営舎の
高窓ががた/\と
揺れる
ばったのやうに
塀の
下にくつゝいてゐる
俺達の上を
風は
横なぐりに
吹き
芝草は
頬を、
背筋を、
針のやうに
刺す
兵営の
窓に
往き
来する
黒い
影と
時どき
営庭の
燈に
反射する
銃剣を
見詰めながら
おれは
思ふ、
斃されたふたりの
同志を
同志よ
おれは君を知らない
君の
経歴も、
兵営へもぐり込んで
君が
何をしたかも
兵営の
高塀と
歩哨の
銃剣とはお
互の
連絡を
断ってしまった
おれは
君たちが
おれが
君たちを
探したやうに、あせりあせり
熱心に
俺達に
手を
差し
出したのを
知ってゐる
おれと
君とは
塀を
隔てゝめくら
探しにお
互ひを
求め
合ひ
おれの
手と
君の
手は
すれ/\になったまゝ
塀の
間で
行き
違ったのだ
おれは
想像する
破れたストーヴについて、
不自由な
外出について、
封を
切られた
手紙について、
不親切な
軍医について、
横っ
面へ
竹刀を
飛ばす
班長について、
夜中にみんな
叩き
起す
警報について、
無意味な
教練のやり
直しについて
君らがいかに
行動を
以て
同じ
兵卒をアジったかを
そして
誰が
戦争で
儲け、
誰が
何の
恨みもない
俺達に
殺し
合ひをさせるか、
誰が
死を
賭して
俺達のために
闘ひ、
何が
俺達を
解放するかを
くたくたに
疲れた
演習の
帰りに
半煮えの
飯をかきこむ
食事の
合ひ
間に
みなが
不平をぶちまけ
合ふ
寝台の
上で
いかに
君らが
全兵卒の
胸の
奥に
沁み込ませたかを
その
日 (
忘れるな、二
月二十六
日!)
君たちは
順々に
呼び
出され
後から
欺し
討ちに×
(2)り
倒された
君たちの
血はべっとりと
廊下を
染め
君たちの
唇は
最後まで
反戦を
叫び
続けた
よし
たけり
立って
兵士らを
宥めかねてやつらのひとりが
自殺せうと、よし
泥のやうに
酔っ
払はせた
兵士らを
御用船へ
積み込んで
送り
出さうと
廊下に
沁み込んだ
君たちの
血は
それで
拭はれたか
溢れ
出る
血どろと
共に
口を
衝いて
迸しった
君たちの
叫びは
それで
消されたか
おゝ今
消燈喇叭は
夜風を
衝いて
響き
渡り
窓はひとつひとつ
闇に
溶けて
行く
おれは
伸び
上り
かじかんだ
手を
挙げて
仲間に
合図をする
そして
俺達は
立上[#ルビの「たちあが」は底本では「たちあ」]りマントを
捨て
すばやく
塀を
乗り
越えて
突進する
俺達の
手にはビラがあり
俺達のポケットにはドスがある
ビラは
眠った
営舎を
揺り
覚まし
ドスは
倒された
同志の
血を
洗ふだらう
風よ
兵営の
隅々までこのビラを
蒔き
散らせ!
塀よ
「兵士委員会を作れ!」
の
叫びを
営庭一ぱいに
跳ね
返せ!
|一九三二・四|
「大衆の友」四月号
(1)四四 (2)斬
●表記について
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- [#···]は、入力者による注を表す記号です。