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先駆者

中山啓




この瞬間世界は

尊い持物の一つを

失おうとしているのだ

革命をバイロンの熱で叫び出し

ホーマの調で

勝鬨かちどきをあげようとした君が

あわれ囚われとなって

虐政者の鉞の下に坐っている


君の晴れた瞳も華かな笑声も

もう再び俺達の手に

帰って来ないのだ

地を離れて||遥かに遥かに

あの蒼穹そうきゅうの彼方へりゆくのだ

歎いても泣いても

魂は再び帰って来ないのだ!


昔から幾千の思想家がはりつけにせられ

幾万の改革者がき殺されたことか

そしてその血潮が

深く溢れてうみとよどみ

堤の切れるしばし前の

凄い沈静を保っている||


ああ世界は

偉大な生殖をなさんがために

いたましい陣痛をなめている||

虐政者は自分が溺れる

湖の血を増さんがために

尊い反抗者を殺そうとしているのだ

馬鹿な悲劇だ||


見ておれ

もうしばらくすれば堤が切れる

そして血潮が洪水を起して

燐火を燃やしつつ

怨霊の叫喚と共に圧制者に押しよせる

もう遅い! 逃れようとても

溺れかかる虐政家の手足に

べっとりと血が粘り

殺された者の毛髪が藻のように絡みつく


振りあげた鉞の下に

あの世の扉が開く

中は咲き乱れた花園||

恍惚の楽が満ちている

君よ

安らかにその扉を押して

静かな世界に入りたまえ

天上から不思議な韻律が響いて来る

||そしてそれが

群衆の哀愁ともつれて

君の死を讃美しているようだ


鉞が光った

僕は静かに黙祷しよう||

(発表誌不詳 一九五四年七月河出書房刊『日本現代詩大系』第七巻を底本)






底本:「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」新日本出版社

   1987(昭和62)年5月25日初版

底本の親本:「日本現代詩大系 第七巻」河出書房

   1954(昭和29)年7月刊

入力:坂本真一

校正:フクポー

2017年9月24日作成

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