「歌」よ、ねがふは「愛」の神さがし求めて
かの君の前に伴ひ歌はなむ。
「歌」はわが身の言別を、
主はかの君を
恐無く
正眼に見つゝ語りなむ。
禮には
篤き「歌」なれば、よしそれ
唯の
ひとりにて、
げに
往きぬとも、恐るべき事は無けねど、
安かれと、心
知ひに伴ふや
「愛」の神
それ
後見と傍らにあるこそよけれ、
かの君が「歌」の言の葉きゝ給ふ
その時なほも
憤解けもやらぬを
介添の「愛」の
執成無かりせば、
忽ちにして
侮蔑の恥目あらむと。
「歌」よ、
調も美しく「愛」に伴ひ
告げよかし、
まづ
憐愍を、かの君に乞ひ得たるのち
『わが君よ、われを送りしかの人の
いひけらく、
この
言開ねがはくば聞き給ひねと。
見よ「愛」は色よき君が力にて
思ふがままに、かの人の色を
變らせ、
またよその
淑女をこそ思はすれ、
思の底の眞心はつひに動かじ』。
また歌へかし『わが君よ、かれが心は
信かたく
君に仕ふるそのほかに二心無し、
夙よりぞ君に
歸しぬ』と。かくてなほ
疑はゞ
重ねて歌へ『「愛」にこそ
質し給へ』と。
終りには、いとしとやかに奏すべし
『このわが
願つひにしもかなふことなくば
よしむしろかれが命を絶ち給へ、
君に仕ふるかれが身はゆめ背かじ』と。
立去る前に憐愍の
鑰とも仰ぐ
「愛」をよび
わが思ふことつばらかに述べよと乞ひて
『この「歌」の
調の報いえさせむと
かの君の
かたへにとまり、ねもごろに
言別給ひ
かくて
其願とどかば、かの君の
顏容いとも麗はしき樣を示せ』と。
貴なるや、なれ、わが「歌」よ、心あらば
かくも歌ひて、とこしへの
譽をあげよ。
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