山火事焼けるな、ホウホケキヨ、
可愛いい小鹿が焼け死ぬぞ。
これは春の暮、夏のはじめの頃に、夕方かけて、赤い山火事の火の燃える箱根あたりの山を眺めて、この小田原の町の子供たちが昔歌つた童謡の一つだと申します。
昔の子供たちはかういふ風におのづと自然そのものから教はつて、うれしいにつけ悲しいにつけ、いかにも子供は子供らしく手拍子をたたいて歌つたものでした。
それが、この頃の子供たちになると、小さい時から、あまりに教訓的な、そして不自然極る大人の心で咏まれた学校唱歌や、郷土的のにほひの薄い西洋風の飜訳歌調やに圧えつけられて、本然の日本の子供としての自分たちの謡を自分たちの心からあどけなく歌ひあげるといふ事がいよいよ無くなつて来てゐるやうに思ひます。
今の子供たちはあまりに自分の欲する童謡やその他を、その学校や親たちから与へられて居りません。それは今の世の中があまりに物質的功利的であるからでもあります。
私たちの子供の頃は今から考へましても、それはなつかしい情味の深いものでした。あの頃子供であつた私たちがいかほど大人になりましても、いつまでも忘れられないのは、幼い時母親や乳母たちからきいたあの子守唄の節まはしです。
でん/″\太皷に笙の笛のあの「ねんねのお守は何処へ行た。」や、山では木のかず萱のかず、天へのぼつて星のかずの「坊やのかはいさ限りない。」や、十三七つの「お月さま」や、十五夜お月さま見て跳ねるのあの「うウさぎ兎」や、こつちの水は甘いぞ、あつちの水は
苦いぞの「赤い帽子の蛍」や、一羽の雀が云ふことにのあの「三羽の小さな雀」の謡や、思ひ出せば数かぎりもありません。
あの野山の木萱のそよぎからおのづと湧いて出たと云ふ民謡や、かうした純日本の童謡やが、次第に廃れてゆく心細さはありません。私は一方にさうしたいつまでも新らしい、而かも日本人としての純粋な郷土的民謡を復興さしたいと云ふ考を持つてゐますにつれて、おなじやうにかうした童謡をも今の無味乾燥な唱歌風のものから元の昔に還さなければならないと思つてゐます。さうしてその本然の心を失はないで、さらに新らしい今の日本の童謡をもその上に築き上げなければならないと願つてゐます。
私がかういふ心から童謡に興味を持ち出したのも随分と古い事でした。おそらく今の詩人たちの中でも私がいちばん古くから手をつけたのでないかと思ひます。それに私の曾つて公にしました抒情小曲集の「思ひ出」あたりにも随分と童謡味の勝つたものが載せられてあります。この集の中でも「曼珠沙華」の一篇はその「思ひ出」の中から抜いたのでした。外にもいろ/\ありますが、幾分子供たちに読ませるには大人びすぎるので差控えました。
「南京さん」「屋根の風見」の二篇も七八年前に作つたのです。その外は皆新らしいものです。
昨年から丁度折よく、お友だちの鈴木三重吉さんが、子供たちのためにあの芸術味の深い、純麗な雑誌「赤い鳥」を発行される事になりましたので私もその雑誌で童謡の方を受持つ事になつて、それでいよいよかねての本願に向つて私も進んでゆけるいい機会を得ました。
これらの童謡はおほかたその「赤い鳥」で公にされたものですが、今度改めて今までの分を
一まとめにして出版する事になりました。これを第一輯として、これからも次ぎ次ぎに刊行するつもりでゐます。それに私自身のものばかりでなく、いろ/\の国々の童謡をも御参考のために手をつけて訳して見たいと考へて居ります。
私の童謡はただ美しいとか上品とか云ふばかりを主にして居ますのではありません。それに多少物心のついた十三四歳以上の少年少女たちの謡ひものとしてよりも、それ以下の子供たちに読ませるもの、それには素朴な混り気のない子供の感覚といふこと、さうした
溌剌とした感覚に根ざしたあるものから、素裸な子供の心を直接にうつ、さうしたものをと心がけて居りますのです。
ほんたうの童謡は何よりわかりやすい子供の言葉で、子供の心を歌ふと同時に、大人にとつても意味の深いものでなければなりません。然し乍ら、なまじ子供の心を思想的に養はうとすると、却つて悪い結果をもたらす事が多いのです。それであくまでもその感覚から子供になつて、子供の心そのままな自由な生活の上に還つて、自然を観、人事を観なければなりません。
子供の感覚が、どんなに鋭く、新らしいか、生きてゐるかと云ふ事について、一例をあげますと、子供はあの陰鬱な灰色の空から、初めて鮮かな白い雪の粉がチラチラと降り出しでもして来ますと、それは喜び勇んで、小躍りしながら、かう歌ひます。
雪花ふるわな、
空に虫が湧くわな、
扇腰にさいて、
きりりつと舞ひましよ。
これを大人に咏ませると、「雪は鵝毛に似て飛んで散乱し。」と歌ひます。子供は空に湧く白い粉雪の一片一片を今生れたばかりの活きた羽虫の一匹一匹として喜び、大人は死んだ鵝鳥のそのむしり散らした羽毛の一片一片に譬へて観賞します。子供の感覚は活きて動き、大人の感覚はその智慧から先づ
盲にされて死んで了つてゐます。大した違ひではあるまいかと思ひます。
子供に還ることです。子供に還らなければ、何一つこの忝い大自然のいのちの流をほんたうにわかる筈はありません。
「子供は大人の父だ。」と申す事も、この心をまさしく云つたものに外なりません。私たちはいつも子供に還りたい還りたいと思ひながらも、なかなか子供になれないので残念です。
私の童謡に少しでもまだ大人くさいところがあれば、それは私がまだほんたうの子供の心に還つてゐないのです。さう思ふと、子供自身の生活からおのづと言葉になつて歌ひあげねばならぬ筈の童謡を大人の私が代つて作るなどと云ふ事も私には空おそろしいやうな気がします。然し、私たちから先づ、その子供たちのさうした歌ごころを外へ引き出してあげる事も必要だと思ひます。さういふ心で私は童謡を作つて居りますのです。
私もこれから努めます。だんだんとほんたうの子供の心に還るやうに、ほんたうの童謡をも作れるやうに。
私はいま小田原のとある山の上に木兎の家といふお伽噺の中にあるやうな幼びた小さな家を自分でこしらえて、花を育てたり野菜を栽ゑたりして住つてゐます。子供たちも随分と遊びに見えます。私はその罪のない子供たちの笑ひ声の中に交つて、いつも童謡の中の世界で子供らしく遊んでゐます。どなたでもお子さんのある方は御一緒にお遊びにいらして下さるやうに。
大正八年九月
相州小田原木兎の家にて
白秋
[#改丁][#ページの左右中央][#改丁]蜻蛉の
眼玉は
大かいな、
銀ピカ
眼玉の
碧眼玉、
円るい
円るい
眼玉、
地球儀の
眼玉、
忙しな
眼玉、
眼玉の
中に、
小人が
住んで、
千も
万も
住んで、
てんでんに
虫眼鏡で、あつちこつち
覗く。
上向いちやピカピカピカ。
下向いちやピカピカピカ。
クルクル
廻しちやピカピカピカ。
玉蜀黍に
留れば
玉蜀黍が
映る。
雁来紅に
留れば
雁来紅が
映る。
千も
万も
映る。
綺麗な、
綺麗な、
五色のパノラマ、
綺麗な。
ところへ、
子供が
飛んで
出た、
黐棹ひゆうひゆう
飛んで
出た。
さあ、
逃げ、
わあ、
逃げ、
麦稈帽子が
追つて
来た。
千も
万も
追つて
来た。
おお
怖、
ああ
怖。
ピカピカピカピカ、ピッカピカ、
クルクル、ピカピカ、ピッカピカ。
大きな、
赤い
蟹が
出て、
藺草をチヨッキリちよぎります。
藺草の
中から
火が
燃えて、
その
火が
蜻蛉に
燃えついた。
蜻蛉は
逃げても
逃げきれぬ、
唐黍畑に
逃げて
来る、
唐黍の
頭が
紅なつた。
蓼の
花に
飛んで
来る、
蓼の
花にも
火がついた。
野川の
薄に
留つた、
薄の
穂さきも
火になつた。
お
庭の
鶏頭にやすみませう、
鶏頭もいつぱい
火事になる。
助けて
下され
焼け
死ぬる、
蜻蛉は
藺草に
縋りつく。
蜻蛉の
眼玉は
円ござる、
くるくる
廻せば
山が
見え、
山の
中から
猿が
出て、
あつち
向いちや、
赤んべ、
こつち
向いちや、
赤んべ。
大枇杷、
小枇杷、
水蜜桃、
葡萄、
苺や
野菜、
お
籠に
入れて、
頭に
載せて、
かつこ、かつこ、
行けば、
薄紫の、
馬鈴薯畑の
花盛り。
あちらでもかつこう、
こちらでもかつこう、
郭公が
啼いて、
雨が
霽れて、
田舎は
涼しい
涼しいな。
かつこう、かつこう、
私もいそいそ
口笛吹いて、
足拍子とつて、
お
靴でかつこかつこ、
躍りませう。
かつこ、かつこ、かつこな、
たららら、らるら。
小母さん、
今日は、
小父さん、
今日は。
わつしよい、わつしよい、
わつしよい、わつしよい。
祭だ、
祭だ。
脊中に
花笠、
胸には
腹掛、
向う
鉢巻、そろひの
半被で、
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい、
わつしよい、わつしよい。
神輿だ、
神輿だ。
神輿のお
練だ。
山椒は
粒でも、ピリッと
辛いぞ、
これでも
勇みの
山王の
氏子だ。
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい。
真赤だ、
真赤だ、
夕焼小焼だ。
しつかり
担いだ。
明日も
天気だ。
そら、
揉め、
揉め、
揉め。
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい。
俺らの
神輿だ。
死んでも
離すな。
泣虫やすつ
飛べ。
差上げて
廻した。
揉め、
揉め、
揉め、
揉め。
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい、
わつしよい、わつしよい。
廻すぞ、
廻すぞ、
金魚屋も
逃げろ、
鬼灯屋も
逃げろ。
ぶつかつたつて
知らぬぞ。
そら
退け、
退け、
退け、
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい、
わつしよい、わつしよい、
子供の
祭だ、
祭だ、
祭だ、
提灯点けろ、
御神燈献げろ、
十五夜お
月様まんまるだ。
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい、
わつしよい、わつしよい。
あの
声何処だ、
あの
笛何だ。
あつちも
祭だ、こつちも
祭だ。
そら
揉め、
揉め、
揉め。
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい、
わつしよい、わつしよい。
祭だ、
祭だ。
山王の
祭だ、
子供の
祭だ。
お
月様紅いぞ、
御神燈も
紅いぞ。
そら
揉め、
揉め、
揉め、
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい。
わつしよい、わつしよい。
蚊の
声ぶんぶん。
ごろすけほう。
今夜はお
盆の
十六日。
お
閻魔様の
盆踊。
蛙の
音頭で
始めよか、
蛙の
小母さん
物云へぬ。
咽喉が
腫れたか、
腹痛か、
腹が
痛けりや
医者呼んで
来う、
医者は
何医者、かへろ
医者。
蚊の
声ぶんぶん。
ぱあくぱく。
空には
紅いお
月様、
小藪ぢやわんぐり
蟾蜍。
今夜のお
菜は
旨ござる。
ところへ
兎が
飛んで
来て、
もしもし、
頼みぢや、
早よお
出で、
よしよし
待たしやれ、
今直ぐぢや。
お
腹が
減つてはどもならぬ。
蚊の
声ぶんぶん。
雨しよぼしよ。
いそいで
御座れよ
間にあはぬ。
それではまゐろと、のつそのそ。
両手に
洋杖、
折鞄、
山高帽子でやつて
来たが、
踊も
済んだか
声もなし。
こいつはしまつた、
面目ない。
田圃はまつくら、
暗闇。
蚊の
声ぶんぶん。
ごろすけほう、
ごろすけほうこう、むだぼうこう。
お
山ぢや
梟が
嗤ひ
出す。
雨はざあざと
降つて
来る。
おやおやおやおや、こりやどうぢや。
目ばかりぱちくり、のろま
医者、
のろくさ、
困つて
逃げこんだ。
お
閻魔様の、そりや、
縁の
下、
縁の
下。
ほうほう
蛍、
篠蛍、
昼間は
赤い
豆頭巾、
日暮はピカピカ、
豆袴、
一のお
宮で
灯を
貰ろて、
二の
宮田圃へ
灯とぼしに、
三の
鳥居は
藪の
中、
四の
宮くぐれば
貉堀、
貉が
啼き
出しや、
雨がふる、
早よ
早よお
戻り、
夜は
凄い、
真夜中過ぎれば
帰られぬ。
ほうほう、
蛍、
篠蛍、
水神様はまだ
遠い。
鳰の
浮巣に
灯がついた、
灯がついた。
あァれは
蛍か、
星の
尾か、
それとも
蝮の
目の
光。
蛙もころころ
啼いてゐる、
啼いてゐる。
ねんねんころころ、ねんころよ。
梟もぽうぽう
啼き
出した。
母さん、
母さん、
どこへ
行た。
紅い
金魚と
遊びませう。
母さん、
帰らぬ、
さびしいな。
金魚を
一匹突き
殺す。
まだまだ、
帰らぬ、
くやしいな。
金魚を
二匹締め
殺す。
なぜなぜ、
帰らぬ、
ひもじいな。
金魚を
三匹捻ぢ
殺す。
涙がこぼれる、
日は
暮れる。
紅い
金魚も
死ぬ、
死ぬ。
母さん
怖いよ、
眼が
光る、
ピカピカ、
金魚の
眼が
光る。
雨がふります。
雨がふる。
遊びにゆきたし、
傘はなし、
紅緒の
木履も
緒が
切れた。
雨がふります。
雨がふる。
いやでもお
家で
遊びませう、
千代紙折りませう、たたみませう。
雨がふります、
雨がふる。
けんけん
小雉子が
今啼いた、
小雉子も
寒かろ、
寂しかろ。
雨がふります。
雨がふる。
お
人形寝かせどまだ
止まぬ。
お
線香花火もみな
焚いた。
雨がふります。
雨がふる。
昼もふるふる。
夜もふる。
雨がふります。
雨がふる。
ここは
谷川、
丸木橋。
赤い
帽子をかぶつた
子供、
黒い
帽子をかぶつた
子供、
青い
帽子をかぶつた
子供。
渡るにやあぶなし、
戻られず。
みんなが
前向き、
一、
二、
三、
みんなが
後向き、
一、
二、
三。
赤い
帽子は
笑ひ
出す、
黒い
帽子は
泣き
出す、
青い
帽子は
怒り
出す。
みんながびくびく、
一、
二、
三、
みんながぶるぶる、
一、
二、
三。
李さん、
鄭さん、
支那服さん、
あなたの
眼鏡はなぜ
光る、
涙がにじんで
日に
光る。
鳥屋の
硝子も
日に
光る。
目白、カナリヤ、
四十雀、
鶉に
文鳥に
黒鶫、
鳥もいろいろあるなかに、
おかめ
鸚哥はおどけもの、
焦れて
頓狂に
啼きさけぶ。
さてもいとしや、しをらしや、
けふも
入日があかあかと
わかい
南京さんは
涙顔。
ゴンシヤン、
ゴンシヤン、
何処へ
行く。
赤いお
墓の
曼珠沙華、
曼珠沙華、
けふも
手折りに
来たわいな。
ゴンシヤン、
ゴンシヤン、
何本か。
地には
七本血のやうに、
血のやうに、
ちやうどあの
児の
年の
数。
ゴンシヤン、
ゴンシヤン、
気をつけな。
ひとつ
摘んでも、
日は
真昼、
日は
真昼、
ひとつあとからまたひらく。
ゴンシヤン、
ゴンシヤン、
何故泣くろ。
何時まで
取つても
曼珠沙華、
曼珠沙華、
恐や、
赤しや、まだ
七つ。
註 ゴンシヤンは九州の柳河といふ町の言葉で、お嬢さんといふことです。
ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、
ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。
ちんころ
兵隊、
喇叭卒、
てとてと、
鉄砲も
肩にかけ。
ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、
ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。
それそれ、いくさに
出かけませう、
尖がり
帽の
緋房も
伊達ぢやない。
ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、
ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。
いやいや、いくさは、
飴ほしい、
お
腹がすいては
歩まれぬ。
ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、
ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。
ちんころ
兵隊、
赤胴衣、
飴屋のお
鉦で
泣き
出した。
ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、
ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。
赤い
赤い
鳳仙花。
白い
白い
鳳仙花。
その
中くぐつて
通りやんせ。
赤い
花ちるよ。
白い
花ちるよ。
いやいや、おまへは
通しやせぬ。
栗鼠、
栗鼠、
小栗鼠、
ちよろちよろ
小栗鼠、
葡萄の
房が
熟れたぞ、
啼け、
啼け、
小栗鼠。
栗鼠、
栗鼠、
小栗鼠、
ちよろちよろ
小栗鼠、
あつちの
尻尾が
太いぞ、
揺れ、
揺れ、
小栗鼠。
栗鼠、
栗鼠、
小栗鼠、
ちよろちよろ
小栗鼠、
ひとりで
飛んだらあぶないぞ、
負され、
負され、
小栗鼠。
山のあなたを
見わたせば、
あの
山恋し、
里こひし。
山のあなたの
青空よ、
どうして
入日が
遠ござる。
山のあなたの
ふるさとよ、
あの
空恋し、
母こひし。
ねんねん、ほろろん、ねんほろよ。
坊やはよい
子だ、ねんねしな。
ねんねのお
鳩が
歌ひませう。
泣かずに、ほろほろ、ほろりこよ。
坊やは
乳が
無し、
母もなし。
雪はふるふる、
夜は
長し。
ねんねんほろろと
啼いたとて、
どうして、お
鳩よ、
眠らりよか。
赤い
鳥、
小鳥、
なぜなぜ
赤い。
赤い
実をたべた。
白い
鳥、
小鳥、
なぜなぜ
白い。
白い
実をたべた。
青い
鳥、
小鳥、
なぜなぜ
青い。
青い
実をたべた。
あれ、あれ、なアに。
ありや、
鳥の
巣よ。
あの
巣をとろか。
あの
木は
高い。
あの
山のぼろ。
あの
山寒い。
なぜ/\
寒い。
夕焼が
寒い。
まだ
空赤いに。
それでも、
風はさアむいよ。
棗。
棗。
赤い
棗。
盗んだ
棗。
この
棗どうしやう。
食べれば
怖い、
見せれば
叱る、
棄てるは
惜しい。
鸚哥にあげよ、
鸚哥は
逃げる。
鴉にあげよ、
鴉は
睨む。
七面鳥にやつたれば、
怒つた
怒つた、
真赤になつて
怒つた。
怖い
棗、
盗んだ
棗、
お
手々に
入れて、
袂に
入れて、
帰つて
寝たら、
棗がぶんぶん
鳴り
出した。
蜂になつた、
蜂になつた、
棗がいつぱい
螫しに
来た。
怖い
棗、
怖い
棗。
てんてん
手毬、
おててん
手毬、
手毬の
中に、
何がゐて
跳ねる。
てんてん
手のなし、
めんめん
眼のなし、
みんみん
耳のなし、
うさうさ
兎の
子が
跳ねる。
一つ
追ひ
出そ。
二つ
追ひ
出そ。
三つ
追ひ
出そ。
四つ
追ひ
出そ。
五つ
追ひ
出そ。
六つ
追ひ
出そ。
七つ
追ひ
出そ。
八つ
追ひ
出そ。
九つ
追ひ
出そ。
手毬てんてん、
雪こんこん、
遠いお
山の
山奥へ、
十、たうとう
追ひ
出した。
子を
奪ろ、
子奪ろ、
「
鴻の
巣」の
窓に、
硝子が
光る。
露西亜のサモワル、
紅茶の
湯気に、
かつかと
光る。
江戸橋、
荒布橋、
青い
燈が
点く
······向うの
屋根に、
株の
風見がくるくるまはる。
晴か、
曇か、
霙か、
雪か、
雲はあかるし、
夕日は
寒し、
七歳お
店の
長松さへも、
黒い
前掛ちよいとしめて、
空を
見上げちや
真面目顔、
真面目顔。
草山越えて、
野を
越えて、
大きなお
靴と
小さなお
帽子。
お
家も
見えたぞ、うんとこしよ、
大きな
爺さんお
靴を
脱ぐと、
小さな
婆さんお
帽子を
脱ぐと、
いつしよに
草臥れ、ぐうぐうぐう。
空は
赤い
夕焼で、
雀も
帰ろと、ふたりづれ、
よいもの
見つけた、ちゆうちゆうちゆ、
婿さん
雀はお
靴へこそり、
嫁さん
雀はお
帽子へこそり、
いつしよに
草臥れ、ぐうぐうぐう。
風が
吹きます、
月が
出る、
白いお
蕎麦の
花の
中、
あんまり
寒いで
目が
醒めた。
爺さん、
婆さんハックッシヨと
云へば、
お
靴の
中でも
雀がハックッシヨ、
お
帽子の
中でもハァハァハックッシヨ。
おやおや
大変、
風邪ひいた、
お
山は
雪で
真白だ。
ハックッシヨ、/\、ハァハァハックッシヨ、
ハックッシヨ、/\、ハァハァハックッシヨ。
春は
早うから
川辺の
葦に、
蟹が
店出し、
床屋でござる。
チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。
小蟹ぶつぶつ
石鹸を
溶かし、
親爺自慢で
鋏を
鳴らす。
チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。
そこへ
兎がお
客にござる。
どうぞ
急いで
髪刈つておくれ。
チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。
兎ァ
気がせく、
蟹ァ
慌てるし、
早く
早くと
客ァ
詰めこむし。
チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。
邪魔なお
耳はぴよこぴよこするし、
そこで
慌ててチヨンと
切りおとす。
チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。
兎ァ
怒るし、
蟹ァ
耻ょかくし、
為方なくなく
穴へと
逃げる。
チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。
為方なくなく
穴へと
逃げる。
チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。
舌切雀はどこへ
行た、
どこへ
行た、
どれどれ
探しに
出かけませう。
雀のお
宿はあれかいな、
あれかいな、
チヨッポリ
小藪が
山の
蔭。
とんとんからりこ、とんからり、
とんからり、
中ではとんから
梭の
音。
お
宿はここかとたづねたら、
たづねたら、
おおおお、お
爺さん、ようお
出で。
舌切雀のお
土産は、
お
土産は、
葛籠にいつぱい
綾錦。
雀のお
宿はどこかいな、
どこかいな、
爺さん
私も
行て
見よか。
慾ばり
婆のお
葛籠は、
お
葛籠は、
開けたらびつくりおオ
化。
笹藪、
小藪、
小藪のなかで、
ちゆうちゆうぱたぱた、
雀の
機織。
彼方でとんとん、
此方でとんとん、
やれやれ、いそがし、
日がかげる。
ちゆうちゆうぱたぱた、ちゆうぱたり。
雀、
雀、
雀の
子らは、
ちゆうちゆうぱたぱた、その
梭ひろひ。
上へ
行つたり、
下へ
行つたり、
やれやれ、いそがし、
日がつまる。
ちゆうちゆうぱたぱた、ちゆうぱたり。
青縞、
茶縞、
茶縞のおべべ、
ちゆうちゆうぱたぱた、
何反織れたか。
朝から一
反、
昼から一
反、
やれやれいそがし、
日が
暮れる。
ちゆうちゆうぱたぱた、ちゆうぱたり。
物臭太郎は
朝寝坊、
お
鐘が
鳴つても
目がさめぬ、
鶏が
啼いてもまだ
知らぬ。
物臭太郎は
家持たず、
お
馬が
通れど
道の
端、
お
地頭見えても
道の
端。
物臭太郎はなまけもの、
お
腹が
空いても
臥てばかり、
藪蚊が
螫しても
臥てばかり。
物臭太郎は
慾しらず、
お
空の
向うを
見てばかり、
桜の
花を
見てばかり。
雉、
雉、
雉ぐるま、
お
雉の
背中に
積むものは、
子雉、
子々雉、
孫の
雉。
雉、
雉、
雉ぐるま、
お
雉のくるまを
曳くものは、
子鳩、
子々鳩、
孫の
鳩。
雉、
雉、
雉ぐるま、
雉は
子の
雉、
父恋し、
鳩は
子の
鳩、
母恋し。
雉、
雉、
雉ぐるま、
雉はけんけん、
鳩ぽつぽ、
啼いてお
山を
今朝越えた。
雉ぐるまの玩具は今でも筑後の清水寺の観世音で売つてゐます。この寺は行基菩薩といふ方の御開基です。
ほろろうつ山の
雉子の声きけば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ。
行基