戻る

恋しき最後の丘

漢那浪笛





うらかき頃の、悲しきあこがれ·········

草葉の息ふきかへす甘き香り、

うるはしき花の笑ひもながめて過ぎぬ、

木の間にさへずる、鳥の歌をきゝ、

悲しみはを閉ぢて、暫時しばしやすらひもせし、

されど、とく新らしき悲しみに転りぬ、

何をもて、この闇を照さむ、

空を仰げばおそろし·········

いざさらば、独り琉球節の一曲ひとぶしを、

口笛にふるわせ、

うらやすき墓場のほとりにさ迷はむ、

そは音なき響きを(聞)かんとや·········



わが思ふひとのありやなしや、

まよはしきかな、

夕暮の窓にもたれて、蒼白き息ふくわれも、

またありやなしや、

あなうたがはし、

蚊のなく声を、君が悲しき唄とやきかむ、

かぜの木の葉にすがる、たはふれを、

君が、びんのほつれもやきかむ、

淋しきゆうべの鏡もきこゆ、||

森の彼方かなた、君住む墓のほとりにやはあらむ、

今なり! われは独りさ迷ひゆかむ·········

夕べの鐘をしたひて、

その音に耳を沈めて。



なつかしい丘の上、

棕梠の若葉のそよぎ、小鳥の歌、

傾むきつくす夕陽ゆうひも、

見る/\最後の接吻きつすをのこして、


深い/\海の彼方へ去らうとする、

なつかしい丘の上に、Kの君を待つ心よ!

夢を語るやうな暮の風に顫へる、

葉づれの音に眼がくるへば、

西へ東に、足が動きだす·········

夫れと思ふ俤が、更に眼にとまらぬ、

胸を抱いて、深い悲しみに沈む、

林の間に、夜の色が浮び出した·········

黒ろい恐ろしい影は、

私のたましいを圧しはじめる、

もう是れが私の、Kの君に対する最後だ!






底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会

   1991(平成3)年6月6日第1刷

初出:「琉球新報」

   1911(明治44)年11月12日

※底本では、見出しの上に二行どりの横罫が置かれています。

入力:坂本真一

校正:良本典代

2017年6月25日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。





●表記について



●図書カード