「御暇でしたら、一寸御相談したい事等御座居ますので、私の動く事についての事ですが、岩山さんともいろいろ考へたのですが、で、考へをおかし下さいませんでせうか、お待ちします、御目文字の上、」
かういふ、女からの葉書が舞ひ込んだのは、水曜日の正午であつた。私は前夜の飲過ごしでぐつたりして、少し
まづ最初、その葉書を手にとつた時、私はにつこり笑つたものだ。「チエツ、またこのまづい字か······」といふ程の意味で、それでもその文字がいかにもその女らしいことには、私は何時でも微笑むのである。
だが、読み出して、「一寸御相談したい事等」の所へゆくと、私は額に重い力を感じるのであつた。別に面倒なことを避けようといふのではない、避けたいことはいつ
「あああ」と私は、椅子から起つて、欠伸をした。「ではさてこれから行かずばなるまい。」
私は服を着、怯々しながら隣の部屋にゐる友人の弟に金を借り、||でも、この月曜からは勉強しよう、浪費しまいと、そのやうなことを偶々思つた翌々日であつてみれば、私は読みかけのシュニッツラー選集を一冊持つて出掛けるのであつた。
電車の中で、私はそれを読み出しながら、さてどんな相談したい事等あることかと、その方のことが思ひ出されるのであつた。「でも予想してみてもつまらない」、で、私は遮二無二読み始めたが、殆んど頭には這入つて来なかつた。
「そんなことをするから不可ないんだ。頭によくも這入らない時なぞ読書したりして、だからおまへのやることはみなヂグザグになつちまふんだ」。私は私にさう言ひきかせた。「でもな、なんでもがつがつやることの他には、||大体じつくりと勉強なんぞ出来る
あゝ、何時もするこれらの
ケチなこつたと云つて呉れるな、子供つぽい考へだとも云つては呉れるな、誰でもが各自持つてるおきまり
私は下高井戸駅||玉川電車の終点で車を棄てた。良いお天気で、幅二間程の、下高井戸駅通りは秋の日をうけて黄色く乾いてゐる。商店の赤地に白く染め抜いた幟は影を落としてる。此処らでの高級酒場たる酒場の中はひつそりして、客がゐないので小さな窓はみんな開放つてある。中にみえる杉の植木は、いといとしめつぽくは感じる。
「いや、俺のこの
一本飲み終つた頃、また後から一人来た、今度は先のよりは少し綺麗、デツプリ太つて自信がおありだ。先のが自分のコップを持つて来て飲んでゐたのを見るや、「あたしも」といつてコップを取りに行つた。やれやれ有難い仕合せである。
で、私が其処を出たのは、もはや夕陽がわびしく甲州街道の上に落ちゐる頃であつた。街道を折れて、少し下り坂になる道をスタコラと歩いてゆくと、街道でしてゐた豆腐屋の喇叭の音は急に聞えなくなり、道の傍の、森の葉擦の音に私は淋しくなるのであつた。左手の籔が切れる所に来ると、右手の方に養漁場がみえ、その他は一面の田で遠く神田上水源の方の森並に縁取られてゐる。此処の景色を私は好きである、坂は段々勾配を増し、酔つて夕陽に照らされてスタコラゆけば、まるで我が身か、我が身が運ぶ箱か分らず、多分今飲んだビールを運ぶ容器であるに相違なからう。
遠くに白い家と緑や赤の屋根がみえる。まるで計算尺をでも置いたやうに。
歌ふとし歌ふ歌ならみな讃歌たれ!
酔つて疲れて私の瞼はイラ痒いとは云へ、人よ