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冬の夜の歌

森川義信




私は墜ちて行くのだ

破れた手風琴の挽歌におくられて

古びた天鵞絨の匂ひに噎び

黝い霧に深く包まれて

ゆふぐれの向ふへと私は墜ちて行くのだ


今はこの掌に触れた蒼空もなく

胸近く海のやうに揺れた歌声も||

どうしたのだ私の愛した小さくて美しかつたものよ

小鳥たちよ 草花たちよ 新月よ 青い林檎よ


しきりに眩暈がおしよせる心には

悔恨が一本の太い水脈となり||

陰鬱な不協和音が青く戦き

狂つたヴイオロンが駈け廻り

すべては白蝋石の上に痙攣し

腐蝕した玻璃の破片が暗黒の空間に飛散するのだ

ああ 遂に今 若い肋骨さへ噛み穿つ

寒々と冴えた牙の戦慄よ






底本:「増補 森川義信詩集」国文社

   1991(平成3)年1月10日初版発行

初出:「早稲田派」

入力:坂本真一

校正:フクポー

2017年11月24日作成

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