義男さんよ
なぜそんなに考えてるの
一生懸命だね
何を読んでいるの······
ああそうか「死線を越えて」か
おもしろいかね
いえなあに借りて来て
読んでいるんですよ
此頃は歌はどうです
沢山書いているでしょう
いえなあに駄目ですよ
さっぱり此頃は
書けませんし出来ないし
わたしももうよしているし
ああそう言われた義男さんが
私と同じ局にいても
いつもおとなしく
少しも高ぶらない君が
いつもこっそり本を読んで
暇などは出さなかった
文字は殊に注意していた
自分の書くことは
どんなに美しくとも
いつもきたないって
手紙のはしに書きそえた
りりー取りの六月十一日
あれがほんとの別れの旅か
淋しくも二人一処に
写真機を持って
行って来たその日
多くは言わない義男さん
ほころびの詩集を出して
あの山の
読んで見た時の思いよ
石切山を指して
共に語りし義男さん
ああ今は亡き人
帰り路は暗かった
汽車を降りて
雨上りの灯の街の
小石路を歩んだ時
それがほんとの別れの旅か
情あるうるわしの人の
死は殊に美しい
義男さんはそうであった
通信書記補の任官になっても
一度も勤めずに
ただ遺牌の文字となり
死なれた事のかなしさよ
詩人であり歌人であり
私の親しい友であり
やさしいおとなしい人であった
佐藤義男さん
七月二十七日車の上で
終になくなられて
しまったのだ
ああ私はかなしい