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横顔

上田進





壊滅した||と言う

そうかも知れないと思う

健在だ||と言う

そうかも知れないと思う

地下に追込められたもの

益々深く地下に潜り込んだのだ

俺達にはてんで見当がつかなくなったのだ



汽笛ボーの白い蒸気が

灰色の空にちぎれ飛んだ

午前六時の川風が

雪交りの雨を赤煉瓦に叩きつけ

脂染あぶらじみた硝子窓をゆすぶった

肩をすぼめた俺達の行列が

鉄門の外にまだ長くつづいていた



泥んこの通路みちがやけに癪に触る

癪に触るから大股で歩いて行く

口の開いた護謨長ゴムながの鼻先に

ビラが落ちて来た

顔を上げると頭の上に

赤や黄のビラが舞っていた

風が一吹き強く吹いて

みぞれの中にビラが一段と激しく散った

むこうを見た

厚いコンクリの塀が立ってるだけだった



何処から舞って来たのか?

どんな人が撒いたのか?

俺達は知らなかった

「俺達の中に居る人かも知れぬ」

||だが、たしかに、今、此の手に

俺達はビラを握っている

日本共産党のビラを!

これは夢じゃない

そら、ひっぱたかれたら痛かろうが?

本当だ!



衣兜かくしじゃ駄目だ

肌へつけときな

よし······いやもう一度見て

左の下の隅の五つの文字

見つめていると

レーニンの顔になって

笑い出して

躍り出して

ぼやけた······

いけねえ、涙で鼻がつまって



ピチャピチャ······急に足音が高くなり

行列が騒がしくなった

俺達は胸を張って工場に入ってった

俺達はプロレタリアだぜ!



眼の底に染みついた

頭の心に焼きついた

この五つの文字||それが

胸の中を引掻きむしる



お出でなすったな、監督さん

パイ公連れてさ。

出すもんかい、

これあ俺達の御守だ。

··················

へん、ざまア見やがれだ!



俺達は見た

俺達は知った

俺達の党は健在だ!

俺達はやけに嬉しいんだ

(おお、その胸に抱かれているのは

地下に健在な党がチラリと見せた

小さい四角な、赤い横顔シルーエット!)

(一九三〇年三月六日作 『戦旗』同年六月号に発表 一九三一年八月戦旗社刊『一九三一年版日本プロレタリア詩集』を底本)






底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社

   1987(昭和62)年6月30日初版

底本の親本:「一九三一年版日本プロレタリア詩集」戦旗社

   1931(昭和6)年8月刊

初出:「戦旗」

   1930(昭和5)年6月号

※表題は底本では、「横顔シルーエット」となっています。

入力:坂本真一

校正:フクポー

2018年1月27日作成

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