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夕の賦

末吉安持




仰げばみ空青く澄み、金星遙に霑ひて、神秘の御幕長く垂れ、闇の香襲々屋根に戸に、夕となりぬ月出ぬ。

夕となりぬ月出ぬ、雲のみ無心に靉靆て、烏は北枝の巣に帰り、狐は隣の穴を訪ひ、螢は燃えて河堤。

我もまた有情の男、若かうて夕に得堪へめや、詩ぐるほしき戸を避けて、倚るは誰が十九のやわ肌、力ゆらぎてあな強や。

夕となりぬ月出でぬ、ふりさけ見ればみ空には、自然の扉開かれて、愛と自由の彩眩ゆく、懸想希望を富ましむる。

嬉しからずやなうとのみ、やわ乳と胸と口接けて、依々なる薫りを散ぜむか、何を踟躊の醜文字と、大なる芸術ぞ君や我。

大なる芸術ぞ君や我、あゝ誰か我等を縛めて、断頭台を令ずとも、価値あるものはこれ一つ、手放べきやなう乳房。

夕となりぬ月出でぬ、臥せよ抱けよすゝれ盃、熱せよ乳房小唇、誰れか自然の御芸匠を、かいまみ笑ふ痴者あらむ。






底本:「沖縄文学選 日本文学のエッジからの問い」勉誠出版

   2003(平成15)年5月1日初版発行

底本の親本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会

   1991(平成3)年6月6日第1刷

初出:「文芸界 第二巻第二号」

   1903(明治36)年8月

入力:坂本真一

校正:フクポー

2019年2月22日作成

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