少し順序を立てて話しましょう。
旗本のお
「ちょいと、
そんな事を言いながら、着物を脱いで、少し乾いた流しを爪先歩きに
そこまでは無事でしたが、間もなく、
「あッ、た、大変ッ」
お六は鉄砲玉のように石榴口から飛出すと、流しに滑って物の見事に
「どうなすったんです、
番台へ登ろうとしていた丁子風呂のお
「お怪我をなさいませんか」
よくある奴で、流しへ滑って転んだとばかり思い込んだのです。
「あッ血」
起してみると、お六の半身を桃色に染めて、紛れもない血潮。
「中に、人が」
お六は上半身を起して一生懸命石榴口を指しますが、あまりの驚きに、口もきけません。
「
三助の丑松は、お六をお神さんに任せて、石榴口から中を覗きました。
「あッ死んでいる」
薄暗い浴槽の中ですが、慣れた眼には、たった一と目で、その中に若い女が、
「どうしたのさ」
お神さんも続いて覗きました。三助の丑松はそれを少し
夕陽を受けた深海の
それよりも恐ろしかったのは左貝殻骨の下へ、
「ヒ、人殺しッ」
お神はとうとう悲鳴をあげて流しにヘタヘタと崩折れてしまいました。
「どうしたんだ、三助さん」
ちょうどそのとき男湯へ入りかけていた一人の男は、六尺
「親分、あの中を見て下さい」
「何があるんだ、冗談じゃねえ、鯨でも泳いでいるのかい」
親分と言われた三十がらみの遊び人風の男、同じく石榴口をヒョイと覗いて、
「あ、これは大変」
さすがに尻餅はつきませんが、顔色を変えて
騒ぎは一瞬にして街中を気狂いにしました。殺されたのは、町内の物持で荒物屋に質屋を兼ねている、
滅多に昼下がりの銭湯などへ来る娘ではありませんが、内湯は夕方でなければ立たず、夕方から日本橋の叔母さんのところへ行って、明日は芝居見物という一年に一度のプログラムがあったので、珍しくも昼湯へ一人でやって来て、念入りに磨いていたのでした。
十八の娘盛り、恵まれざる
「親分、凄いの何のって、あっしもこの年になるが、まだあんな
「この年ってほどの年かい。八、
「まだ三十になるやならず||で」
「馬鹿だなア。そんな調子だから、女房になり手がねえ」
捕物の名人銭形平次は、子分の八五郎の報告を聴いて、こんなチャリを入れながらも、真剣に考えている様子でした。平次は
「型のごとく検屍が済んで、第一番に
「番台には人が居なかったんだね」
と平次。
「昼は場所柄で、安旗本や御家人の外には滅多に客がないから、人の影がさすまで、お神さんは奥で冬仕度の解き物か何かやっていますよ」
「お新の来たのは知っていたのか」
「気が付いていたそうです。流しを通る時、顔へ陽がさしたのを、奥からチラリと見て、||ああ、いつもお綺麗なことだ||と思ったそうで」
「お妾のお才の帰ったのと、お六の来たのは知らなかったんだね」
「その時ちょうどお勝手の煮物を見に立ったそうです。どうせお才やお六は昼湯の定連で、勘定は月極めになっているから、気にもかけなかったでしょう。お才は富士見町の旗本、黒木三之介様のお世話になっている
「丑松は||」
「能登の国から三年前に来て、金を溜めるより外に望みのない男で、湯屋の株を買うのを、大名になるよりも出世だと思い込んでいますぜ」
「丑松でなきゃア、お才だ。||いやまだ下手人と決めるには早いが、女湯の
と平次。
「その通りですよ親分。二合半坂の親分もその見当で、お才をうんと脅かしましたが、知らぬ存ぜぬの一点張でさ、あの女は面は綺麗だが、性根があまりよくありませんね」
「性根の良い渡り妾なんてえのはたんとあるまいよ」
「随分男を泣かせているでしょうから、お才が殺されるなら理窟は解っているが、あの女が素人の娘を殺すはずはありません。お新に男を取られたという話もないし||お新は十八といっても、本当の箱入娘で、お才のような凄い年増と、男出入りをするような柄じゃありません」
ガラッ八の八五郎の報告は、ますます微に入りますが、それにも
「男湯には客が一人きりかえ」
「御家人崩れの竹が居ましたよ。あの野郎は男も好いし、腕っ節も評判だし、人ぐらいは
「竹が外から入って来た時、番台にお神さんが居たんだね」
「奥から出て来て、番台へ坐ったところへ、ちょうど竹の野郎が
八五郎の報告は行届きました。
「
「それも考えましたよ、が、中仕切が低くて相手の顔の見定めがつかないし、盲滅法に突いたにしても、腕か手へ怪我をさせるのが精々で、
「中仕切の上は」
「細い格子で、人間はもぐれませんよ」
「弱ったな八、
ちょうどその時でした。
「近江屋の
女房のお静が顔を出します。
「飯田町の近江屋さんだ。お通し申しな」
平次の顔は急に緊張しました。いつも大きい仕事に飛込む前の、不思議な予感が、
「銭形の親分さん、始めてお目にかかります。もう御聞きではございましょうが、たった一人の娘がとんだ災難を受けまして||」
ひどい悲しみに打ちひしがれながらも、
「近江屋さん、とんだ事でしたねえ、十八や十九で、人手に掛っちゃ、親御さんの身になっては、諦め切れなかったでしょう」
「有難うございます。親分さん、それにつきまして、なんとか下手人を捜し出して、娘の敵が討ってやりとうございます。そう申しちゃ何ですが、入費はどんなに
「近江屋さん、それは何とも申上げようのないお気の毒なことだが、困ったことには、お上の御用を聞く者にも、縄張のようなものがあります、||あの辺は
銭形平次はすっかり尻込みしてしまいました。そうでなくてさえ近頃は評判がうるさいので、江戸中の御用聞に、変な眼で見られるような心持がしてならなかったのです。
「でもございましょうが親分さん。二合半坂の親分さんはお才さんとかいう女の人ばかり責めて、
「一番臭いのとおっしゃると」
平次は膝を乗出しました。近江屋の主人の頭には、これと決めた下手人がありそうだったのです。
「娘へ手紙をくれたり、娘の後を
「そんなのは、飯田町だけにも、十人や十五人はあるだろうという話だが||」
「でも、あの湯屋の中に居たのはたった一人でございますが||」
「誰だえ、それは」
「三助の丑松でございます」
「えッ、||あの山猿のような男が」
「山猿とおっしゃってもまだ二十六で一人者だそうでございます。娘が行くと嫌なことをするので、滅多に丁子風呂へは参りませんでしたが、
近江屋の主人の話を聞いているうちに、平次は急に元気づいてきました。素晴らしい獲物を見つけた猟犬のように、こうなってはもう、手綱ぐらいでは押え切れません。
「二合半坂の
「ヘエ」
「聴いていたろうな」
「お
人間は少し間が抜けておりますが、記憶力は抜群で、いわゆる地獄耳と言われた八五郎です。
「お
「ヘエ、||」
「すぐ行くんだよ、八」
「お言葉だがね親分」
「なんだえ、急に坐り直したりなんかして」
「お言葉だが||ときたね親分、銭形平次親分の一の子分で
「馬鹿だなア、鼻の頭を無闇に擦ると、そこが赤くなるよ。聴いて来たなら、なんだって言わないんだ」
「
「呆れた野郎だ」
「青の三丁持だ、||ね、こういう
「フーム」
「それから、溜めておいたはずの金も、どう捜しても見付からず、本人もどこに隠してあるか言わない||これで二丁」
「刃物は」
「そこだよ親分、丑松は能登の国の猟師の
ガラッ八はすっかり有頂天でした。これだけの証拠で丑松が縛られれば、本当に天下泰平だったことでしょう。
「市蔵兄哥は、なぜ丑松を縛らないんだ、それほど証拠が揃っているのに」
平次は最後の疑いを持出します。
「お神さんが、臭い狭い三畳でお仕事をしながら始終丑松が釜前に居るのを見ていたって言うんで」
「フーム」
「お神さんが
ガラッ八の青の三丁握りもはなはだ怪しいものになってきました。
「よし、行ってみよう。ここで考えても始まらない」
銭形平次はとうとうこの事件の渦中に飛込みました。
途中で近江屋の
番台は形のごとく男女両方見通し、左手の男湯は河岸っぷちに面して、右手の女湯は、隣の家||今改築中の足場に組んだ建物||にスレスレになっておりますから、外から不意に流しに
中は大体八五郎が説明してくれた通り、この辺は
「私は何にも存じません。ただもう
年配のお神はおろおろするばかり、何を訊いても、八五郎の報告以上のことは一つもありません。
「お新が入って来て流しを通る時に顔に陽が当ったと言うが陽なんかどこからも射して来るはずはないじゃないか、お神さん」
平次はお神を流しの方からさし招きながらそう言いました。
「ヘエ||」
お神は
「あの
と平次。
「お隣の仕事が始まってから、職人衆が入りましたので、二た月も前から閉め切りでございます」
湯屋の流しの上、横手の方には油障子の天窓がありますが恐ろしく高いので、踏台を重ねても手が届きそうもありません。それがみな厳重に閉っているのですから、そこから飛込んで来て湯の中の女を刺したのでないことはあまりに明らかです。
「お神さんの部屋というのを見せて貰おうか」
「ヘエどうぞ」
流しの後ろ、大きな釜の横手、
「ここにおれば、入ってきた客も、三助の様子も一と目で解るだろうね」
と平次。
「それはもう、釜前から、女湯の流しの板敷を半分と、番台から、男湯の入口まで一と目に見えます」
「お神さん、有難う。そんな事でいいだろう」
「有難うございます。親分さん」
お神は何となくホッとした様子です。
釜前の火は消えたまま、三助の丑松は一度番所に引かれましたが、疑いが晴れて、今日は帰っております。
「三助さん、災難だったね」
「ヘエ||」
これも市蔵の仲間の御用聞と思ったせいか、仏頂面をしてろくに顔も見せません。まだ若い武骨な男ですが、背の低い腕の長い格好は何となく、動物的で、不思議な精力を発散しております。
「三助さんは能登だってネ」
「そうでございますよ」
「能登では獣や鳥を取るのにはどうするんだろう。まさか、弓矢じゃあるまいね」
平次は妙なことを訊き出しました。
「鉄砲で撃つだよ」
丑松はどこまでもぶッきら棒です。
「組討をするとか、
「罠は狐に掛けるが、滅多に掛らないよ。獣と組討は
「仁田四郎はよかったね、ハッハッハッハッ」
「槍は使うだよ。おらも少しはやるが、国には名人が居るだ」
「そうだろうね。三助さんも、投槍ぐらいやるだろう」
「少しはやったが、あまりうまくねえよ。だから江戸サ来て人様の
「なるほどこれは理窟だ。||ところであのお新を刺した短刀は、ありゃ何に使うのだえ」
平次は話題を進めました。
「猟に行くとき持って行くだ」
「あれで獣を刺したことがあるかえ」
「あるとも、三度||いや四度かな」
「面白いだろうな」
「面白くはねえよ、獣だって刺されりゃ良い心持のものじゃねえ」
「なるほど」
平次の興味は次第に薄れて行くようでした。やがて八五郎を促して、隣の建築場を一と通り、ちょうど指図をしている
「棟梁、ちょうどいい
平次は妙なことを言いました。
「おや、銭形の親分さん、御苦労様で、丁子風呂の方の御用件で||」
棟梁は丁寧に挨拶しながらも、妙に好奇の眼を光らせます。
「まアそんなところだ。||
「ちょうどお茶が入って、職人が皆んな向うの
「そこからここは見えるだろうね、棟梁」
「
「お茶は
「
「どうも有難う。||ところで、ちょいとここの足場の上へ登ってもいいだろうね」
「構いませんとも。||だが、素人衆は足許が
「なアに、気をつけさえすれば、||」
平次は足場の上へ、何の苦もなくスルスルと登って行きました。
「これは驚いた。||なるほどさすがは銭形の親分だけある。
棟梁とガラッ八は、下から口を開けて眺めております。
ちょうど丁子風呂の女湯の
平次はそこから女湯を見下ろしてそのまま足場を降りて来ました。
「親分、見当はつきましたか」
「············」
ガラッ八の顔を睨み据えるように、黙って頭を振ります。余計な事を言うなという謎でしょう。
棟梁に礼を言って、今度は御家人竹のところへ||
「今日は。竹
「あ、銭形の親分」
磨き抜いた格子の内、柄にもなくとぐろを巻いて草双紙を見ていた子分は、横っ飛びに奥へ取次ぎました。
「これこれ、何を騒ぐ、丁寧にお通し申すんだぞ」
少し武家言葉の残っているのが味噌の御家人の竹、銭形の平次を迎い入れて、念入りすぎるほど念入りな挨拶です。
「ところで竹兄哥。お前さんはヤットウの方は大した腕だというが、あの丁子風呂のお新を殺した下手人は、どのぐらいの使い手だろう。現場も死骸も見たのが幸い、心得のあるお前だから、これは後学のために聴いておきたいんだが||」
平次の問は
まだ三十そこそこでしょうが、
「剣術を知らない人間の仕業だろうと思うが||どうだろう、銭形の親分」
「と言うのは?」
「あの直刃の短刀は貝殻骨の下へ
「············」
平次はゴクリと
「それにあの刃物は、心得のある人間の使う道具じゃない。柄に籐を巻いた、恐ろしい荒い刃で、おまけに菜切庖丁の
「すべりを防ぐために、
と平次。
「それならばもう少し気のきいた刃物を使うのが本当で」
「そうしたものだろうか、||いやどうも有難う。お蔭で、大きに眼鼻が付いたような気がする」
平次は丁寧に礼を言って、そっと外へ出ると、
「八、大急ぎだ、丁子風呂へ駆け込んで、お神の居た三畳から、女湯の流しを見張っていろ。ちょっとも眼を離すんじゃねえぞ」
「ヘエ||」
変なことを言い出します。しかし、変な言い付けには慣れているガラッ八は、そのまま宙を飛んで丁子風呂へ行ったことは言うまでもありません。
「あッ、陽が流しへ射した、お神さん」
三畳に頑張っていたガラッ八は、いきなり飛上がりました。その時はもう、射していた陽はスーッと消えて、元の薄明るい流しになっているのでした。三畳から飛出してみると、流しの上の
「八、陽が入ったか」
不意に後ろから肩を叩く者があります。
「おや、親分」
「よしよし、お前の開けっ放しの
平次とガラッ八はまだ番所へ預けたままになっているお才のところへ駆けつけました。
「おや銭形の
五十男の市蔵、||少し頑固で、顔の古さを唯一の誇りにしている市蔵||には何となくひがみがありました。
「そんなわけじゃありませんが、
平次はいつものように下手に出ました。
「ハテネ、そんな野郎というと丑松の外にはないようだが||」
「とにかく、女や子供じゃありませんぜ、||ちょいと、そのお才に訊いてみたいことがあるんですが」
「あ、何なと、御自由に」
市蔵は少し皮肉に身を
「お才、||真っ直ぐに言って貰いたいが」
平次は言いかけて
「これより当り前に言いようがないじゃありませんか。近江屋のお嬢さんとは、顔を合せても、挨拶をした事もない仲さ、殺すわけなんかあるものか」
少し
「そんな話じゃない。||俺は口幅ったいようだが、人を無実の罪に
「············」
お才は素直にうなずきましたが、後ろの方では二合半坂の市蔵が眼を光らせております。
「お前が丁子風呂に居るうちにお新が入って来たのか、それとも、お前とお新は逢わなかったか、それから訊きたいんだよ」
「近江屋のお嬢さんは私が着物を着て出ようとする時入って来ましたよ。あの娘が着物を脱いだ時私は
「番台に人は居なかったね」
「え」
「女湯の
「いいえ」
「有難う。それだけ言ってくれたのでも、大助かりだ||ところでもう一つ、お前は丁子風呂へ行く刻限は大抵決っているのかえ」
「大抵
「フーム」
「で、もう一つ、これは大事の事なんだが、お前ぐらい綺麗だと随分怨まれる口も多いだろう。今まで何かの都合で別れた男で、うんと怨んでいる者はないだろうか」
平次の問は次第に核心に触れて行きます。
「まア、そんな事を。ホ、ホ、ホ」
お才はこの
「冗談じゃない、大真面目だよ。たとえば田舎に居る時、猟師に思われたとか、未練のある男を、無理に振り切った覚えがあるとか」
「まア親分さん、切れた男は随分ありますが、怨まれる筋なんかありゃしません。これでも江戸で生れたんですもの、まさか猟師とはねえ」
「そうか||丁子風呂の丑松も元は猟師だが、あの男はちょいちょい変な事をしなかったかい」
「やりましたよ、あんな風をしているくせに随分いやらしい
「御家人の竹とは懇意にしたことはあるまいネ」
「いえ」
お才の言葉は氷のように素気のない冷たさです。
「有難う。こんな事でよかろう」
平次は市蔵に礼を言って、もう一度湯屋へ引揚げて来ました。
釜前の板で拵えた台に腰を下ろして火を焚くんでもなくションボリしている丑松を見ると、
「また来たぜ、
「あ、親分さん、いらっしゃい」
「お前、嘘を
「ヘエ||」
何という茫洋たる返事でしょう。
「お妾のお才に、変な事をしたそうじゃないか」
「と、とんでもない。私は、あんなあばずれは大嫌いで||」
丑松はムキになりました。その様子は
「それじゃ、何だってそんなに沈んでいるんだ」
「ヘエ||、嘘を吐くなとおっしゃるから申しますが、俺は、あの殺されたお嬢さんが可哀想で、可哀想で」
「なんだ、そんな事だったのか。大の男が泣く奴があるものか、みっともない」
平次は舌打を一つ、フラリと外へ出ました。
「どうしました、親分」
「さア解らねえ」
まる一日経ちました。平次は家に
「あッ、そうだ、間違いのねえところだ」
不意に飛上がると、行先も言わずに飛出しました。場所は八丁堀の組屋敷、若くて切れ者の
「お、平次、どうした」
「旦那、丁子風呂のお新殺しは、見当がつきそうです。今日中にお才を許して、家へ帰して頂けませんか」
「なんだ、そんな事か、もう少し早く言って来ればいいのに」
笹野新三郎は妙に暗い顔をします。
「早くとおっしゃっても、平次の智恵では、これがギリギリ決着のところで||」
「あの事ならもう済んだよ」
「とおっしゃると?」
「下手人は
「えッ、下手人と言うと?」
平次の驚きが少し
「昨夜遅く、お才を家へ帰したのさ。お才の疑いが晴れたわけじゃない、銭形もあんなに言うから、一度帰して、様子を見たい||と市蔵が言うんだ。人をつけさせるとよかったが、すぐ眼と鼻の先だからと思って一人で帰してやると、家へは帰らずに、今朝死骸になって
「えッ、そりゃ大変ッ。こんな事になるだろうと思いましたよ。たった一日
歯噛みをする平次。
「平次、どうしたと言うのだ」
「お才が旗本の妾だという事を忘れていただけでございます。もう逃しっこはありません。一刻経たないうちに、お新とお才を殺した下手人を縛って来ます」
平次はガラッ八を
「御用ッ、竹、神妙にせい」
飛込んだのは御家人竹の家。ちょうど子分は留守、山出しの女中一人のところでしたが、この捕物は平次もガラッ八も大骨を折りました。竹は思いの外の使い手で、ガラッ八に薄手を負わせましたが平次の投げ銭でどうやらその刀を叩き落し、
*
二三日経って、相変らずガラッ八は、親分の平次に絵解きをせがみます。
「どうして御家人竹が下手人と解ったんで、親分」
「最初は丑松じゃあるまいかと思ったが、丑松は正直者だしお新には気があったが、お才を殺す気はなかった」
「だって、殺されたのはお新ですぜ」
「それが人違いだったんだよ。お才は
「下手人はどこに居たんで||」
「隣の職人がお茶を呑んでいる間に、あの足場に登ったんだよ。油障子を開けると、ちょうど
「なアる」
「竹は油障子を開けて、女が
「ヘエ||」
「それから、知らん顔をして、丁子風呂の表から入り、着物を脱いで、裸一つで女湯に駆けつけた。ここがあの野郎の太いところさ」
「············」
「刺されたのが
「御家人の竹は、なんだってお才を殺す気になったでしょう、お才は竹を知らないって言っているのに||」
「お才は
「なるほどね」
「何年か前にお才は御家人の竹を振り捨てたので、竹は
平次はそう言ってホロリとしました。人を縛るのが嫌で嫌でならなかったのです。