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嵐の中で

||伊井千歳に贈る||

大石喜幸




嵐は今日も街々をかけずりまわっている

君は一度でもこの嵐の原因について

考えたことがあるんですか

それよりも もっと もっと

大きい嵐について

もっと現実的な

人と人とのつながりにおいて

人間個々において

人類全体において

水平線的な 風雨の原因について||

嵐の日の何もできない一日を

じっと反省の思惟にふけるがいい

君はきっと

希望の駿馬にまたがり

倫理の手綱をにぎることができるのだ


君はそのつぶらな瞳を輝かせるがいい

その瞳は星をあおぎ

詠嘆に曇らせてはいけない

君が今立っている地上

一尺平方周囲から観察すべきである

そして 一尺一尺拡大してみるがいい

君はそこで自分一人の

環境の愚痴はこぼせまい

君と同じ生活の

君以下のどぶ泥にもがいている女性の

二人の三人の六人のかぞえきれないほどに

日本 最初の最後の女性として 人間としての

あえぎを あえいでいるではないか

嵐の後の草木が頑強に大地をふまえて

生きぬいているではないか

弱い葉ッぱと枯枝は

無惨にもふきちぎられている

強くなれ 強くなれ と

はんらんして河は呼びかけている

一滴一滴の水が集り集って

大きな力で動いているではないか


光りは闇より

良心の悩みこそ

輝く未来への掛橋でなければならない

一夜 嵐にさいなまれた

バラスの道を眺めるがいい

ごみとあくたは洗われて

今朝は まさごまさごの本性が

色とりどりに ほほえんでいる

きたわれ きたわれた もののみが

生きる

喜びの

青天に

青葉 青葉を

かざしている

根をはっている

(『詩人』一九三六年九月号に発表)






底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社

   1987(昭和62)年6月30日初版

初出:「詩人」

   1936(昭和11)年9月号

入力:坂本真一

校正:フクポー

2018年5月27日作成

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