戻る

工女の歌

丹沢明




六月、湖に油を流して、太陽は照り返り、

煙突は、貪慾に膨れあがり、

山の中腹までのさばった工場の煙に、

青葉は、私達の顔色のように蒼ざめた。


幾万の釜が蒸しかえす熱気のなかで、

何と立ちの悪い繭だろう、

糸屑ばかりが指にからみついて、

今月も稼ぎ高と罰金とが棒引きだ、


女王の「素質改善」は「罰金制度」を作ることだった、

養成工女は毎月国へ手紙を書かされた、

「監督さんは親切だし、仕事は楽だし||

 近い中に、旅行に連れて行って呉れるそうです。」

ほおずき程の電燈のかげで、首を長くして、

送金を待っているお母さんは、これを何と読むだろう||

肺を病んで、家へ帰った人達は、

再び工場へ帰っては来なかった、一月も経てば、

しなびた「私達の父親」が娘の行李を纒めにやって来た。


女学生のような洋装がして見たい娘達は

人絹の靴下で公園の奥へ連れて行かれた

十銭の「金指環」を握って乾燥場の中から出て来る女達、

搾られて、搾られて、踏ん附けられて死んで行く私達、

冬は、凍りつく寒気と、熱湯で傷瘻を患い、

もとでの指が動かなくなった||

夏は、釜の中にのめり込む、疲労と、ねむさだ、

監督は、機械の間を怒鳴り歩いて、

音頭を取る、工女の歌だ、

「国家を富ますは、我等の務め······

 世界に冠たる、岡谷の誇り!」


剥がれて、剥がれて釜の底に沈んで行くさなぎを見ると、

やけに、冷たい汗が流れる||

ああまた、工女の歌が革命歌に、喜びの歌にかわる日よ!

再び、煙突が欠伸あくびする日よ、釜の熱湯の冷える日よ!

そして、岡谷の街が死ぬる日よ!


今、私達の惨敗の日の追憶は、新しい憤怒の芽を吹く

幾度でも、幾度でも、私達の血をもって

地獄の釜を洗い清めるのだ!

(『黒色戦線』一九二九年七月号に発表)






底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社

   1987(昭和62)年6月30日初版

初出:「黒色戦線」

   1929(昭和4)年7月号

入力:坂本真一

校正:フクポー

2018年4月26日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。





●表記について



●図書カード