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無題

富永太郎




月青く人影なきこの深夜

家々の閨をかいま見つゝ

白き巷を疾くよぎる侏儒の影あり


愚かなるさまして黒々と立てる屋根の下に

臥所ふしどありて人はいぎたなく眠れり

家々はかく遠く連なりたれど

眠の罪たるを知るもの絶えてあらず


月も今宵その青き光を恥ぢず

快楽けらくを欲する人間の流す

いつはりの涙に媚ぶと見えたり


かゝる安逸の領ずるよるなれば

あらんかぎりの男女をとこをみなの肌を見んとて

魔性の侏儒は心たのしみ

おもはゆげもなく軒より軒へ

白き巷をよぎりゆくなり






底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社

   1975(昭和50)年7月10日初版第1刷

   1984(昭和59)年10月1日第6刷

底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社

   1971(昭和46)年1月

入力:村松洋一

校正:川山隆

2014年3月7日作成

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