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春の土へ

今野大力




早く春になったら、どんなに楽しい事だろう、日向の小高い丘に軟く暖く香高い土があらわれて、ふきとうが上衣を脱ぎ、水晶の様に澄んだ水が、小川を流れ、小魚がピチピチ泳いでいる。

そして先ず一番に「春である」事を思わせる。

一日一日暖くぽかぽかとほてって来る陽を背に受けて、私は蘇る様な歓喜に酔う。

からだに満ちて来る力が力の精がどこから来て宿るのであるかああそれはあの黒土の香りの中から新鮮な創造の春の自然から、いつか私の魂に取入れられる。そして貧しき農夫の子であった私が、生きようとする力は而も限りなき永遠への思慕の念は純真なる求道士の如くに一途精進の心に燃ゆる。

土は私の揺籃の地である、無限に拡がりゆく力の故郷である。土を見る歓び、土に生くる人々の健康を寿ぐ歓び、それは皆地上の最上の歓喜であろう。

土を信ずる人々には、何の苦悶もなく(若し農民が餓死する時私も土に還るであろう)

春が来る、そして地上の愛と憎みが再び花園の花の様に開くであろう。人も又花の如く美しく咲くを望む、私も又彼女も又それを望む人生は春秋に終る花の延長に外ならない。

おお、美しくあれ青春の男らよ、女らよ、けれど我等は呪われの子人の子、農民の子、反逆の子。

貧しく、悲しく育ちゆく魂の主。

父よ母よ(私を生める、土に還れる人々よ、白樺の疎林は輝く光に漲っている、かすめる陸地も青める大海も、真珠の様に光をふくんでいる)私の頬にも彼女の頬にも美しき青春の力を信ずる人の心が現われている。

凡ては土に還りゆく魂ぞ。

「自由であり、幸福であり、日は輝いている」世界を慕う。

春来りなば······

それは軽やかに仏蘭西フランス詩人の明るさをもて私の耳に響く。

土へ、土へ、魂のふるさとへ、土を耕す人々の胸へ、私はゆこう。

春来りなば······

······私はゆこう






底本:「今野大力作品集」新日本出版社

   1995(平成7)年6月30日初版

初出:「旭川新聞」

   1925(大正14)年2月3日

入力:坂本真一

校正:雪森

2015年3月8日作成

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