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原始林の縁辺に於ける探険者

une ode

富永太郎




※(ローマ数字1、1-13-21)


を知らぬ原始林の

幾日幾夜の旅の間

わたくし 熟練な未知境の探険者は

たゞふかぶかと頭上に生ひ伏した闊葉の

思ひつめた吐息を聴いたのみだ。

たゞあなうらに踏む湿潤な苔類の

ひたむきな情慾を感じたのみだ。


※(ローマ数字2、1-13-22)


まことに原始林は

光なき黄金の水蒸気に氾濫し

夏の日の大いなる堆肥の内部さながらに

エネルギーの無言の大饗宴であつた。

あゝ嘗て私の狂愚と慚羞とを照した太陽は

この探険の最初の日

さりげなく だが 赤々とその身を萎み

私をこの植物の大穹窿の中へと解き放つた。

その日から私に与へられたのは

獣類の眠りのやうな漆黒の忘却であつた······

それを思へば

今もなほ あゝ 喜びに身が慄ふ!


※(ローマ数字3、1-13-23)


毛並さはやかな仔豹のやうに しづしづと

また軽捷に

私は怪奇な木賊族の夢を貪婪に掻き分けた||

何ものの悪意も知らず 怖れもなくて

強靱な植物らの絶え間なく発汗する

強酒のやうな露を身に浴び

誇りかに たゞ誇りかに

鼻孔をひらき かぐろいエーテルを分けて進み行くわが身は

心楽しく闇と海とに裂傷をつくる

春の夜の無心の帆船であつた。


だが ときをりは

嘗て見た何かの外套マントオのやうな

巨大な闊葉の披針形が

月光のやうに私の心臓に射し入つてゐたこともあつたが······


※(ローマ数字4、1-13-24)


恥らひを知らぬにち々の燥宴のさなかに

ある日(呪はれた日)

私の暴戻な肉体は

大森林の暗黒の赤道を航過した!

盲ひたる 酔ひしれたる一塊の肉 私の存在は

何ごともなかつたものゝやうに

やはり得々と 弾力に満ちて

さまざまの樹幹の膚の畏怖の中を

軽々と摺り抜けて進んでは行つたが、

しかし

喩へば肉身を喰む白浪の咆吼を

砂丘のかなたに予感する旅人のやうに

心はひそやかな傷感に衝き入られ

何のためとも知らぬ身支度に

おのが外殻の硬度を験めす日もあつたのだ!


※(ローマ数字5、1-13-25)

(未完)






底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社

   1975(昭和50)年7月10日初版第1刷

   1984(昭和59)年10月1日第6刷

底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社

   1971(昭和46)年1月

入力:村松洋一

校正:川山隆

2014年3月7日作成

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