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俯瞰景

富永太郎




 どぶぷちの水たまりをへらへらと泳ぐ高貴な魂がある。かれの上、梅雨晴れの輝かしい街衢の高みを過ぎ行くものは、脂粉の顔、誇りかな香りを放つ髪、新鮮な麦藁帽子、気軽に光るネクタイピン······この魂にとつて、一日も眺めるのを欠くべからざる物らの世界である。さて、かれは、これらの物象の漸層の最下底に身を落してゐる。軽装の青年紳士の、黒檀のステツキの石突いしづきと均しく位してゐる。しかも、かれは、この低みから、すべての部分がかれの上に在るあの世界をみおろすことのできる、不思議な妖術を学び得た魂である||この屈従的な魂は。






底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社

   1975(昭和50)年7月10日初版第1刷

   1984(昭和59)年10月1日第6刷

底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社

   1971(昭和46)年1月

入力:村松洋一

校正:川山隆

2014年3月20日作成

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