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赤穗御崎詠草集

櫻間中庸





岳の上はひたに靜もり妹は合歡の木の下にカムバスを立つ


妹は默して立てりひたすらに海を描かむ心一つに


帆の形面白しなど語らひつ雜草の丘にデツサンをする



やゝ沖に貨物船はとまりたりデツキを動く人の氣配す


貨物船の投錨の音たかだかと朝の海にひろごりわたる


蟲にたかる蟻の如くに船をめぐり塩運ぶ船集りてきぬ


凪なれど海に寫らず貨物船の朱の船腹はなかばあせたり



潮光園對鴎館など好ましき旅館を持つよ御崎の海は


ベランダの朝のてすりにそと凭りて海を見居たる少女を想ふ


潮光園のベランダはよろしやゝ沖に眞赤な貨物船の點景を持つ


赤き屋根白きベランダたへまなく青き海風さやさやと入る



海にすめば海になれたり鳶三羽怒濤の岩に降りて動かず


曇り日の空は低くして南風に吹かれて鳶はその空に居り


蝉をついばみ鳶はましぐら昇りゆくその猛しさは心にくきや



鐵柵に猿は並びぬ眼をむきて手をさしのばし物乞ふかたち


怒り悲しみ恐れはすれど猿なれば笑ひを何處かに忘れたる如し


餌に寄りていさかふかたち猿なればわれら笑ふもわれらも似たり






底本:「日光浴室 櫻間中庸遺稿集」ボン書店

   1936(昭和11)年7月28日発行

入力:Y.S.

校正:富田倫生

2011年9月27日作成

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