほのぼのとねぢ花紅し草に寝て今日明日生れむ子を思ふなり
子とかがむ
§
まさやかに今朝し垂りたりいついつと待ちにし栗のしだり
梅雨のまをとなりの畑へくぐり出て落梅をひらふ吾が家の落梅
火の赤き蚊取線香けぶるなり子と対ひゐて饅頭
走る汽車クレオンで描けといふ子ゆゑ我は描き居り火をたく所
白き蛾のほの紫のにほひ羽の脊の重ね羽にこの夜ら闌けぬ
日の射して蛾のしきり飛ぶ夕つかた
藪茗荷花過ぎにけり帰り来てつくづくと子としいまだ遊ばず
竹の根にひとくきあかき曼珠沙華秋季皇霊祭の今朝見つけたり
白き猫ひそけき見れば月かげのこぼるる庭にひとり
柿の葉の濡れてかぶさる
月よみの光すずしくなりにけり
宇都野研氏の庭
うち見にもなにかこの庭の日の照るかたに咲きむれて紫苑はうれし秋づきにけり
野分過ぎ空うち晴れぬ朝戸出て梅の散り葉に目も染みにけり
無花果に隣の御坊のぼりをりひとつふたつは食べにけらしも
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顔の
死顔のこの
伯母の子の二郎そだたきその御足そろへまつるに人皆泣きたり
二郎よ俺は泣くなり故は無し泣かじとをすれど声のさぐるに
伯母の御の死顔見れば土の鳩ほろこほろこと吹きし日泣かゆ
雉子ぐるま子の雉子のせて走りけり幼児われは曳きて遊びし
あかあかとこの夜
目まぜして
通夜酒に酔へどけざむき夜のほどろ煮〆の昆布も青うねばりぬ
通夜の酒すぐさめやすし火は掻きて頭寒けば外套をかぶる
三宝の大き
亡き伯母の
神あがり伯母のみ霊も見そなはせ涙垂りつつ手うちをどるを
きはやかに物の気の澄む冬の晴れ棺はゆきぬ影をしるして
野の窪の牧場にかがむ牛のむれ
競馬場の
冬空のうつりて青き海のいろ火葬場道はゆきつつ高し
逝くものは影しとどめず
冬空に煙突白くつき立てり伯母の棺もいたりとどきぬ
茶店にて売れり
人の世はつひに幽けし青竹の
何しかも過ごし酔ひけむこの夜さり声あららげて人を叱りし
夜の
少女どち中に寝よちふうれしくて
うつし世の焼場の前の日のあたりぬるき番茶はすてて出にけり
冬枯のアスパラガスに実はのこりそこらく赤し掻きわけにけり
礼まはりとざまかうざま日は寒し高き梢の頬白のこゑ
その製氷会社は従兄の経営するところなり
ほどほどに機械うごかす短か日の鉄管に霜結晶し早やしろしアンモニヤ瓦斯はよく冷ゆるらし
鼻の垂りゆたにかいあげ象の子の物食める見ればその目笑へり
おもしろの象の鼻や食むなればあの鼻の下に口かもあるらし
子の象の寒けき見れば鼻の垂り振りは揺りつつひたすらにあり
夕かげにゆるぎいでつつさむざむし駱駝は髯を反らしたるなり
へら鷺のついばみたらす黄の鰌家鴨ぬすまむ佇みにあり
軽鴨の池に遊ぶは寒けかりとりのこされし急ぎ追ひをる
春もまだ物書きいそぎいとまなし風呂立てさせて夕べ過ぎたり
早やあかる梅の下道走らして子が自転車の輪は走るなり
口あけばちやちやとのみいふ子に見せて
さるかたへとなりの御坊越されけり萼ばかりのしら梅のはな
母としか湯には入らずと子は云へりひとりひたれり梅の萼見て
梅の萼赤く見づらし湯にひたり水鉄砲を
梅の蕊赤く毛ばだち雨しげし種痘のふれの今朝は来りし
恙ありてまゐるすべなしひたごころ堪へつつ献ぐ国おもふ歌
国おもふこころを堪へて我がこやる

国おもふこころはさやぐ葦鴨の乱れて寒し波立つなゆめ
み民われ思はずあらめやおほきみの
国を思ひ