戻る

千住大橋

丹沢明




川蒸気の発着所、旗はだらりと垂れ

大川は褐色の満水をたたえ

家々はひさしをおろし、重り合う家並の彼方

瓦斯タンクは煤煙の雨空に溶ける

大川に架る錆びた鉄橋、常磐線、

貨車が長い車体を引ずってゆく

動かない煙、つながれて朽るボロ船、泛ぶ空俵

橋梁の陰に点々と黒く固まった人糞

それらの上を雨がたたいている。

江北の関門千住大橋、黒い鉄骨は川幅を跨ぎ

自転車、荷車、トラック、労働者、失業者、失業者

空気はぐしょぐしょに煤煙によごれ

人々は腹の中まで灰色にぬれ

眉毛から雨が滴り、眼はもの憂く渇き

江北の雨は胃袋にまで浸み徹る

自転車||失業者、失業者、絶え間なき流れ

声のない喧騒にあわただしく歩き

騒々しい静寂のなかに佇み、息をのみ

大橋を渡ってゆき、大橋を渡って帰ってくる。

(『詩・行動』一九三五年五月号に発表)






底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社

   1987(昭和62)年6月30日初版

初出:「詩・行動」

   1935(昭和10)年5月号

入力:坂本真一

校正:フクポー

2018年4月26日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。





●表記について



●図書カード