われ非情の大河を下り行くほどに
曳舟の綱手のさそひいつか無し。
色鮮やかにゑどりたる
われいかでかかる船員に心殘あらむ、
ゆけ、フラマンの小麥船、イギリスの綿船よ、
かの乘組の去りしより騷擾はたと止みければ、
大河はわれを思ひのままに下り行かしむ。
荒潮の
冬さながらの吾心、幼兒の腦よりなほ鈍く、
水のまにまに
かかる劇しき混沌に擾れしことや無かりけむ。
颶風はここにわが漂浪の目醒に祝別す、
身はコルクの栓よりも輕く波に跳りて、
永久にその
うきねの
酸き林檎の果を小兒等の吸ふよりも柔かく、
さみどりの水はわが松板の船に浸み透りて、
青みたる葡萄酒のしみを、吐瀉物のいろいろを
わが身より洗ひ、舵もうせぬ、錨もうせぬ。
これよりぞわれは星をちりばめ乳色にひたる
おほわたつみのうたに浴しつつ、
緑のそらいろを
物思はしげなる水死者の、愁然として下り行く。
また忽然として青海の色をかき亂し、
日のきらめきの其下に、もの狂ほしくはたゆるく、
つよき酒精にいやまさり、大きさ琴に歌ひえぬ
愛執のいと苦き
われは知る、霹靂に碎くる天を、龍卷を、
白鳩のむれ立つ如き曙の色も知るなり。
人のえ知らぬ不思議をも
神祕のおそれにくもる入日のかげ、
紫色の凝結にたなびきてかがよふも見たり。
古代の劇の
波のうねりの一列がをちにひれふるかしこさよ。
夜天の色の
靜かに流れ、眼にのぼるくちづけをさへゆめみたり。
世にためしなき靈液は大地にめぐりただよひて
歌ふが如き不知火の青に黄いろにめざむるを。
幾月もいくつきもヒステリの牛小舍に似たる
怒濤が暗礁に突撃するを見たり、
おろかや波はマリヤのまばゆきみあしの
いきだはしき大洋の口を
君見ずや、世にふしぎなるフロリダ州、
花には豹の眼のひかり、人のはだには
手綱のごとく張りつめし虹あざやかに染みたるを、
また水天の間には海緑色のもののむれ。
海上の沸きたちかへる底見ればひろき
海草の足にからみて腐爛するレ

をちかたの海はふち瀬に瀧となる。
氷河、銀色の太陽、眞珠の波、炭火の空、
鳶色の入江の底にものすごき破船のあとよ、
そこには蟲にくはれたるうはばみのあり、
黒き香に、よぢくねりたる木の枝よりころがり落つ。
をさなごに見せまほし、青波にうかびゐる
鯛の
花と散る波のしぶきは漂流を祝ひ、
えも言へぬ風、時々に、われをあふれり。
時としては地極と地帶の旅にあきたる殉教者、
吐息をついてわが漂浪を樂しくしながら、
海は、われに黄色の吸盤をもてる影の花をうかぶ、
その時われは跪く女のごとくなり。
半島のわが
亞麻いろの眼をしたる怪鳥の爭、怪鳥の糞、
かくて波のまにまに浮き行く時、わが細綱をよこぎりて、
水死の人はのけざまに眠にくだる······
入江の底の
あらし颶風によつて鳥もゐぬ空に投げられ、
水に醉ひたるわがむくろ、いかでひろはむ。
思ひのままに、煙ふきて、むらさき色の霧立てて、
天をもとほすわが舟よ、空の赤きは壁のごと、
詩人先生にはあつらへの名句とも
太陽の
エレキの光る星をあび、黒き海馬の護衞にて、
くるひただよふ板小舟、それ七月は
杖ふりて燃ゆる漏斗のかたちせる
瑠璃いろの天をこぼつころ。
五十里のあなた、うめき泣く
河馬と鳴門の渦の
嗚呼、青き不動を永久に紡ぐもの、
昔ながらの壁にゐる歐羅巴こそかなしけれ。
星てる群島、島々、その狂ほしく美はしき
空はただよふもののためにひらかる、
そもこの
紫摩金鳥の幾百萬、ああ當來の
しかはあれども、われはあまりに哭きたり。あけぼのはなやまし、
月かげはすべていとはし、日はすべてにがし、
切なる戀に醉ひしれてわれは泣くなり、
龍骨よ、千々に碎けよ、われは海に死なむ。
もしわれ歐羅巴の水を望むとすれば、
そは冷やかに黒き沼なり、かぐはしき夕まぐれ、
うれひに沈むをさな兒が、腹つくばひてその上に
五月の蝶にさながらの笹舟を流す。
ああ波よ、一たび汝れが倦怠にうかんでは
綿船の
旗と炎の驕慢を妨げもならず、
また