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きその日は

ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri

上田敏訳




きその日はおもひむすぼれ、とぼとぼと

馬を進むるき旅路、これも旅かや

まのあたり、みちのもなかに「愛」の神、

巡禮姿、しほたれて、衣手ころもてかろし。


うれはしきそのかんばせは、さながらに、

くらゐはがれしやらはれのやつれ姿か、

憂愁いうしうおもひにくれて吐息がち、

人目ひとめを避けて、うなだるゝあはれの君よ。


ふとしもわれを見給ひて呼び給ふやう、

『われは、今、かの遠里とほざとをはなれ來ぬ。

さきにはそこになれが身のしんざうをぞ


置きたれど、あらたよろこび得させむと

持ちきたりぬ』とのたまひつ、たちまちわれに

きたまひ、消え失せたるぞ不思議なる。






底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店

   1962(昭和37)年12月16日第1刷発行

   2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行

初出:「家庭文芸 創刊号」

   1907(明治40)年1月

入力:川山隆

校正:成宮佐知子

2012年10月12日作成

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