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明るすぎる月

仲村渠




||悪いことがなければよいが


電柱のとつさき、工夫が云ふ

ふん 今夜は誰も苦情は云ふまいて。十分そこらの停電はな。


窓ぎは。若い薬剤師が云ふ

やあ! まるで砂でも調合してるやうだよ。

この匙でね。


夜店。植木屋が云ふ

瓦斯を消しちまひな。もつたいない、そのかはり水をうんとやつておゝき。


解剖室。死体が云ふ

あんちきしよ 窓のカアテン引いとくのを忘れやがつて。

くそ! おれは明るいと風邪をひく。


製図室。半分出来た製図が云ふ

おいおいみんな 今夜はうちの主人をおどかしてやらうぞ。ちびの主人が帰つて来ぬうちにさあ。一二三!真白くなつておかうぞ。


温室。こまちやくれた花が云ふ

あたい今晩だけは夜露に打たれてみたいと思ふわ。


鏡屋。いつぱい並んだ鏡が云ふ

けッ! 鏡鏡鏡鏡鏡どうしの睨めッこか。


ああ 娘の頬ぺた。紅い椿が食べたいよ。


活動写真館。映写幕スクリーンが云ふ

見物ひとり居ないのに 横ッ腹の窓から映つたりしやがつて。

それにちつとも面白くないやい!


洋服屋の飾窓。臘人形が云ふ

あらあらあら。あたいの躯がこんなに透いちやつて。

まあ花入り硝子!あたいの心臓。


玩具屋のガラス棚。ゴム人形が云ふ

僕嫌だい。空気なんか詰められるのはもう嫌だい。

よう お日さまの光が吸ひたいよう。


自動車陳列窓。青塗りのフオードが云ふ

諸君つくづく俺は後悔するんである。一匹の黄金虫に生れなかつたことを。空を翔べなくともだ、ああ今夜の街上に逃げられたら!


ガソリン供給箱ボツクス。赤い喞筒が云ふ

あああああ

ガソリンは倦いたぞ倦いたぞ。


硝子製造所の高窓。長い硝子管が云ふ

チリリーン おお 月の光が身に沁むて。起きろい! フラスコ カツプ 花瓶も起きろ。

チアリリーン 月に浮かれて躍らうよ。


僕。ちつぽけなそいつが云ふ

いやだい はづかしい。

よせよ よせよ 恥しいつたら!

あッさうかい。そこで僕がお月さまから電柱を盾に取つて失敬したら、をつとこさ元気のよい噴水。






底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会

   1991(平成3)年6月6日第1刷

入力:坂本真一

校正:良本典代

2017年3月11日作成

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