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十二ヶ月

竹内浩三




一月||

凍てた空気に灯がついた

電線が口笛を吹いて

紙くずが舞上った

木の葉が鳴った

スチュウがノドを流れた


二月||

丸い大きな灰色の屋根

真白い平な地面

つけっぱなしのラムプが

低うく地に落ちて

白が灰色に変った


三月||

灰色はコバルトに変り

白は茶色に変った

手を開けたら

汗のにおいが少しした


四月||

ごらん

おたまじゃくしを

白い雲を

そして若い緑を


五月||

太陽がクルッと転った

アルコホルが蒸発して

ひばりが落ちた

虫が少し蠢いてみて

また地にもぐりこんで

にやりとした


六月||

少年が丘を登って

苺を見つけて

それを口へ入れ

なみだぐんだ


七月||

海が白い歯を見せ

女が胸のふくらみを現す

入道雲が怒りを示せば

男はそっと手をさしのべる

ボートがゆれた


八月||

ウエハースがべとついて

クリームが溶けはじめた

その香をしたった蟻が

畳の間におちこんで

蟻の世界に椿事が起り

蝉が松でジーッとないた


九月||

石を投げれば

ボアーンと響きそうな

円い月が

だまって ひとりで

電信柱の変圧器に

ひっかかっていた


十月||

ゲラゲラ笑っていた男が

白い歯を収め 笑いを止めて

ひたいにシワをよせ

何事か想い始めた

炭だわらの陰でコオロギが鳴いた


十一月||

空は高かった

そして青かった

しかし 俺はさみしかった


十二月||

ラムプがじーと鳴って

灯油の終りを告げた

こがらしが戸をならして

「来年」のしのびやかな

足音も聞えた






底本:「竹内浩三全作品集 日本が見えない 全1巻」藤原書店

   2001(平成13)年11月30日初版第1刷発行

   2002(平成14)年8月30日初版第5刷発行

入力:坂本真一

校正:雪森

2014年7月19日作成

青空文庫作成ファイル:

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