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錬金道士

L'ALCHIMISTE

ルイ・ベルトラン Louis Bertrand

上田敏訳




吾徒の術を修する法二あり。一は師に就いて口より口へ授かり、はたまた悟徹と示現とによつて過を知らんとす。また一の法は斯道の書を讀むにあれど、その文難解にしてすこぶ晦澁くわいじふなれば、人もしここに理と眞とを求めんとすれば、其心まづ精緻にして根氣よく勤勉にして且つ細心ならざるからず。

ピエロ・※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)コ「哲學奧義解」


 まだいかぬ||而もわが身は三日三晩のその間、燈火の薄暗い光のもとにライムンド・ルルリの祕法書を繙いてゐた。


 どうもいかぬ、唯ちらちらする蘭引のたぎる音につれて、火蛇ひへびの精の嘲笑せゝらわらひが聞えるばかり。彼はわが冥想を亂さうとして戯弄するのか。


 或時は彼、わが鬚の中に爆發物を仕掛け、また或時は其おほゆみよりして、わが上衣の上に火矢ひやを放つ。


 また彼が其武具ものゝぐを磨き立ててゐる時は、爐の下の灰が、呪文書の紙の上、机に載せた墨汁の中に吹きつけて來る。


 その時蘭引はいよいよ、ちらついてきて、たぎうそぶく其聲は、聖エロイ樣の火箸で鼻をつままれた鬼の泣聲によく似てゐる。


 然しまだいかぬ||そしてわが身はもう三日三晩のその間、燈火の薄暗い光のもとにライムンド・ルルリの祕法書を繙いてゐよう。






底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店

   1962(昭和37)年12月16日第1刷発行

   2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行

初出:「アルス 二号」

   1915(大正4)年5月

入力:川山隆

校正:岡村和彦

2012年11月2日作成

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