わが知己に一人の僧ありき
||世を
遁れ、行ひすましぬ。ひたぶるに、祈祷を淨樂として、一念これに醉ひぐれたれば、精舍のつめたき床にたちても、膝より下の、ふくだみて、全身、石柱をあざむくに至るまで、ひるまざりき。すべてのおぼえ、うせぬるまでも、そこに佇みて祈り念じぬ。
この人の心、われよく識りぬ。こゝろ
妬たくさへおもほゆ。彼また吾を
解したれば、おのれが
悦にえとゞかねばとて、卑しみ果つることつゆなかりき。
この人は、憎むべき『
我』をほろぼしつ。しかはあれど、吾の祈りえざるは、あながちに、
唯我のたかぶりあるのみにあらじよ。
わがもてる『
我』は、この人のもてる『我』よりも、更に重くして、更に憎々しかるなり。
おのれを
忘ずる術、かれ、既にみいだしぬ。われもまた、いつも/\といふにあらねど、『我』を脱離する法を悟れり。
彼は、矯飾の徒にあらず、われまたさにあらじかし。