戻る

忌々しき「死」の大君は

ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri

上田敏訳




忌々ゆゝしき「死」の大君おほぎみは慈悲のあだなり、

昔よりかなしみの母、

かたくなに、言向ことむけがたきつかさかな。

われも心に「憂愁いうしう」のたねかれぬ、

いざさらばうれひてまじ

このしたの君さいなみにみぬとも。


われ今ここに君が身をつゆばかりだに

慈悲無しと思ふものから、

まがごとの大凶事おほまがごとと、君が罪

ならして責めむ。世の人も知らぬにはあらず、

しかすがになほいきどほり、

けふよりぞ「愛」のめぐみ歸依きえすべき。


いとうつくしき禮讓れいじやうはこのちりの世を捨てたるか。

をみな心のうるはしき徳性さへもうせにしか。

わかきいのちのまさかりに、

「愛」の色香いろかこぼちたる憎き「死」の神。


この淑女いらつめたれなるを、ここに語るははゞかれど、

そが本性ほんしやうの氣高きを述べたればこそ人知らめ。

後世ごせさいはひ得べき身ぞ

あま御空みそらに此君をあふぎ見すらむ。






底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店

   1962(昭和37)年12月16日第1刷発行

   2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行

初出:「家庭文芸 創刊号」

   1907(明治40)年1月

入力:川山隆

校正:成宮佐知子

2012年10月12日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。





●表記について



●図書カード