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深夜の道士

富永太郎




人語なく、月なき今宵

色ねびし窓ぎぬの吐息する

此の古城なる図書室の中央の

遠き異国の材もて組める

残忍の相ある堅き牀机に

ありし日よりの凝固せる大気の重圧に

生得しやうとくひづみ悉皆消散せる

一片の此の肉体を枯坐せしめ

勇猛ゆうみやうなくかひなき修道なれど

なほそが為に日頃捨離せる真夜中の休息を

貪りて、また貪らうとはする。


青笠に銀の台ある古いらんぷが

この陰惨の大図書室の

四周に、はた床上に高々と積みなせる

ありし世の虚しき錬金の道士、呪文の行者らの

これら怪奇の古書冊を照し出だせば

一切は錯落の影を湛へ

影は層々の影を生む。


何者の驕慢ぞ||この深夜一切倦怠の時

薄明のわだつみの泡のやうに

数夥しい侏儒のやから

おのがじゝ濃藍色の影に拠り

乱舞して湧き出でゝ

竜眼肉のたねめいたつぶらまなこをむき出だし、今

侮慢を、嘲笑を踏歌すれば

宿命の氷れる嵐

狂ほしく胸のとぼそに吹き入つて

今や、はや、肉枯れしかひなさし延べ

はかなき指頭に現象の秘奥まさぐり

まことの君に帰命せん心も失せて

難行の坐に、放心し、仮睡する······






底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社

   1975(昭和50)年7月10日初版第1刷

   1984(昭和59)年10月1日第6刷

底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社

   1971(昭和46)年1月

入力:村松洋一

校正:川山隆

2014年3月7日作成

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