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夜明の集会

波立一




幽かなエンジンの響

||炭山やまの深夜

午前三時

朝退けの号笛サイレン

未だ夜は明けぬ

寝たげな共同風呂場

とぎれ とぎれの騒めき

おい 見たか

||採炭部の掲示板

浴槽の中は黙り勝ちだ


午前四時半

東の空 白む

発電所の煙突

||クッキリとしてきた

淡く

電燈の息絶ゆく

重く湛えた貯水池みずだまり

そのほとりの一軒長屋

続々と黒い影

阿母! みな集ったか

||らねいんだ お茶は

||と 赤インキが用なんだ


俺達の胸は燃え

血はたぎ

唇は固く

夜明の集会は

||凄い程静かだ

やがて

低く 拍手起る

中年の坑夫

||突立った

購買会のカードにまで

組合員の記号しるし

食物までも

区別しくさることあ

辛い語り草だ

俺達の隠忍を

つけこむ会社の犬奴

今朝の掲示板もよ

健康保険法に

選むだ仲間を

「労働者側代表」を

||四日目でくび

木葉役人奴!

番狂せに

周章あわてやがって

暗い ドン底

坑内しきン中から

搾るだけ搾りぬき

「設備」はそっちのけだ

健康保険法

||実は人殺し保険だ

血の絶えたことの

六坑道

落盤でられた

水島の女房に

主任の奴何とぬかした

ずるかってる罰だ

||乳なんぞ呑まして

小さい声だったが

聞き逃しは出来ねい

血とからみあった

脳味噌が

浅野総一郎の晩飯だ

いじらしい義坊の奴も

乳房を噛んだまま

||息をひきとったっけ

同志諸君

血で洗われた職場の

血の滲んだ祭壇の

兄弟達の命令だ

導火線と

マッチと

決行しろ! 時は来た

隣炭山の兄弟達へ

早く

宣伝員派遣

古河坑の支部へ

水島定子!

||妾それは

行くんだ 定さん

阿母と義坊の命令いいつけ

頬こけた十九の坑婦

決意して立上った

梨畠を通り抜けな

火薬倉庫の裏道は

見張ってるぜ

発電所の班へ

誰か?

俺を遣って呉れ


導火線はブスブス燃えてゆく

非常汽笛を合図に

戦闘準備!

常磐炭田五万の兄弟よ

今こそ

一斉に起つときだ

必ず 手を

決して離すものか

俺達は斃れるまで

俺達は最後まで


俺達の世界が来るまでだ

(『プロレタリア芸術』一九二八年三月号に発表 同年五月マルクス書房刊『一九二八年プロレタリア詩集』を底本)






底本:「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」新日本出版社

   1987(昭和62)年5月25日初版

底本の親本:「一九二八年プロレタリア詩集」マルクス書房

   1928(昭和3)年5月

初出:「プロレタリア芸術」

   1928(昭和3)年3月号

入力:坂本真一

校正:雪森

2015年5月25日作成

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