戻る

無念女工

榎南謙一




お早うさん

昨夜の夢は?

故郷くにの庭には柘榴ざくろの花が散ってるだろう

けさもまた

やめて帰ろと思うたが

帯はあせたし

汽車賃なしではどうにもならぬ

爪をもがれた蟹のように

冷たい石畳みをヨチヨチと私たちは工場へはいる

今日もいちんち

トタン塀の中で無自由だ!


渇いて 渇いて やりきれぬ

トタン塀の外は

たんぽぽが咲いて乳をながしたような上天気

町の活動小屋がラッパを吹いて廻るし

糸をつなぐ手がこんなにそわそわする

無理もない

娘十七八 いろんなことを考えるンだろ

それに掃き溜めのない青春だもの

年中、蟹の横歩きそのままの立ち通しで

足はむくんで むくんで

夜は死んだようになってねむる

彼女の四年間の会社勤めは

何ンちゅうことだ||肋膜瘤!


棉ごみの中で

青春は八方ふさがり

ニキビの吹き出た頬っぺたをつめたい窓硝子に寄せる

ネクタイの連中は

朝ッぱらから花見に出かけたし

たんぽぽの咲く花は命がけ癪だ

天井を突き抜ける轟音と

その三層倍も湧きあがった棉ごみの中||

見たか

のみでもぶち込まねば

赤い血の出そうにもない襟首を||

のしかかる労働強化!

胸が痛くて血を吐いたが

それでも帰れん、帰れん!

豊年飢饉の村じゃ

田甫たんぼがなくて

百姓はウヨウヨと押し合うているのだ


百三十フィートの煙突の下で

無数の飢えがガンガンのたうっている

ナメクジみたいな沢庵ばかり食わされて

しわくちゃの胃袋が

そろそろ不逞な考えを吹く

昼の休み||

便所に行ったらビラがあった

ダラ幹を蹴っとばせ!

さしあげる手は団扇のように大きい

指環の代りにガリを切るタコが固い

お、メーデーはもうじきだ!


お早うさん

ゆうべの夢は?

石畳みをほおずき色の蟹が這うている

海は明るい雄弁だし

ホンに春だなあ

だが いつになったら

安心して活動でも見る春がやってくるのかしらん?

無念女工は歯ぎしりして大股にゆく

餓えた胃袋はギリギリと不逞の汽笛を吹きあげる

がまんのオジメをくだいて くだいて

うずうずと寄せ のしかかりせりあげる波は

脈になり 防ぎ難い動力になり

ギシギシとプロレタリアの戦列へ!

(『プロレタリア詩』一九三一年九月号に黒島謙名で発表 同年[#「同年」はママ]八月日本プロレタリア作家同盟出版部刊『一九三二年版日本プロレタリア詩集』を底本)






底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社

   1987(昭和62)年6月30日初版

底本の親本:「一九三二年版日本プロレタリア詩集」日本プロレタリア作家同盟出版部

   1932(昭和7)年8月

初出:「プロレタリア詩」

   1931(昭和6)年9月号

※初出時の署名は「黒島謙」です。

入力:坂本真一

校正:雪森

2015年12月12日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。





●表記について



●図書カード