春の
その日は、小石川の台町のあたりを探がして歩るいた。坂を登って、細い
私は、
私は、とにかく入って、その
「どうぞおはいり下さい。二階ですから」と、言った。
私は早速家にはいって二階へ上って見た。畳の汚れた、天井張りの低い六畳の間であった。外から見た時には、南に縁側がついているので、暖かそうに、日がよく当っていて明るそうであったが、室の内にはいって見ると
「この室には、はいる気がしない」
私は、ただこんなことが念頭に浮んだ。そして、爺さんが静かだとか、日がよく当るとか、学校にもそう遠くはないと言ったことなどを耳に聞きながらも、私は、しばらく黙って考えていた。
「また、よく考えて来ます」
こう言って、私は、その家から出た。そして、他にも、貸間はないかと、方々探がして
ある時、Bの室で、二三人学友が集った時、貸間の話が出たのであった。やはり、みんなも貸間を探がしていたと見える。
Nが、電燈の下で、眼鏡を光らせながら言った。
「台町になら、一軒二階で貸間があるんだ。まだ、きっと開いているだろう。長くいるものがないのだ。ぼくの友達も、あすこへ行ったのだ。移って行った晩だね、夜中頃に、ふと眼をさますと、女が室の中を歩いているのだそうだ。青い顔をして、俯向いて、隅の方を足音を立てずに歩いているのだそうだ。友達は、自分は、夢を見ているのではないか? と、気をしっかり持った。しかし夢ではなかった。自分は、幻想を見ているのではないか? と考えた。しかし、眼にはっきりとその女が見えた。友達は、恐しくなって蒲団を頭から被った。そして、夜の明けるのを待った。
夜が明けると、もう、一日もこの家に居ることができなかった。それでね、早速荷物を片附けて、前の下宿へ帰ろうと思って、そう断ろうと
『やはり、何か見えましたか?』と、女の子が言ったそうだ。
『じゃ、僕ばかりではないのだね、この家へは幽霊が出るのかね』と、友達は、聞いた。
女の子は、笑いもせず、じっと友達の顔を見て黙っていたそうだ。
友達は、すぐに、その家から越してしまった」
私は、この話を聞くと、あの二階家が目に浮んだ。
ほんとうに、そんなことが、この世の中にあるのだろうかと思った。
一、二年後であった。私は、
私は、この世の中に「妖怪」の存在を否定する何ものも
この一つも、やはり、学生時代に、貸間をさがした時に見た、光景の一つである。
関口の滝の附近に、黒く塗った壁板には、武者窓が附いている、古くからの家があった。しかし、それが外部から見ても陰気な二階建になっていた。一軒の前に「あきま」の紙札が貼られていた。
私は、こごんではいらなければならぬ、くぐり戸の外から、「ご免下さい」と案内を頼むと、「なにご用ですか」と、つんけんどんな、婆さんの声が内からした。そして、誰も出て来なかった。
私は、最初の印象が、すでによくないと思った。しかし、こちらから案内を頼んだ上は、仕方がなく、
「あきまを見たいのですが」と、言った。
「おあがんなさい」と、愛想気のない調子で、おなじ声が答えた。
私は、すべりのよくない障子を開けて、窮屈な土間から
「どの間ですか」
私は、もう聞かなくてもいいような気がしたが、やはり行きがかり上から言わなければならなかった。
「二階の六畳ですから、ごらんなさい」
婆さんは、
私は、家へはいると、外で見たよりも、
その室は、どんな室かと思って、私は、廊下つづきに並んでいるので、隣の間を覗いて見る気になった。高窓から、鈍い光線が射し込んでいた。私は、其処を覗くと同時に、苦しそうなうめき声が起った。蒲団を敷いて三畳の間に、女が枕を廊下の方にして、仰向になって
「あ||っ、あ||っ」
病婦は、他人が覗いているということを悟る筈がなかった。こうして、独り苦しんでいた。
私は、逃げ出すようにして下へ降りた。外へ出るまでに、
「あの六畳の間ですか?」と、言った。
老婆は、冷淡な顔を上げて、やはり座ったままで、
「そのうちには、隣の三畳もあきます」と、言った。
私は、無言で外へ出た。そして、茫然として、ある