春であつた。牡兎の血の環りはよくなつてゐた。勇ましくはないまでも、しやきしやきしてゐた。一日兎は森に這入つて行つた、牝狐を訪ねる算段で。彼が森の径を巡つてゐる時、牝狐は家で囲炉裡にあたつてゐた。仔狐達は窓の近くで遊んでゐた。牡兎が森の方からやつてくるのを見付けると牝狐は、急いで子供達に云つた、「何時もの
牝狐は一伍一什を聞いてゐた。「ああ! 犬つころの悪魔の杓子野郎が、と彼女はわめいた。もう一寸待つがいい、この図々しい奴、おまへの恥知らずに意趣返しせずになんぞゐられるものか!」彼女は囲炉裡の所から扉の陰に行つて、そこで見張りをしはじめた、兎はもう一ぺん引返すだらうと思ひながら。事実兎は遅からず引返して来た。「おはやう、坊達、おつ母さんはお家かね? すると仔狐達は||いいえ、ゐません!||困つたものだ、と兎は答へる、何時ものやうに、私はおつ母さんに御馳走しようと思つて来たんだが!」その時牝狐は顔を出した、「今日は、親愛な方!」牡兎は跳んで逃げた、泥をはねかしながら息の切れる程走つて去つた。牝狐は跡を追つた。「悪魔の杓子野郎つたら、逃がしはしないから!」彼女は今にも追ッ付きさうだ。牡兎はポンと跳んで、すれずれに立つてゐる二本の白樺の間を摺り抜けた。牝狐は今にも彼を捕へさうだつたのだが、白樺の間に挟まつてしまつて、進むことも退くことも叶はなくなつた。彼女はただただジタバタしてゐた。杓子野郎は振返つてみるとこの有様なので、||ここぞとばかり彼は思つて、直ちに跳んで返した。それから······牝狐を慰めてやつた。「かういふのが我輩の嗜好だ、かういふ流儀こそ我輩のものだ」なぞと彼は繰返してゐた。だが、彼は彼女と十分の歓を取るや、急いで帰途につくのだつた。
間もなく彼は炭焼場の傍を通りかゝつた。其処で一人の百姓が火を燃してゐた。牡兎はその黒い埃の中をころがり廻つた、すると彼は修道僧の風体になつてしまつた。それから彼は耳を垂れて、黙々と道を続けた。その間に牝狐の方では胸が清々してきて、もう一度牡兎を探す気になつてゐた。ところで牡兎を見付けるや彼女は彼を修道僧だと思ひ込んだ。「おはやうございます、神父様、と彼女は云つた。あなたはあの杓子の牡兎にお遇ひなりはしませんでしたか?」「とお仰ると······先刻あなたにお会ひした兎のことですか?」牝狐は赤面して、大急ぎで巣の方へ走つた。「悪魔奴が! と彼女は云つた、奴はもうあのことを修道院の中に云ひふらしてゐる!」なんて狡い牝狐だらう! 牡兎は彼女に勝つたわけだ。
百姓の家の中庭に、雀の一族郎党が集つた。中の一人が皆の者に向つて自慢をしはじめた。「あの灰色の牝馬は、俺に気があるんだよ。あいつは何時も俺に
牡雀は調達にかかつた。大した骨折をした揚句、ともあれ十リットルの燕麦を運んだ。それから彼は牝馬の所に駆付けた。「さあ、燕麦の用意はいいよ。」これだけのことを云ふのに、雀はもうイライラしてゐた。