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なりひら小僧

山中貞雄




なりひら小僧 東亜時代映画 (サイレント)


原作並脚色  山中貞雄

監督     仁科熊彦

撮影     藤井春美

キャスト

なりひら小僧     嵐寛寿郎

さんぴん山左衛門  市川寿三郎

二ツ目左膳     頭山桂之助

おさらばお小夜    原 駒子

ましらの半次     阪東太郎

ふんぞり七兵衛    尾上紋弥

大月玄蕃       東正次郎

居酒屋の亭主    嵐橘右衛門

娘お静        歌川絹枝

落合主水之正    矢部伊之助

一子三十郎      前田邦彦

岩瀬平馬       嵐寿三郎

妹浜路        小島一代

大和屋吉兵衛     岡本正男

(但馬屋源兵衛)

金貸し利兵衛    今成平九郎

[#改ページ]

T「先ず此処に」||


○=ある刀屋の店先||

  大きな店だ。

T「強欲非道の男がある」

 店先で子供が縄飛びして居る。

 帰って来た刀屋の主人徳兵衛が子供を叱りとばす。


T「すると其処へ······

 さんぴん山左衛門が実に情けなさそうな恰好で現れて刀屋の店へ入る。


○=内部

 徳兵衛、番頭手代に当り散らして居る。其処へ山左が入って来た。

 徳兵衛、御世辞を言い乍ら「何御用で御座います?」

 山左がしおれて腰の刀を抜いて出す。

T「さんぴん山左衛門が祖先伝来の此の名刀」

 とほろりとした。受けとった徳兵衛中味を調べる。如何で御座ると山左。

 徳兵衛が刀を収めて、

T「先ず二両」

 山左が驚いて、

T「捨て売りにしても五十両は」

 徳兵衛、

T「この不景気に御冗談を」

 と言われて山左が、

T「では三十両」

 徳兵衛、あきまへん。

T「二両より出せません」

 山左が涙を呑んで、

T「せめて十両」

 あかんあかんと徳兵衛ソッポ向く。山左がっかりして、

T「致し方御座らん」


○=表

 山左二両持ってトボトボと出て行きました。入れ違いに今度は二ツ目左膳と、おさらばお小夜御免と内へ入る。お小夜一寸おくれて表で待って居たがそっと中を覗く。


○=内では

 二ツ目左膳、今山左が売った刀を見て徳兵衛に、

 「如何程じゃ」と訊く。徳兵衛が、

T「十両」

 左膳「十両? 高いぞ」

T「五両に負けとけよ」

 御冗談をと徳兵衛。

 左膳が、

 「しかたが無い、よし」

T「二ツ目左膳が十両で買ったぞ!」

 と言ってお小夜に実はこれこれでと頼む。

 「仕方が無いわね」とお小夜紙入れを出す。

 逆に振ったが五両しか無い。

 その五両を徳兵衛の前へ出して左膳、

T「手付が五両」

 それから、

T「残金は夕方に持参する」

 と言って立ち去ろうとしたが振り返って徳兵衛に、

T「買った以上は身共の品」

T「夕方迄確かに貴様に預けたぞ」

 と、念を押す。


○=表

 去って行く二人。入れ違いに、今度はなりひら小僧とましらの半次。なりひらは高禄の御武家様が御忍びと言った形、半次はお供の下郎である。

(なりひらはイキな覆面でも良いと思います)


○=内部

 なりひら今の刀を見ている。亭主に、

T「買ってとらすぞ」

 と云われて徳兵衛「アノそれは」と言わんとするのを、なりひらが、

T「百両では何うじゃ?」

 えッと徳兵衛驚いた。なりひらが「駄目か」と言う。

T「では二百両」

 徳兵衛が、

T「実はその······

 なりひら構わず、

T「三百両か?」

 徳兵衛が「えッ」と呆れて物が言えん。

 なりひらが、

T「五百両では何うじゃ、不承知か?」

 滅相なと徳兵衛「結構で御座ります」

 なりひらが、

T「後ほど屋敷へ持参致せ」

 と言って立ち上る。徳兵衛があの何処様でと訊く。半次が傍から、

T「平河町のお殿様だよ」

 と言う。徳兵衛「へへー」と平伏した。

(F・O)


○=(F・I)同じ店

 左膳が五両を其処へ置いて、

T「残りの五両持って来たぞ」

 あの実はと徳兵衛。左膳が刀を持って帰ろうとする。徳兵衛慌ててとめた。


○=外で

 待っていたお小夜が何事ならんと入って来た。

 左膳が怒った。

T「ナンダ、売れん」

 「はい、その」と徳兵衛。お小夜づかづかと徳兵衛の前へ進んだ。

T「気障言うないこの禿げ頭ッ!」

 タハッと徳兵衛恐れ入る。お小夜が、

T「確かに此の人の買った品」

 と言って、

T「おさらばお小夜が証人だよ」

 「サァ刀貰って帰りましょう」と二人が帰ろうとする。徳兵衛慌てて呼びとめた。ナンダと二人。

 徳兵衛が、

T「では改めて」

 と言って、

T「その刀わしが買います」

 二人顔見合わせた。左膳が、

T「いくらで?」

 徳兵衛が「ハイ」その、

T「二十両で」

 左膳がせせら笑って、

T「三百両」

 ゲッと徳兵衛。左膳が、

T「三百両なら売ってもいいなァお小夜」

 左様、左様とお小夜。そんな無茶な。

 厭ならいいさと二人出て行こうとする。徳兵衛考えた。

T「五百両から三百両引いて二百両」

T「二百両」

 そうだと急いで二人を呼びとめた。


○=表で

 二人に徳兵衛が、

T「買います三百両で買います」

 二人ニヤッと会心の笑。
(F・O)


○=(F・I)大きな門前

 羽織袴の徳兵衛刀箱を持って門内へ入る。急速に、

(F・O)

 叩き出された徳兵衛だ。例の刀は余ッぽどなまくらと見えてグニャーと曲って居る。

T「此の気狂い野郎!」

 と門番に罵られて訳の分らん徳兵衛である。

(F・O)


○=(F・I)なりひらの宅

 なりひらに、さんぴん山左、ましらの半次が待って居る処へ左膳とお小夜が帰って来た。そーら三百両と投げ出した。長火鉢の前でニヤニヤ笑って居るなりひら小僧。

(F・O)

T「なりひら小僧とその一党はこんな調子のチョイと嬉しいお泥棒です」


○=同じなりひらの宅

 さんぴん山左が立ち上った。なりひらが、

T「山左何処へ行く?」

 山左が笑って、

T「彼女アイツん処へ」

 で二ツ目左膳がチエッと言った。なりひらが左膳に、

T「左膳は女に縁が無いのう

 と言われて左膳少々ムッとした。

T「縁があるか無いか」

 と言って立ち上った。

(F・O)


○=(F・I)境内

 易者の前へ立った左膳である。易者が、

T「この世の中にたった一人」

 「エッ」と左膳。易者が、

T「貴殿を死ぬ程恋する女性が居る」

 左膳が、

T「一人で結構」

 と言って、

T「美人だろうなその女」

 易者がクシャクシャと口の中でとなえ乍ら、

T「絶世の佳人」

 で左膳喜んだ。

T「年齢は?」

 易者がニヤッと笑って、

T「十八」

 トホッと左膳、

T「番茶も出花か」

 易者が、

T「名前はキミエ」

 「ヘッ」と左膳が、

T「その君江さん何処に居る」

 易者が、

T「それが分らん」

 で左膳げっそりした。易者が、

T「江戸に居る事は確かじゃ」

 江戸に、と左膳。易者が、

T「根気よく探さッしゃい」

 「よしッ」と左膳見料払って出掛けます。その前をスーと通り過ぎた振袖娘見惚れた。そうそうと思い付いてその娘さんの背後から声掛けた。

T「君江さん」

 知らん顔で去って行く娘。あかんと言った顔の左膳である。

 ブラブラと二三間来た時、又今度は大家の娘さんらしいのとすれ違う。

(うなだれて悲しそうな様子の君江である)

 左膳が声掛けた。

T「君ちゃん」

 君江「ハッ」と振り返った。アレッと左膳面喰らった。君江不審そうに辺りを見廻し乍ら去って行く。

 左膳の奴喜んだ。

T「年は十八絶世の美人」

 とほくほく物で後をつける。

(F・O)


○=(F・I)川端

 君江が悲しそうに何度か※(「足へん+寿」、第4水準2-89-30)躇した後、遂に飛び込まんとする。

 左膳泡喰って走り寄り背後から抱き止めた。

(F・O)


○=(F・I)但馬屋宅 内部奥座敷(夜)

 但馬屋主人源兵衛が驚いて云う。

T「ナニ娘が見えぬ?」

 襖の処で乳母や番頭がオロオロ顔である。

 床を背にして上段に控えた雲霧主膳がせせら笑って居る。

 源兵衛が「早速探して来い」と云う。


○=源兵衛宅表

 番頭の長吉や手代が提灯持って娘を探しに八方へ走る。


○=奥の間の

 源兵衛と主膳。主膳が、

T「娘をこの雲霧主膳に呉れぬその時は」

 と云って、

T「此の連判状を奉行所へ差し出すぞ」

 エッと源兵衛顔色蒼白となる。

T「さすれば源兵衛貴様は打ち首」

 と言われて源兵衛愈々困り果てる。主膳尚も、

T「何しろ貴様は天下のお尋ね者」

 源兵衛「そんなに大声で」

 主膳呵々大笑する。

(F・O)


○=(F・I)なりひらの宅(夜)

 なりひらの一党の前に娘君江の涙話。

T「十年前に父が密貿易をやって居りました。その時の」

 聞く一同。

T「その時の一味の連判状を何処で手に入れたか」

 と言う。聞いたなりひらが怒った。

 お小夜もむかついたらしい。君江に、

T「心配せずに家へお帰り」

 なりひらも、

T「俺達が引受けた以上悪い様にはせぬ」

 と言って半次に娘を送って行くように言う。左膳が身共が送って進ぜると妙に親切である。

 後でお小夜がなりひらに、

T「雲霧主膳ッて何んな野郎か」

 と言って、

T「明日妾が小当りに当ってみらァね」

 と言う。

(F・O)


○=(F・I)夜の街

 君江を送る左膳ニヤニヤ笑って居る。

 向うから番頭の長七や手代がやって来た。

 長七が君江を見て喜んで走り寄る。

 君江も、

T「長七さん」

 と嬉しそうに抱き付いて泣き伏す。

 「えッ」と左膳ボンヤリしている。

 手代や長七のお礼の言葉も上の空。

(F・O)


○=(F・I)通り

 主膳と一味の浪人者数名とがブラブラやって来た。

 反対の方向からブラリブラリとお小夜。両方ですれ違った時、主膳お小夜の手をグッと掴む。

 しまったッ、お小夜の手は主膳の紙入れを掴んで居る。

 物陰でましらの半次が気が気で無い。

(F・O)


○=(F・I)ある料亭の二階

 主膳等とお小夜。主膳がお小夜に一杯呑めと盃をさし、

T「其方を番所へ引ッ立てるとは申さん」

 と言って、

T「其処は魚心あれば何とやら」

 と言って、

T「身共の一味に加わらぬか?」

 お小夜がせせら笑って、

T「御冗談でしょう」

 なにッと主膳、

T「如何にもあたしァおさらばお小夜ッてしがねえ巾着切サ」

 と言って、

T「連判状とか何とか言う」

 と言われて主膳ナニッと顔色変えた。

 お小夜シャアシャアとして続ける。

T「どうせ紙屑屋から掻ッ払ったボロ紙一枚で」

 と愈々辛らつだ。

T「堅気の娘さんを口説くような」

 で主膳烈火の如く怒った。お小夜尚も、

T「けちな野郎達たァ交際い度かあ御座んせん」

 ウヌッと抜き討ちに斬って来る主膳の刃をヒラリとかわしてお小夜、窓から屋根へ||

 屋根から木を伝って板塀を跳び下りて大地へつッ立った。

 呆気にとられた二階の主膳等。下からお小夜が、

T「おさらばで御座んす」

 と言って立ち去った。


○=町角

 半次が待って居る。お小夜がやって来た。お待ちどうと二人揃って帰ろうとする。オヤッと半次驚いて立ちどまる。

 前方から目明しふんぞり七兵衛がふんぞり返って急ぎ足に来る。やりすごした二人。七兵衛の後姿見送って、

T「七兵衛の野郎相変らずふんぞり返って居りますね」

 と半次が言う。

(F・O)


○=(F・I)奉行笠原左衛門の宅(内部)

 左衛門と七兵衛と対座する。左衛門が「其処でじゃ」

T「十年前に身共もその密貿易の一味に加って居た」

 なる程と七兵衛。左衛門が、

T「その連判状が老中の手に入らば」

 と声を落して、

T「身共は切腹モンじゃ」

 其処で喃七兵衛、

T「何とかしてその連判状を雲霧の手から奪い取って貰い度い」

 と頼む。七兵衛考えに沈む。其処へ近侍が襖を開いて、

T「雲霧主膳と仰しゃる方が」

 で左衛門と七兵衛顔見合わせた。

(F・O)


○=(F・I)なりひらの宅

 お小夜がなりひらに、

T「さんざんサ」

 とベソを掻く。なりひらが、

 仕様が無えなと言って立ち上った。

(F・O)


○=(F・I)左衛門の宅

 七兵衛が襖の外で聞き耳立てる。

 中では、主膳と左衛門。主膳が、

T「連判状を老中へ差し出すなぞ、野暮は申さぬ」

 と言って、

T「その代り」

 と詰め寄る。何事かと左衛門心配そうである。

 主膳が、

T「同じ一味の但馬屋源兵衛を召し捕って戴き度い」

 と言う。エッと左衛門考えた。

(F・O)


○=(F・I)雲霧の門前

 先刻からさんぴん山左と二ツ目左膳が、ブラブラしている。

 若い娘ッ子が通ると相変らず、

 左膳の奴が、

T「君江さん」

 と呼んでるが駄目である。

 其処へ主膳が帰って来た。

 二人素早く去る。

 主膳門内に入る。

 後を追って来たふんぞり七兵衛が門内を窺う。


○=主膳の邸内

 なりひら小僧が座敷の中を引ッ掻き廻して連判状を探して居る。

 其処へ主膳が戻って来た。

 驚いて、

T「何だ貴様は?」

 と言う。なりひらニヤッと笑って、先ず先ずと其処へ坐り込む。坐り込んで手を打つ。

 侍が現れた。

 主膳が茶を持てと言う。

 心得て侍去る。

 なりひらが主膳に、

T「先日はお小夜さんが御世話になりまして」

 と頭を下げる。イヤーと主膳、拙者こそと云う。

 其処へ近侍が茶を持って来た。

 主膳、近侍を呼び止めて、

T「門前にふんぞり七兵衛と申す御用聞がうろうろ致して居る」

 と言ってなりひらの方をジロリと睨んで、

T「その七兵衛に斯う申せ」

 と言って、

T「お尋ね者のなりひら小僧が拙宅に忍び込んだ」

 えッ、となりひら油断なく大刀を掴む。主膳尚も近侍に、

T「早速御手配なされとな」

 近侍心得て去ろうとする。

 なりひらが呼びとめた。

T「無用で御座ろう」

 何故と主膳。

 せせら笑って、なりひらが、

T「その七兵衛今頃は拙者の相棒の為」

 エッ、と主膳。


○=門前

 左膳と山左が七兵衛の手と足を持って一、二、三で側の小川へボチャンと投げ込んだ。


○=内部

 主膳チエッと舌打ちする。

 なりひら立ち上って、

T「近え中に又来るぜ」

 とほくそ笑み乍ら庭へ去る。

 見送って無念がる主膳。

(F・O)


○=但馬屋の店先||翌る朝

 役人が主人源兵衛を引ッ立てて出て行く。後追って半狂乱の君江と長七が出て来る。

 其処へ一丁の乗物が着く。

 侍二人付き添って甲の侍が君江に、

T「雲霧主膳様からのお迎えで御座る」

 ヘッと長七と君江顔見合せた。

 君江が悲痛な顔。

T「あたし行きます」

 と決然として言ってのけた。そんな事と長七。

 君江は侍に「少し待って下さい」と言って家の中へ入る。

 此の様子を物陰で見たお小夜と半次。


 ○=内部

 泣きの涙で化粧する君江。

(F・O)


 ○=(F・I)なりひらの宅

 床の中から首だけ出したなりひら小僧にお小夜と半次が今の事を話す。

 よしッ、と決心したなりひら、

 山左、左膳を枕元に呼び、

 五人が鳩首、相談を開く。

(F・O)


○=(F・I)通り 四ツ角

 例の乗物が行く。側に乙の侍が付き添って行く。なりひら小僧単身そッとその後を追う。とその後から普通の駕籠に甲の侍が付き添って来る。

 乙の乗物を追うなりひらの後姿をせせら笑って別の方へ去る。

 駕籠の中には君江が乗っている。

(F・O)


○=(F・I)淋しい処

 ふんぞり七兵衛の指揮する一隊がひそんで居る其処へ例の乗物と侍乙、更にそれを追うなりひらが近付く。

(F・O)


○=(F・I)主膳の宅(内部)

 左膳と山左が縁の下へ火を付けて廻る。

T「火事だァ※(感嘆符二つ、1-8-75)

 と叫んで二人は庭に隠れる。侍共が出て来て大騒ぎである。

 中の一人が驚いて床の間の文箱を抱えて走り去る。

 火煙、猛々。


○=門前

 文箱持って走り出た侍。

 続いて山左と左膳が後を追う。


○=附近

 お小夜と半次がその侍の前方に立ちふさがり、遂に四人でその侍を叩き伏せ文箱を奪う。

 半次中を調べると、

 三四郎さままいる、とした色文が十五六通。半次呆れて、

T「なーんでえ女郎の色文だ」

 で一同もげっそりした。侍は急ぎ散らかされた文を箱に入れて一目散に逃げ去る。

 一同大笑いだ。

(F・O)


○=(F・I)森の中

 駕籠の中の君江が怖ろしさに震えている。

 主膳と侍甲が側で口説いている。主膳が、

T「父源兵衛を生かすも殺すも」

 と言って、

T「そなたの心次第じゃ」

 君江の困惑した顔、主膳が、

T「なりひら小僧が救って呉れるとでも思って居るのか?」

 と言って薄気味の悪い笑を浮べて、

T「虫が好すぎるぞ君江」

 エッ、と君江の不安な顔。主膳が、

T「なりひら小僧奴今頃は」

 と言った時、

T「今頃は雲霧主膳の後ろに居る」

 えッ、と振り返る主膳と侍。

 木陰に短銃を手にしたなりひらが立って居た。

T「木ッ葉役人の二十三十束にして」

 とづかづか近寄り乍ら、

T「なりひら小僧を召し捕るたァ」

 と言って、

T「虫が好すぎるぜ大将」

 で主膳グーの音も出ない。


○=元の処

 侍の乙と乗物が倒れている。

 七兵衛初め捕方連が長うなって倒れて居る。


○=元の森

 なりひらは主膳に短銃を突き付けて、

T「連判状を出せッ※(感嘆符二つ、1-8-75)

 と迫る。主膳仕方なく懐中から問題の連判状を出す。受け取ってニッコリ笑ったなりひら小僧。

(F・O)


○=(F・I)左衛門宅の大広間

 なりひら小僧が中央に座している。

 隣室の襖を開いて左衛門と七兵衛が覗く。

 七兵衛が云う、

T「確かになりひら小僧」

 よしッ、と左衛門、

T「連判状を受け取った上で召し取って了え」

 と、云う。

 広間になりひら悠々と坐している。

(F・O)


○=(F・I)牢獄

 源兵衛がいる。


○=街

 山左、左膳にお小夜と半次それに長七と君江が急ぐ。

(F・O)


○=(F・I)左衛門宅大広間の次の室には

 ふんぞり七兵衛の率いる捕方が合図如何と待ちかまえる。

 広間では、

 なりひらと対座した左衛門。なりひら連判状を出して、

T「この連判状に笠原左衛門とあるは確かにッ」

 左衛門慌てて止めた。

 「いやいや皆まで申されるな」

 「では」となりひらが、

T「この連判状は貴殿に進呈致すその代り」

 と言って、

T「但馬屋源兵衛を早速放免して戴きたい」

 「よろしゅう御座る」と左衛門、

 「では」となりひら連判状を其処へ置く。

 左衛門素早く連判状を取って懐ろにする。

 何をなさるとなりひら一寸驚く。

 左衛門が右手を上げると、

 襖を開いて数十の捕方。

 七兵衛が、

T「なりひら小僧御用だ※(感嘆符二つ、1-8-75)

 せせら笑ったなりひらが、

T「そう来るだろうと思ったよ」

 左衛門の命に捕方がじりじり迫る。

 なりひらが左衛門に、

T「今の連判状もう一度御覧なせえ」

 ナニッ、と左衛門あわてて連判状を出して開いて見る。半分で切れている。

T「これは半分ッ※(感嘆符二つ、1-8-75)

 と驚く左衛門。

 なりひらが、

T「そうよ半分だ」

 おいッ大将、

T「しかもかんじんかなめのお前さんの名前の処が無えんだよ」

 アッ、と驚く左衛門。

 なりひらどんと居座った。

T「それじゃ糞の役にも立つめえ」

 さー左衛門驚いた。

 七兵衛も調子抜けがした。

 左衛門が、

T「後の半分は?」

 なりひらが、

T「その半分は俺の相棒に渡してな」

 と言って、

T「俺ァ八ッ時迄には帰るつもりだが」

 と尚も、

T「若し万一帰れ無かったその時は」

T「その連判状を老中へ差し出せと」

 えッ、とおどろく左衛門顔色なし。

 なりひらが、

T「俺ァくれぐれも言って置いたよ」

 左衛門驚いた。

T「八ッ時までに帰らぬその時は」

 そうだとなりひらニコニコ顔。

 左衛門、

T「やがて八ッどき」

 グズグズしては居られん。

T「少しも早くお帰り下され」

 と頼むのを、

 冷笑浮べてなりひら、

T「ところで」

 俺も、

 えッ、と左衛門。

 なりひら悠々と、

T「ちッとやそっとじゃ帰れねえ」

 やれやれと左衛門閉口した。


○=牢屋敷門前

 一同が到着した。


○=元の広間で

 左衛門となりひら小僧。

 左衛門赦免状を書くとなりひらに渡す。

 なりひらが、

T「これを早馬で牢屋敷へ届けて戴き度いんだが」

 よろしゅう御座ると左衛門。

 これこれ早く致せと叱りとばし、さて、

T「では早速お帰り下さりますよう」

 なりひらが中々動かない。

T「腹が減りやした。飯が食いてえな」

 よろしゅう御座ると左衛門。


○=街

 馬が走る。


○=広間

 飯を食っているなりひら小僧。

 傍でハラハラしている左衛門。


○=走る馬

 カットバック、若干。


○=遂に牢屋敷の表

 馬が駈け込む。

 門前で待っていた君江達大喜び。


○=広間では

 なりひらが悠々立ち上る。

 あいや、と左衛門。

T「必ず残りの半分は?」

 なりひらが、

T「くでえなあ」

 と言って、

T「なりひら小僧は江戸ッ児だよ」

T「江戸ッ児って奴ァ昔から」

 と尚、

T「近頃のチャンコロ見てえな」

 と言って、

T「二枚の舌使わねえから安心しな」

 と大笑いだ。

(F・O)


○=(F・I)街

 覆面の諸士二十名ばかり、

 雲霧主膳を中心にひそひそ話。

 それッとばかり八方に散る。


○=道

 徳兵衛親子と別れてなりひら達五名が帰って来る。さんぴん山左が立ち止って、

T「一寸彼女ん処へ行って来る」

 と言って立ち去る。

 左膳チエッと舌打する。

 四人でブラブラ歩き出すと、

 物凄い美人とすれ違った。

 アレレ、と左膳。

 一同より少し遅れてそッと呼び掛ける。

T「君江さん」

 ヘッ、とその女が振り返る。

 アレッ、と左膳愈々驚く。

 その君江さん変な顔して去って行く。

 左膳喜んだ。

 なりひら達に、

T「一寸彼女ん処へ行って来る」

 ヘッ、と三人顔見合せた。

 左膳ニヤニヤ笑い乍ら去る。


○=道

 君江さんが行く。

 後から左膳。


○=ある家の表

 君江さんその中へ入った。

 追って来た左膳。

 入るか入るまいかと考えた。

 と、二階の障子が開いて、

 恋し懐かし君江さんの姿。

 左膳思わず、

T「君江さん」

 と呼ぶ。

 呼ばれて君江「けったいな奴」と言った。

 その君江の側へ「なんだ」ニューと首を出した男がなんとさんぴん山左。

 アレと左膳。

 山左、君江の肩へ手を掛けた。

T「左膳俺の彼女を紹介する」

 で左膳ダーとなる。


○=道 四ツ角

 なりひらとお小夜、半次やって来た。

 その前方に覆面の二十名が伏せる。


○=街角で

 お小夜がこっちから行きましょう。

 なりひらがいやこっちから行こう。

 ではとお小夜、

T「あたしはこの道から」

 なりひらが、

T「俺はこっちから」

 半次が、

T「何っちが早いか馳けっくら」

 で、なりひらとお小夜がスタートに付く。

 半次がヨーイ・ドンと手を叩くと、

 二人別々の道から走り出す。

 なりひらの行手に覆面が跳び出す。

 立ち廻り乍ら走るなりひら。


○=別の道

 走るお小夜、後から半次。

 カットバック、若干。


○=四ツ角

 主膳初め二十名を斬り捨てたなりひらと、

 別の道のお小夜。同時に決勝点へ着く。

 二人仲よく歩き出す。

 一足おくれた半次。フト背後を見る。

 大ぜいの死体。アレッと驚く。

 なりひらとお小夜たのしく帰って行く。

(F・O)






底本:「山中貞雄作品集 全一巻」実業之日本社

   1998(平成10)年10月28日初版発行

底本の親本:「山中貞雄シナリオ集」竹村書房

   1940(昭和15)年発行

※冒頭のキャスト、スタッフ一覧は、ページの右下に二段組みで組まれています。

※「F・I」はフェード・イン、「F・O」はフェード・アウト、「T」はテロップ/タイトル(字幕)です。

入力:平川哲生

校正:門田裕志

2012年9月25日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。





●表記について



●図書カード