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雨の日

森川義信




硝子窓から青猫がやつて来てぼくの膝にのる

よろよろとまるで一枚の翳のやうなやつだ

背をなでてゐるとぼうぼうと啼き出し

ぼくの腹の中までぼうぼうと啼き出し

こいつ こいつ ············

だがお前の眼のうるんだ青白い幻燈よ

ゆううつな向日葵のやうにくるりくるりと

黒繻子の喪服の似合ふ貴婦人か

お前は晩秋のやうにぼくの膝にやつてくる


苦い散薬の重いしめりに

色変へるまで青猫を思索するぼくの若さよ

何年も座つてゐたやうに立ち上り窓に歩みよる

ぼくはもうぼくの青猫を放たう

夕暮は力強く窓硝子をおしつけ

その向ふでは雨の跫音が嗤ふ

ぼくは掌をみる ぼくは胸をみる

青猫は||青猫はもうゐない

いや

青猫はまたどこかでぼうぼうと啼きだす






底本:「増補 森川義信詩集」国文社

   1991(平成3)年1月10日初版発行

初出:「裸群」

入力:坂本真一

校正:フクポー

2018年5月27日作成

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