同じ十手捕縄を預かる仲間、昔は手柄を張合った気まずい仲でしたが、利助も取る年でいくらか気が
「
案内されて、中へ通った平次、お品の勧める
「平次兄哥か、わざわざ有難う。なアに、何でもありゃアしない、言わば、俺が間抜けなんだよ||」
妙に苦い口調で、利助は半面
「眼をどうかしたっていうじゃないか」
「それがこうなんだ、||
「ヘエ」
「眼を開いていりゃア、間違いもなく
利助はそれでも、床の上へ起き直って、まだ腹立たしさが納まらぬといった調子に、拳固で自分の
「そいつは災難だったね、何が一体飛込んで来たんだ」
「銭だよ」
「えッ」
「ちょっと見は、棒で突いたようだが、後で見ると、縁の下に、肉の厚い永楽銭が一枚落ちていたんだ。こいつでやられたことは間違いのねえところだ」
「ヘエ||」
「余程腕の利く奴が、植込みの中から、銭を
「············」
「どんな
たった一つの眼を光らせて、一徹な歯を喰いしばる利助の気持を、平次はもとより察し兼ねたわけではありません。
植込みの外というと、三間近い距離から、縁側に
商売敵の平次が、何か含むところがあって、利助の眼を
「つまらない目に逢ったね、でも球に障りがなくて何よりだ。せっかく大事にしねえ」
平次はそう言うより外にありませんでした。お座なりと解り切っていても、これ以上に物を言うことが、かえって利助の疑いを濃くするだけだということが、商売柄、あまりにもよく解っているのです。
「ところで、銭形の」
「何だい、兄哥」
「少し頼みたいことがあるんだが、聞いてくれるだろうか」
利助は枕に頭を落して、妙に改まったことを言い出します。
「それはもう、兄哥の言うことだもの、俺で出来ることなら何でもするよ」
「そいつは有難い。出来ない先からお礼を言っておくよ||なアに大したことじゃないんだ。近頃知合から頼まれて、身柄を引受けた、
間もなく、徳三郎という新顔の子分が、利助の枕許に呼出されて、銭形平次に引合されました。
「この野郎だよ。徳三郎といって、知合から頼まれたんだから、まず俺の身寄りも同様だ。一と通り三道楽を
「············」
平次は黙って、徳三郎という男を見やりました。年の頃は二十五六、平次と幾つも違いませんが、
柄相応な
「
「そんな事が、兄哥」
「いや、銭形の、そう言ってくれるのは有難いが、石原の利助も、この辺が引込み時だろう。それに比べると、銭形の兄哥は、今が日の出の勢いだ、||頼みと言うのは、この徳三郎を引受けて、俺に代って立派な御用聞に仕込んではくれまいか。万一
利助の言うことは、本人を前にしては、少し立ち入りすぎますが、しかし五十男の
「兄哥、そんな事なら、頼むも頼まれるもありゃアしない。どうせ
「それは有難い、早速言葉に甘えるようだが、荷物を
利助は言うだけ言うと、すっかり安心したものか、寝返りを打って、軽く目をつぶりました。
「それじゃ兄哥、大事にするがいいよ、俺は帰るから」
「済まなかったね、銭形の、碌な茶も出さない、||お品は一体何をしてるんだろう」
平次は妙にそぐわない心持で外へ出ました。利助の疑念には、相当に根強いところがあるのも気になりますが、それより、秘蔵弟子ともいっていい徳三郎を、自分に託する利助の心持が、どうしても解らなかったのです。
両国橋へ差かかると、後ろからバタバタと追いすがる草履の音。
「親分、銭形の親分さん、ちょいと」
振返ると、利助の娘のお品が息を切って、追いすがって参ります。
「どうしたんだ、お品さん」
「親分、本当に済みません。父があの通りで」
「何を言うんだ、お品さん、橋の上なんかで泣いちゃ見っともない」
「植込みの向うから銭を
お品は人目も
まだ、充分に若くも美しくもあるお品、後家とも見えない
「銭形の親分は、決してそんな方じゃない。『七人の花嫁』の時だって、『たぬき囃子』の時だって、この間の『富籤政談』の時だって、親分の潔白なお心持は解りそうなものじゃありませんか。いくら商売敵だかは知らないが、物を
お品はハッと言葉を切って、赤い顔を
「お品さん、あまり気を
「それが親分、容易に解りそうもありません。徳三郎をやるんだって、実は親分への目付役||」
「えッ」
「父さんはあんまり親分のお心持を知らなさすぎます。昨夜も徳三郎に銭形のところへ行って、よく見張っているがいい、俺の眼を潰そうとしたのは、あの野郎の仕業に相違ない。証拠を
お品はとうとう、シクシク泣き出してしまいました。夕づく陽を満面に浴びて、それはまた何という不思議な見物だったでしょう。
「お品さん、それくらいの事は俺も察した、||が、子が親の事をツケツケ言うものじゃない。善い悪いは別な話だ。黙って帰んなさるがいい」
「親分さん」
「解っているよ、お品さん。気が落着いたら遊びに来るがいい。お静も近頃は、お前さんの事ばかり噂しているよ」
「親分」
お品は平次の手で後ろへ向けられると、そのまま、袖に顔を
「ちょいと、良い幕ねえ」
「何?」
少しさびた、けれども潤いのある
橋の上には、夕陽の後光を後ろに
「お、お
「そうよ、
毒婦
「綱吉も、海雲寺の僧も何とかいう指物師も
「悪い事をした者が処刑になるに不思議はないでしょう。ねえ親分、そうじゃありませんか」
「お前は?」
「親分でもない、私は何を悪い事をするものですか、イカサマ富の札を買ったのが悪きゃア、江戸中にやましい人間が何万人あるかわからない」
「何だと?」
「ホ、ホ、ホ、そんな間抜けな声を出すと、往来の人が立って見るじゃありませんか。私は綱吉親分の世話になったのも本当だし、千両の当り札を持っていたのも本当だが、それが罪にでもなると言うのかえ、親分」
「············」
平次は全く二の句が継げませんでした。この女の
「それより親分、石原の利助親分が、投げ銭で大怪我をしたって、世間では銭形の親分を疑っていますよ」
「何?」
「疑いというものは、まずそうしたものさね。海雲寺の富籤だって、当り札を綱吉から預かっていた私が悪いと言うならともかく、それ以上に立ち入って疑うのは、ちょうど、利助親分が、銭形の親分を疑うようなものじゃありませんか」
「············」
「さようなら、銭形の親分、また逢いましょうね」
お勢は身を
「待った! お勢」
「私?」
「お前は今どこにいる」
「囲われは懲り懲りしちゃったから、近頃は小唄の師匠よ」
「どこにいる」
「柳橋」
「ツイそこだな」
「遊びにいらっしゃいよ、親分」
平次は黙って、夕陽の中に立ち尽しました。柳橋で小唄の師匠をしているというのは、おそらく嘘はないでしょう。それにしても、この女は、
それから四五日経ちました。
徳三郎は、思いのほか素直な人間で、利助が付けた目付役らしくもなく、腹から平次に心服して、
ある日の朝。
出かけて行ったのは、もう
「旦那、お早うございます」
明るい縁側に、両手をついた平次。何の気もなく顔をあげると、笹野新三郎の、想像も付かぬ、むつかしい顔にハタと逢ってしまいました。
「平次、困ったことになったぞ」
「ヘエ||」
何が何だか、少しもわかりません。
「槙町に殺しがあったことは知っているだろうな」
「ヘエ、存じております。これから出掛けようとしていたところで」
「殺された者の名を聞いたか」
「いいえ」
「
「ヘエ||」
「元は髪結だったそうだな、お前も知っているだろう」
「ヘエ、よく存じております」
これは知らないとは言えません。髪結の弥助というやくざ者、腕っ節も男前も相当で、日本橋
「その弥助が殺された。二階で、月か何か見ているところを、
「ヘエ||下手人の当りがございましょうか」
「それが困った。傷は、左の眼を深く突かれた上に、額を割られている。側には、肉の厚い永楽銭が一枚落ちていたが、額の
「えッ」
平次も驚きました。投げ銭の曲者の出現は、これが二度目です。石原の利助は幸いに助かりましたが、弥助が死んだとすると、これはなるほど話がむつかしくなりそうです。
「弥助の眼を突いたのは、銭ではない、槍かも知れない。どうかしたら
「············」
平次は黙って聞きました。この不可解な殺人が、自分の立場へ、どんな恐ろしい影響を持って来るかわかりませんが、予感めいたものに、背筋をゾッと寒気が走ります。
「で、多分、庇を渡って、隣から来て、弥助を殺して、ソッと隣へ帰ったものだろうということになったが、困ったことに、隣の空家の中から、平次||、お前の煙草入を拾ったものがある」
「あッ」
平次はこの時ほど驚いたことがありません。今朝出がけに、
「弥助とお前は敵同士だ。それに投げ銭といい、煙草入といい、この下手人は、平次に相違ないと、
ピタリと黒羽二重の膝の上に手を置いて、こう言い渡した笹野新三郎。年こそあまり違いませんが、貫禄も、威厳も、さすがに人を圧して、平次の頭は自然に下がるばかりです。
「恐れ入りますが、旦那、それはお情けない。この平次の日頃の気性、人を殺す人間かどうか、誰よりも旦那がよく御承知でいらっしゃいます。どうか旦那」
平次の手は、いつの間にやら敷居を
「平次、俺もそう思いたい。お前が人などを殺すはずがない。が、友次郎と利助の口が揃った上に、証拠がありすぎる」
「旦那」
「役目の表から言えば、お前をここへ呼び出して疑いの箇条を聞かせるのが、もう手加減すぎるくらいだ。吟味与力の役目は何のためだ」
「ヘエ||」
「この場でお前を縛って、伝馬町の牢同心に引渡すのが本当だがそんな事をしたら、お前の命は三日と
笹野新三郎の心配するのはそこでした。ハチ切れるようになっている伝馬町の大牢へ、万一どんな間違いかで、岡っ引、御用聞が
「旦那、有難うございました。友次郎はともかく、利助兄哥まで、この平次を下手人とするとは、何とした事でございましょう。
折入っての頼み、平次の板の間に摺り付けた顔が、悲憤の涙でさえ濡れているのを見ると、笹野新三郎は、一刀を
「行こう、平次。そして、お前の潔白を見せて貰おう」
「有難うございます、旦那。私の潔白をお目にかけられなかったら、その場で腹でも切って、せめて私の胸の中を、あの野郎どもに見せてやります」
庭石の上へ滑り落ちると、庭木戸の蔭に、新米の徳三郎が心配そうに、二人の姿を見守っているのでした。
笹野新三郎が、平次をつれて、槙町の弥助の家へ行った時は、一応
友次郎も利助も、新三郎を迎えて、丁寧に挨拶しましたが、平次の顔を見ると、フッとそっぽを向いてしまいます。
「平次、二階へ登ってみよう」
「ヘエ」
「ここだよ、弥助の殺されたのは」
二階の浅い手摺の下は、隣から続く板屋根で、その向うは、往来を隔ててお
「弥助の死体を見ても宜しゅうございましょうか」
「いいとも」
一応断った平次。二階の真ん中、北枕に寝かした弥助の顔から、白い
「旦那、この額の
「何?」
妙なことを言い出します。
「眼を突く前に、投げ銭で額を割られたのなら、黒血が溜るとか流れるとかしなきゃアなりません」
「なるほど」
「ところが、弥助の額は、黒血も溜らず、
「フーム」
「これは、眼を突かれて
「············」
新三郎はもう口も利きません。引入れられるように、弥助の額口を覗いて、平次の言葉に
「旦那、眼の疵は、やはり槍か何かでございましょう。少しえぐっておりますから、
「槍とすると、相手は何だ」
「旦那がおっしゃったように、三間以上の長柄というと、大名行列か、戦でもなきゃア持出しません。これは、もう少し考えさして下さいませんか」
「············」
「それから、この庇は、まだ誰も歩きはしませんね」
「多分、誰もそこへ立入らせなかったはずだ。なア利助」
「ヘエ、旦那がお帰りになってから、隣の空家は締切ってしまいましたし、この二階へも誰も上げはしません」
左の目の上に、
「すると、いよいよ
勝誇った平次の声。
「どうした、平次」
「庇は、
そう言いながら平次は手摺から腹ん
「よしよし、お前の疑いは、それで大体晴れたとして、あとは下手人を探しだすことだ。利助と友次郎に手を貸して一日も早く召捕るようにするのだぞ」
「ヘエ||」
「解ったか、平次」
眼に物言わせた新三郎、この二人の意地の悪い先輩に
「ヘエ||」
「親分、お目出とう」
「あッ、またお勢」
槙町で好い加減手間取って、夕暮近く鎌倉河岸の方へ来ると、後ろから近々と、平次の頬へ匂わせたのは、いつか両国橋で、平次を翻弄した、小唄の師匠と名乗る美しいお勢でした。
「また||はないでしょう、せっかく、ここで待って上げたのに、ホ、ホ、ホ」
「有難う、思召しは
平次は、いつにない素気ない調子です。
「違やしませんか、親分、碌でもない事のあった日に限って私に逢うのでしょう」
「何?」
「ホ、ホ、天眼通でしょう。もう少しのところで、弥助殺しの下手人にされたんだもの。全く碌でもない事には違いない。だけど、
「どこでそんな事を聞いた、お勢」
「まア、怖い。そんな顔をなさると、お静さんに嫌われますよ」
「············」
「柴井町の友次郎親分は、私の小唄の弟子だし、殺された弥助は昔からの知合だし」
「············」
「笹野の旦那だって
「馬鹿ッ、お前は恐ろしい女だ」
「だけど、怖いのは私ばかりじゃないでしょう。親分の煙草入を盗んで、空家へ
「馬鹿ッ」
日頃穏和な平次も、この時ほど怒ったことはありません。すっかり度を失って、ヨロヨロとお勢に近づくと、その袖をしっかと
「何をするのさ、厭らしい。岡っ引なんかに
女は
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、いや雌が吠えるぞ」
カラカラと高笑い。
「何て奴だろう、
お勢の
その晩平次が帰ったのは
「お静、お前のお蔭で、俺はひどい目に逢ったぞ」
「あら、何でしょう」
「何でしょう||じゃないぜ。俺の煙草入を仕舞い忘れて、どこかへ
「まア」
お静は何の事かわかりません。
「俺の煙草入が、人殺しの隣の家にあったんだ。今途中で逢った人がそう言ったよ。下手人が知りたかったら、女房を締め上げて訊いてみろって」
「まア」
この無邪気な美しい顔、水茶屋奉公したとも思えない、
「まさか、恋女房を締め上げるわけにも行くまい。俺はこう見えても、ぞっこんお静に
モジモジする徳三郎を顧みて、平次はそのまま長火鉢の前に引くり返ってしまいました。間もなく軽い
外は
「あッ」
不意に、お静は悲鳴をあげました。

「どうした、お静」
手を払ってみると、タラタラと流るる血潮、紅い糸を引いたように、ふくよかに
「どうした」
重ねて平次、お静の肩を揺すぶるようにすると、夢心地のお静は、
「外から、||外から突かれました」
黒い
「どんな野郎が突いたんです」
と、この時平次の後ろから、差覗いたのは徳三郎。
「何だかちっとも見えません、あんなに外は暗いんですもの」
お静は
「眼でなくて幸せだ、
平次は格子の外、庭口の闇を透かしましたが、そこにはもう何にも見えません。
「徳三郎、外へ出て見ろ」
「ヘエ||」
「曲者を追っかけても無駄だ、俺に少し考えがある。あの物干竿を外して、格子から一つ突っ込んで見るがいい」
「ヘエ||」
「あッ、
「ヘエ||」
徳三郎は少しマゴマゴしながら、それでも、庭口の物干竿をおろすと、お勝手口まで持って来て、格子の外から、
「不器用だなア、そんなこっちゃ人間は突けない。そうそう思い切り、その竿を突っ込んでみな」
「こうですか」
「あッ、とうとう、格子を突いてしまやがった。なんて構えだろう」
「親分、そう言ったって、あっしは槍は生れてから初めてですよ」
「まア、いい、どうせ曲者のように器用には行くまい。あッ、竿をそんな場所へ置いちゃ泥が付くだろう、物干へ返しておくんだ、そうそう」
そう言ううちにも平次は、手っ取り早くお静の傷口を洗って、用意の
平次の活動は、それから三日ばかり続きました。どこをどう歩いたかわかりませんが、朝暗いうちから出かけて帰るのは大抵夜更け、留守はお静と徳三郎と、お静の母親に頼んで、「万に一つも外へ顔を出すな、今度は命がないぞ||」とおどかしておきました。
四日目の夕方帰って来た平次は、ゲッソリ痩せて、眼の縁まで黒くしておりましたが、それでも恐ろしい元気で、久し振りで徳三郎を町の銭湯へ出すと、狭い庭へ縁台を持出して、そこへ煙草盆まで取寄せました。もう月見近い頃、涼みは時候外れですが、平次はそんな事を考えている様子もありません。
「風を引きますよ、そんな吹き通しにいなすっちゃ」
と言うお静の母へは、
「いや、頭が冷えて何とも言えない、それに、今日は十八日だろう、こうしているうちにお月様が出るよ」
紺の匂うような地味な袷、黒っぽい帯をしめて、引っきりなしに煙草を詰めては、灰吹を叩いておりますが、なるほど、そうしていれば頭の芯まで冷えるでしょうが、その代り、月の出には、まだ少し間がありそうです。
不意に、
「エッ」
と恐ろしい気合。
「曲者ッ、逃げるなッ」
平次の声が
「野郎ッ、逃がすものか、銭形の親分の一の子分、八五郎の腕っ節を知らないかッ」
外、抜け路地では、大変な組打ちが始まった様子。
「ガラッ八、逃がすな、今行くぞ」
植込みを潜って出た平次、上になり下になり争う人影を見定めて近づくと、
「ガラッ八、どっちだ」
「上だ」
「いや下だ」
「馬鹿野郎ッ」
声で見当がついたのでしょう。上へ馬乗りになったのを引起すと、叩き伏せて、手練の早縄、アッという間に縛り上げてしまいました。
そこへ飛出したのは、町内の野次馬、
「あッ、お前は徳三郎」
縄付の顔を見て一番驚いたのは、今までこの新米の子分を信じ切っていたお静と、お静の母親だったことは言うまでもありません。
*
「利助兄哥を怪我さした時は判りませんでしたが、弥助を殺した時、これは、長物だと気が付きました。長物もいろいろありますが、相手に気が付かずに眼を突くような手練は槍の名人でなきゃア、鳥刺しの名人です」
「何? 鳥刺し」
「左様でございます。
名人の鳥刺しの持つ竿は、竿に見えずに点に見えるというのは、誰でも知っている事です。
「そういう話もあるな」
新三郎もその説明には異論がありません。
「してみると利助兄哥を襲ったのも、弥助を殺したのも、手前女房を突いたのも、鳥刺しの名人と睨みました。長柄の槍は滅多に持って歩かれず、また、槍の名人が手前の女房などを狙うはずもございません。
「············」
「そう気が付くと、関八州の
「フーム」
「もうこれで、下手人は解ったも同様でございます。あとは何のために私に、
「············」
「何でもございません。徳三郎の
「利助を突いたのはどういうわけだ」
「富籤の騒ぎの時、お勢はお品さんにひどい目に逢っております」
「弥助は?」
「あれは、お勢の昔の亭主でした。生かしておいては、伝三郎が納まらなかったのです」
平次の話には何の
「捕まえる時、庭へ縁台を出して釣ったのは、随分危ない仕事ではないか」
と訊くと、
「ヘエ、何としても確かな証拠がありませんので、千番に一番のつもりでやりました。もっとも
「お前は無法だ」
「それより危ないのは女房でございました。あの晩、お勝手の足跡で徳三郎が臭いと、すぐ気が付きましたが、念のために物干竿を持たして、恰好を見てやったのです。どんなに不器用に持っても、片手で不用意に提げた竿は、物凄いものでございましたよ」
平次の説明が済むと、次の間の障子を開けて、坊主頭の男が敷居に額を埋めております。
「誰だ」
と新三郎。
「利助でございます。何とも面目次第もございません、徳三郎を銭形の兄哥のところへやった上に、人殺しの疑いまでかけて。坊主になって参りました。銭形の、これで勘弁してくれ、十手捕縄は、この場でお返しして、明日から
利助は少し涙ぐんで、もう一度敷居へ額を埋めました。
「冗談言っちゃいけない、石原の。
平次は利助と新三郎と双方へ兼ねて物を言っております。
「············」
「有難い、銭形の」
利助はたまらずそこへ泣伏しました。
お勢はそれっきり行方知れず、ガラッ八はすっかり好い心持になって、
「銭形の親分には、やはり俺が付いていなくちゃ」
と低い鼻を