この瞬間世界は
尊い持物の一つを
失おうとしているのだ
革命をバイロンの熱で叫び出し
ホーマの調で
あわれ囚われとなって
虐政者の鉞の下に坐っている
君の晴れた瞳も華かな笑声も
もう再び俺達の手に
帰って来ないのだ
地を離れて||遥かに遥かに
あの
歎いても泣いても
魂は再び帰って来ないのだ!
昔から幾千の思想家が
幾万の改革者が
そしてその血潮が
深く溢れて
堤の切れるしばし前の
凄い沈静を保っている||
ああ世界は
偉大な生殖をなさんがために
虐政者は自分が溺れる
湖の血を増さんがために
尊い反抗者を殺そうとしているのだ
馬鹿な悲劇だ||
見ておれ
もうしばらくすれば堤が切れる
そして血潮が洪水を起して
燐火を燃やしつつ
怨霊の叫喚と共に圧制者に押しよせる
もう遅い! 逃れようとても
溺れかかる虐政家の手足に
べっとりと血が粘り
殺された者の毛髪が藻のように絡みつく
振りあげた鉞の下に
あの世の扉が開く
中は咲き乱れた花園||
恍惚の楽が満ちている
君よ
安らかにその扉を押して
静かな世界に入りたまえ
天上から不思議な韻律が響いて来る
||そしてそれが
群衆の哀愁と
君の死を讃美しているようだ
鉞が光った
僕は静かに黙祷しよう||
(発表誌不詳 一九五四年七月河出書房刊『日本現代詩大系』第七巻を底本)